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ステーブルコインの役割と必要性

はじめに 

 今月、アルゴリズム型ステーブルコインであるTerraUSD(UST)価格が崩壊しました。99%超の下落であり実質的に無価値になりました。ステーブルコインは一般的には価格が安定的な仮想通貨であり理論上は今回のような事態は起きない設計になっています。

 各媒体で暴落の原因はUSTが担保型ではなくアルゴリズム型であると指摘されておりますが、本記事ではここ数年急速に拡大したステーブルコインがそもそもどのような需要に応えるサービスであるかを整理し投機か実需かについて理解を深めたいと思います。

 ステーブルコインは設計モデルによって内包するリスクが大きく異なることから一概に良い・悪いと評価しにくく、全体的な評価も定まっておりません。過小評価と過大評価が入り交じり互いに非難している状況でもあります。その点を念頭に1つの考え方として捉えていただければと思います。

※本記事では特段の言及がない場合、ステーブルコインは法定通貨担保型を念頭に置いております。

1. 決済手段としてのテーブルコインの位置付け

 最初になぜステーブルコインが必要なのかを整理します。世の中には既に多くの決済手段が存在しており新たにステーブルコインが必要なのか怪しい気もします。現金・銀行預金・電子マネー・●●Pay・ポイント・クレジット(デビット)・商品券など様々です。具体的なサービスではなく機能類型で整理すると、①現金、②預金、③前払い式支払い手段、④割賦・後払い、⑤仮想通貨等に分類されます。 

 昨今の議論を①~⑤に当てはめると中央銀行デジタル通貨(CBDC)は①に分類され、預金裏付けのステーブルコインは②に分類されます。近年普及している●●Payは③の前払い式に該当し、BNPLの略称でECなどで拡大している後払いは④に該当します。尚、今回のUSTは⑤に該当します。ステーブルでも100%を法定通貨担保型であれば形式的には⑤で実質②ですがUSTは無担保型であることから⑤といたします。 

 仮想通貨を除く決済手段の①~④は実生活の様々な場面で利用されており、社会インフラの一部として機能しております。ビットコイン等の仮想通貨での決済を受け付けている店舗も一部で存在しますが主流ではありません。仮想通貨でも決済することが出来るが進んで決済に利用するインセンティブは存在しない状態です。(税金・価格変動・手数料等がネック)ステーブルコインも同様でリアルビジネスにおける決済手段としては機能しておりません。 

 ではステーブルコインは何の目的で発行されここまで普及したかです。ステーブルコインは通常用途の決済ではなく、仮想通貨の決済・取引に特化したトークンの位置付けとなります。ビットコインやイーサリアム等の仮想通貨を取引したりDeFiと呼ばれる分散型の金融サービスを利用したりする際に必要になります。店舗で食事をしたりECショップで買い物をしたりする限りにおいては関りがないものです。現時点では人類の90%以上の方の日常生活には関係しないものとなります。 

 このステーブルコインは今後、私たちの日常生活に関わっている存在となるのか?それともこのまま仮想通貨の文脈においてのみ語られる存在に留まるのかについて本記事では考察いたします。 

2. ステーブルコインの必要性

 最初に結論を示すと、ステーブルコインは日常生活を過ごすうえでは今後も必要なく、実社会における主要な決済手段にはなり得ません。結論に至る理由について説明していきます。 

 代表的な中央集権型ステーブルコインとしてTether(USDT)やUSD Coin(USDC)が存在します。これらは米ドルと連動するよう設計されており、原則として発行相当の米ドルを保有している建付けになっています。価格の安定という観点から担保型のステーブルコインは信頼性があります。とはいえ、実質的に米ドルと同等の値動きをする資産であれば米ドルの現物を保有するので良いのではないか?という疑問を抱きます。 

 例えばですが、USDT を保有するということは間接的にTether Limited社の信用リスクを負うことになります。また取引所のアカウントで管理する場合は取引所の信用リスク・セキュリティリスク等も上乗せされます。自己で管理する場合は適切ウォレット管理オペレーションが発生します。また仮想通貨の区分では流動性は高い方ですが外為市場で取引されるドルや円と比較すると流動性が全然違います。また取引の度に手数料がかかる可能性もあるため取引コストによる減価も意識します。 

