
東証の取引時間延長とPTSの拡張
1. はじめに
11/5(火)から東証の取引時間が15時から15時半まで延長されました。
また同タイミングで以下のPTSに関する記事も取り上げられていました。
今回は株式市場関連の制度変更に関して軽く触れつつ、私の感想を共有します。
2. 取引時間延長は誰の為?
取引時間延長は建前上は「投資家のため」となります。とは言え、本当に投資家のためなのか疑問も残ります。なぜなら30分の延長では恩恵を受ける投資家が限られるからです。
一般論としての取引時間延長の期待効果は以下となります。
市場の流動性向上
取引可能な時間が増えることで、より多くの売買機会が創出される
特に機関投資家の取引タイミングの選択肢が広がる
海外投資家の利便性向上
アジア市場の中でシンガポール・香港との重複時間が増加
欧州市場の取引開始時間との時間差が縮小
グローバルな投資家の参加機会が拡大
売買高・取引金額の増加期待
取引時間延長により、1日の売買代金の増加が見込まれる
特に終了時間近くの取引集中が緩和される可能性
価格発見機能の向上
より長い時間での価格形成が可能に
海外市場との価格連動性が高まる可能性
実務面での課題
証券会社やシステム会社の運用体制の整備が必要
取引参加者の働き方への影響への対応
東京市場は元々、各国市場と比べ取引時間が短いです。今回は各国市場との差を少し埋めた形になりますが、依然として東京市場の取引時間は短いままです。これが欧州市場のように8.5時間に延長されていたらインパクトは大きかったと想像します。
30分の延長では個人(サラリーマン投資家)は業務中の売買が難しいという状況は改善されません。機関投資家も30分の延長では欧州や米国市場と取引時間が重ならないのでリスクヘッジや利便性はそれほど向上しません。
そうなると日経の記事にもあるように自身のシステム障害時の復旧対応のため、という線が濃厚となります。
今回の時間延長は大きく分けて2つの目的がある。1つ目は、2020年10月に発生した大規模システム障害の再発防止だ。株式売買システム「アローヘッド」も更改し、再起動までにかかる時間を3時間から1時間半に短縮した。システム障害が起きても復旧させて同日中に売買を成立できる可能性を高めた。
2つ目は世界で激しさを増す取引誘致の競争への対応だが、世界の取引所との差はなお大きい。ニューヨーク証券取引所(NYSE)は10月25日、時間外取引を延ばす計画を発表し、全体の取引可能時間を22時間にする。

競争力という点ではNYSEが22時間検討という中で30分の延長では周回遅れの感を否めません。なお、30分という時間の決定には紆余曲折があったことは確かです。日証協や金融庁などの関係各所との調整(妥協)の産物が30分で、東証自身も30分がベストとは考えていないと思います。
取引時間の延長は証券会社やアセマネ会社のオペレーションに影響を与えます。今回の時間変更に伴い、投信の注文〆時間も概ね30分後ろ倒しとなり、15:30〆のファンドが増えました。その他にもデリバティブ関係が影響を受けます。
バックオフィス関連は表には現れませんが〆時間がずれることによりオペレーションの見直しが発生しています。(証券会社のオペレーション、情報ベンダー、決済関連など影響は多岐に及びます)
仮に4時間延長し午後7までとした場合、金融機関や決済システム側の対応が間に合うか怪しく、今回の時間延長は投資家の利便性というよりは東証の都合と業界関係者の都合が優先された時間変更と言えます。
意味が無いとは言いませんが、大きな効果が期待できる制度変更ではない、というのが現時点での評価となります。仮に世界中の取引所の取引時間が延長され、いつでもどこかの国のマーケットで取引出来る状況となった場合には「いつ寝るか」という別の問題も浮上してきそうです。
マーケットは取引時間が限られているからこそ取引が集中し、効率的なマッチングや適正な値付けが出来る側面もあります。仮に22時間や24時間取引になった場合には仮想通貨のように取引の薄い時間を狙った価格変動も考えられます。加えて現在の証券決済システムは24時間取引を想定したものとはなっていないことから抜本的な決済システムの見直しが必要となります。
3. PTS規制緩和は必要?
日経の「株私設市場「オークション」解禁へ 金融庁、年内にも」という見出しにある通り、PTSの規制緩和が検討されています。これには良い点・悪い点がそれぞれ存在します。
日本の株式市場は現状、東証独占状態です。他国では複数の取引所が存在し、競争環境が維持されていますが、日本は長年にわたり東証の独占が続いております。

私は20年弱、金融業界に努めていますが、別に東証の独占がそれほど悪いとは考えていません。参入障壁が高い業態であることは確かですが、法律で新規の取引所の設立を制限しているわけではありません。(認可要件はめちゃ高いですが)
規制というウォールを前提とした独占は競争が生まれにくいという点は欠点ですが、競争が絶対に発生しないか?といえばそうではありません。相応の資本力・技術力・オペレーション能力を持った母体が取引所を運営することで競争環境を作り出すことは可能です。(理論的には)
とはいえ、日本では東証の競争相手になるような取引所は存在しないことは周知です。一部の証券会社がPTSを運営していますが取引量は東証に遠く及びません。金融庁としては競争を促進するため、PTSのテコ入れを考えているかもしれません。
けれどその方法は別にPTSでなくても良いかもしれません。東証の競争相手となる取引市場を生み出すことで利便性の向上やサービス品質の向上を目指し、日本全体の魅力を高めることが狙いであればPTSではなく、東証の対抗馬になる取引所を擁立することでも実現可能なはずです。目的達成の手段としてPTSの規制緩和がベストな手法なのかは今一度考える必要があります。
PTSはこれまで売買量や手段に制限を設けられてきた代わりにPTSという甘いライセンスでの運営(マッチング)が認められてきました。今後、PTSに多様な取引やボリュームを認めるのであれば、その辺りの管理態勢の見直しも必須となります。
要するに良いとこ取りは許されないというわけです。関係者には東証の対抗馬を作るという視点よりも利便性を向上させ日本市場の魅力を高め、国際的な地位を高めるという視点で市場改革を推進して欲しいところです。
PTSには取引時間以外の差別化要素が求められます。ティックに関しては東証も縮小傾向にあり、以前ほど優位性がありません。東証の取引時間外でも取引出来るのがPTSの魅力ですが、価格が上下に跳ねる傾向が高く、夜間取引の価格は翌営業日の参考値としてはあまり役に立ちません。(夜間価格と翌日始値のギャップ)
結論としてPTSの規制緩和は悪くないけど、ベストでもなさそうというのが率直な感想です。東証が現在の独占的なポジションに慢心せず、先を行く米国市場に劣らないサービスを不断の努力で提供すれば、それでOKとも感じます。
競争環境の構築やバックアップの必要性は理解できますが、優れた取引サービスが提供されれば皆納得します。東証が世界一の取引所で取引規模もサービスも充実していたらPTSをもっと活性化しようという話はそれほど盛り上がらなかったと思います。