 米ドルと連動するステーブルコインを保有することは米ドル現物を保有することと比較し上記の間接コストを+αとして背負うことになります。

 このデメリットをカバーするだけの何かが存在すればステーブルコインには存在価値があると言えます。現状はデメリットを補うメリットは存在せず、今後もデメリットを上回るメリットを見出すのは難しいと思われます。

 冒頭で言及しましたがステーブルコインは実社会の決済では利用されておらず、仮想通貨関連の取引でのみ利用されているのが実態です。仮に決済手段として実社会での普及を目指す場合、そのインフラコストは誰がどのように普及するのでしょうか?

 ご存じの通りクレジットカード決済網や●●Payの決済網を構築するため決済業者は大きなインフラ投資と店舗営業を行っております。決済ビジネスは市場規模は多いですがプレイヤーが多くレッドオーシャンと呼ばれる市場です。加えてサービスのユーザビリティ・ユーザーのリテラシー問題もありステーブルコインが実社会の決済で普及することはまずないでしょう。

 そうするとステーブルコインは今後も仮想通貨関連の取引等の限られた場面でのみ利用される決済手段の位置付けとなります。仮想通貨市場と発展と運命共同体と言えます。よって仮想通貨市場の規模の拡大に比例しステーブルコインも全体として規模を拡大すると思われますが、そこが限界となります。

 ステーブルコインの意義としてデジタルな形で法定通貨を疑似的に実装することに価値があるという主張があります。確かに現時点において、その主張は一定レベル正しいかもしれませんが、各国中央銀行が猛烈な勢いでCBDCの発行検討を進めている状況において上記アドバンテージの消滅は目前です。ステーブルコインはCBDC普及までの過渡期における実験的な試みと言えるかもしれません。劣化版CBDCと呼ばれないためには独自の付加価値が必要であり、それはマネロン助長、AML・CFTを迂回する決済手段という位置付けであってはなりません。 

 尚、日本におけるステーブルコインは諸外国と比較すると少し特殊です。昨今の法律改正で日本でもステーブルコインらしきものが発行可能となりました。とは言え一般に言われるステーブルコインとは異なり、実態としては銀行預金を担保としたコインです。発行元も銀行・信託銀行・資金移動業者等に限定されており一般にイメージされるステーブルコインとは異なります。 詳細は金融庁の金融審の報告書とそれを解説した弁護士の解説等を参照いただければと思いますので割愛させていただきます。

 上記の通り法定通貨とステーブルコインを比較すると以下のリスク・コストに注意が必要です。

  •  ステーブルコイン発行元の信用リスク

  • ステーブルコインを預ける取引所の信用リスク・セキュリティリスクなど

  • ウォレット管理リスク

  • 流動性リスク

  • マネロンリスク、AML・CFT潜脱リスク

  • 取引手数料・スプレッド

  • 利用範囲が限定的(実社会の決済では利用できない)

  • CBDC登場時の存在意義

 当たり前のことですが決済手段として生き残るサービスは難しい技術がわからない人でも誰でも簡単に利用可能で、ユーザービリティに優れ、決済可能な範囲が広く、コストが安定し、信頼性の高い組織・事業者が提供する持続性の高いサービスです。ステーブルコインは上記を満たすことが困難であるため、今後も仮想通貨取引の媒体として一定の価値を持ちますがそれ以上ではありません。 (日銀の報告書ではユニバーサルアクセスと表現されております)

3. ステーブルコインの歴史と類型

 過去に旧Facebook(現Meta)が主導したLibra(Diem)というグローバルステーブルコインに挑戦したプロジェクトがありました。結果は散々で当初は2020年のサービスローンチを目指しておりましたが各国政府・金融当局・中央銀行等の強い反発がありプロジェクトを断念することになりました。とはいえ、Libraに関してはサービス設計に不備があるとかそういう次元の話ではありません。 

 Libraは革新的過ぎて潰されたプロジェクトと言えます。Libraと他のステーブルコインの相違点として通貨バスケットへの連動が挙げられます。Libraの画期的な点は単体通貨連動ではなく、主要通貨バスケットに連動するよう設計されていた点となります。これはグローバルステーブルコインと呼ばれる設計思想で、グローバルに数十億人のユーザーを抱えるFacebookとして都合が良いアプローチでした。

 また担保を各国の低リスクな安全資産で運用することで財源を確保する仕組みも良くできていると関心しました。強いていうと運用収益の配当を得られる投資家のポジションは誰でもなれるわけではなく既得権益になりそうな点は懸念事項でした。 

 問題はLibraが有益過ぎてこれまでの仮想通貨とは次元が異なりローンチされたらほぼ確実に普及するであろうこと、主要通貨のバスケットを採用しており安定性が見込めること、などを背景に金融政策の影響力低下を各国が懸念したことです。その結果、強烈な反発と包囲網を形成されプロジェクトを断念することになりました。もしLibraが順調に進んでいたらFacebookはSNS(コミュニケーション)企業の枠を超え、影響力・収益力・時価総額は相当なものとなっていたと思います。 

 Libraの反省からその後のステーブルコインは通貨バスケット方式を採用しておりません。単一通貨への連動を念頭においたローカルステーブルコインの位置付けです。各国の判断基準としてグローバルステーブルコインは明確にNGということが証明された結果です。ローカルステーブルコインであれば問題ないとははっきりは言えませんが、現状は見過ごされています。 

 Libraの教訓から本当に有益なステーブルコインは国家権益と衝突する可能性があり、潰される可能性が高いということが言えます。逆に見逃してもらっているうちは大した影響力はなく普及の見込みも薄く、既存金融にとって脅威とみなされていないと言い換えることが出来ます。

 将来、グローバルで通用する有益なステーブルコインを目指す際にはLibraから得られる教訓が多いと思います。今後、ステーブルコインに関する研究・議論が深まったタイミングで各国のコンセンサスが得られるグローバルステーブルコインの登場を期待したいと思います。 

 ステーブルコインはLibraへの批判もあり、グローバル型からローカル型へと軌道修正を余儀なくされました。その後、バリエーションが増え従来の担保型とは異なるアルゴリズム型コインがローンチされました。アルゴリズム型は理論上担保型と比べ維持コストが低く資金効率に優れる等の利点が存在します。 

 先日、TerraUSD(UST)が暴落したことでアルゴリズム型ステーブルコインが話題となりました。法定通貨担保型のステーブルコインはその担保率相当の実質価値を有しますがアルゴリズム型は理論上の連動に留まります。アルゴリズム型ステーブルコインは一種の社会実験です。これまでのところ中長期にわたり実験に成功したコインはありません。中長期でアルゴリズム型の安定性を評価するのであれば最低10年程度の期間は検証が必要かと思います。 

 アルゴリズム型は発想としては非常に面白いと思います。理論上、安定した価格を維持できる仕組みが“現実”という負荷テストでどこまで耐えられるか検証することには意義がありそうです。仮にですが国家という強制装置なしで価格が安定する通貨(アルゴリズム型ステーブルコイン)が実現すると実社会において価値を発揮することになります。 新たな信用創造の仕組みということが出来るかもしれませんが、検証には多くの時間が必要です。

 アルゴリズム型ステーブルコインが長期的に安定運用されることはステーブルコインの終着点の1つと言えます。とは言えまずはLibraが示した安定的な裏付け資産による価格安定性を有し、通常の決済でも利用されるグローバルなデジタル通貨の普及が当面の目標かと思います。その際は各国CBCDとの役割分担を考える必要があります。Libraが目指したコンセプトが完璧に機能した場合、各国のCBDCの需要は大きく減少し、Libraでいいじゃん現象が多発するためです。 

4. 日本におけるステーブルコインの見通し

最初に結論を示すと、日本においてステーブルコインはさほど普及せず、将来的に発行される見込みのCBDCの補完的な位置付けとして機能する、というのが私の予想です。 

 そもそも日本でCBDCが本当に発行されるのか?という懸念もありますが日銀が調査・研究を進めております。直近では以下の中間整理資料を公開しております。資料冒頭では以下のように語られております。 

日本銀行は、「現時点で CBDC を発行する計画はないが、決済システム全体の安定性と効率性を確保する観点から、今後の様々な環境変化に的確に対応できるよう、しっかり準備しておくことが重要」と考えている。
もとより、決済システムの構築は日本銀行や連絡協議会だけで進められるものではなく、CBDC を導入するか否かは、最終的には国民の判断による。

日銀:中間整理資料から一部抜粋
https://www.boj.or.jp/announcements/release_2022/rel220513b.pdf

  「現時点では発行の予定はない・最終的には国民の判断による」というフレーズが印象的でした。裏を返せば各国でCBDCが実装され国際的な決済で不可欠になったら日本もCBDC発行します、とも読み取れます。またボトムアップで国民需要が高まった場合にも発行します、とも読み取れます。個人的にはボトムアップの需要に基づく導入よりも主要国間での協調シナリオでの導入の可能性が高いと考えております。本分野における中国の独走を米国が見過ごすわけもなく、米国で実装されることにより経済的に関係が深い西側諸国での導入も加速するはずです。 

 日銀の資料ではCBDCのユニバーサル・アクセスについても言及されておりました。ユニバーサル・アクセスは仮想通貨やステーブルコインにおいては無視されがちですが現金同等物であるCBDCでは必須の考え方です。CBDCの普及を考えるうえでこのユニバーサル・アクセスが1つの鍵となると思います。尚、日銀の資料は非常によく整理されており、勉強になる点が多々ありましたので是非一読されることをお勧めします。 

  話をステーブルコインに戻すとCBDCとの役割分担をどうするか?という問いに対して回答が必要となります。CBDCの実装にはまだ相当の時間を要すると思われるところ、日本においては預金担保型のステーブルコインが先行して発行されることになる可能性が高いです。

 将来的により汎用性が高いCBDCが実装された際に不要となるステーブルコインであればシステム投資・ネットワーク維持・販促等にかかるコストも勘案し最初からローンチしない方が良いかもしれません。民間のステーブルコイン動向を探る資料としてはディカレットが公表している資料が参考になります。下記リンクからDCJPYのホワイトペーパーとプログレスレポートを確認できます。

一通り読みましたが普及しそうな印象は持ちませんでした。

 DCJPYよりも便利な決済手段は色々あります。今後の更なる検討に期待します。尚、リテール向けとホールセールでは求められる要件が異なることから別々に検討する必要があります。上記はリテールにおける印象です。 

 CBDCとステーブルコインが実社会において無駄のない形で実装され相互補完的な機能を果たすためには、日銀と民間企業のより一層の連携が必要不可欠となります。特に金融インフラにかかる部分は相当な投資を要することから機能の重複を避け、互いの範囲の線引きは必須となります。日銀のレポートでもこの点は意識されているように見えました。そう考えるとステーブルコインはCBDCと切り離された存在ではなく、CBDCが存在する前提のもと相互補完的な設計が未来の決済システムのデザインかと思います。 

 まず①現金・CBDCが基礎的な手段として存在し、続いて②銀行預金・ステーブルコインが①を前提に存在し、③としてクレジット・各種前払い式支払い手段が②を前提に存在するようなレイヤー構造のイメージです。大枠は現在の支払い手段と変わりませんが①にCBDCが追加され、②にステーブルコインが追加されることから機能とバリエーションの充実が図られます。

 CBDCとステーブルコインの実装は広義には決済高度化に繋がる重要なテーマです。特にインフラ部分の実装は巻き戻しが難しいので関係者には焦らずじっくり腰を据えてベストな方式を検討いただければと思います。

  • その他参考文献

文中に紹介したレポートに加え以下の資料も参考になりました。

金融庁:金融審議会資金決済ワーキング・グループ報告書

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