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仮想通貨の見通し

1. はじめに 

 本稿では賢明なる投資家を目指す方に仮想通貨は必要か否か、について整理します。伝統的な投資家は株式・債券・不動産・コモディティなどに資産を分散投資してきました。

 昨今は投資家のポートフォリオのオルタナティブ枠・サテライト枠にしばしば仮想通貨が登場します。仮想通貨は投資家のポートフォリオに組み入れるべき資産かどうかについて資産価値・実用性の観点から考察します。 

2. ポートフォリオの分散効果

 仮想通貨をポートフォリオに含めることはポートフォリオ全体の収益向上・リスク分散に寄与するかどうかについて、私の見解はややネガティブです。仮想通貨は草コインも含めると数万・数十万と種類が存在します。時価総額上位10種程度に絞っても価格変動率は大きく、短期間で価格が大きく上下します。

 よってポートフォリオのボラティリティの増加には寄与しますが収益の向上・リスク-リターンのコントロールに寄与するかどうかは別です。伝統的な資産にはそれぞれ価格の上昇・下落を論理的に説明可能な根拠が存在しますが、仮想通貨の場合はトレンド(需給)で変動します。 

 一見すると仮想通貨は他資産との相関は低いように見えますが、大きな潮流としての株式市場の影響を受け、株式市場のアップダウンに連動する傾向も存在します。これはマーケットの過剰流動性と関連しており、信用力の低い資産はマーケットの規律が緩んでいる程、資金が流入することから金融緩和・相場上昇時には連動して仮想通貨も上昇します。 

 結論として仮想通貨と他アセットクラスにおいては規則的な逆相関は存在せず、無関係にランダムに動く場合が多いと思われます。ただし大きなトレンドとしてはマーケット全体の環境・金利などの影響を受け、短期的には個別要因による需給に依存します。 

 現時点において積極的に仮想通貨をポートフォリオに組み入れる価値はありませんが、組み入れる場合にはどのような手法・銘柄が適切か検討します。大前提として日本では仮想通貨は現物で保有すると雑所得扱いになり総合課税となります。

 これは最大で所得税+住民税=55%の懲罰的な課税となり好ましくありません。金融商品を通じて間接的に投資することで分離課税20%に抑えることが出来るのでこちらのアプローチを採用します。 

 また金融商品であれば損益通算によって他資産と損益を合算することが可能であることから税務面でより有利に働きます。仮想通貨をポートフォリオに組み入れる場合は現物ではなく金融商品化された資産を通じて間接保有することが好ましいと分かりましたが、次は具体的な商品の検討です。 

 仮想通貨は非常にボラティリティが高く、価値の裏付けが存在しないため個別銘柄の保有には大きなリスクが伴います。(本稿では仮想通貨という場合には裏付け資産を有するステーブルコインは除外します) 

 よって考えられる案としては、時価総額加重平均をベースとしたインデックス指数に連動するETFなどへの投資です。現時点でこの条件を満たす一般投資家がアクセス可能な金融商品は存在しませんが、この条件であれば個別リスクをある程度排除可能です。 

 もちろん単純に時価総額で加重平均だと問題が生じるため、スクリーニング条件が必要です。実態の無い草コインを排除しつつ可能性のあるコインを拾いあげるルールが必要です。 

 例えば以下のような条件が考えられます。①時価総額上位30種で、②一定の流動性(取引量)が存在し、③保有者(アドレス)が一定以上存在し、④取引可能な認可業者が一定数存在し、⑤コイン発行から一定期間が経過し、⑥開発者の持分が一定%以下で、⑦ロードマップが示され検証可能であること、などが条件として挙げられます。 

 これらの条件をクリアしたコインを時価総額加重平均ベースで組み込んだ指数に連動するETFが安価な経費率で運用されるのであればポートフォリオの5%以下で組み込むのはありかと思います。(現状このような商品は存在しないため、投資は見送りです) 

 代用としてコインベースのような業界株を考えましたが、個別株式で代用すると別のリスクを考慮に入れる必要があるため、現状は積極的に仮想通貨をポートフォリオに組み込む必要はありません。 

3. 投機と実需・可能性と実用性 の整理

 投資家は仮想通貨の価格を評価する際に何を基準とすべきか、自分なりの物差しが必要です。自分なりの価格根拠をどのように整理するか考えます。 

 株であれば企業の収益を根拠に、債券であれば政策金利と信用リスクが根拠となります。不動産であれば家賃収入を根拠に、コモディティであればグローバルな需給(実需)が根拠になります。いずれにしても伝統的資産の場合には価格の根拠を見出すことが出来ます。 

 仮想通貨の場合はどうでしょうか?コインは有価証券ではないので収益の裏付けを有していません。また不動産と異なり「住む」という実用価値もなく、家賃収益のようなインカムもありません。

 当然ながら、原油・金・小麦のように産業や生活のインフラとなるような実物資産でもありませんので本質的な需要(人類が生活するうえで必須の経済活動)にも該当しません。

 よって仮想通貨の価格を正当化できる物差しが存在しないことが分かります。これは例えるならば道端に落ちている石ころに100万円という値段が付いていることと同じです。

 石ころに100万円の価値がないことは明らかでも、需要と供給である投機家がその石には凄い価値があると思い込んだ場合には、石ころ=100万円が成立します。これが仮想通貨・NFTの値付けの極端な例です。 

 投資家はこのような現実を理解したうえで自身のポートフォリオに加えるかどうかを慎重に検討する必要があります。尚、現時点では積極的にポートフォリオに加える必要はありませんが、どうしても組み込みたい場合には前章のような指数に連動するファンドの登場を待つのが良いかと思います。 

4. 利便性と自主性のパラドックス

 仮想通貨・ブロックチェーン技術の利用には利便性の壁が立ちはだかります。技術的バックボーンを有さない一般層が仮想通貨やNFT、ブロックチェーン技術を応用したシステムを利用する際には操作性の悪さ・管理の手間に辟易とすることが多いです。 

 通常、企業の提供するサービスはユーザーフレンドリーでありサポートが充実しており直感的に操作・利用可能なサービスが殆どです。ユーザーが利用するハードルが高ければそれだけ売り上げは低下し収益も落ちるため、UI/UXの最適化は必須です。 

 一方、仮想通貨はこの点で大きな課題が存在します。取引所を通じたサービス利用に限定すればそこそこのレベルのサービスを利用可能ですが、仮想通貨のコンセプトに非中央集権というイデオロギーが存在します。取引所という中央集権組織にアカウントを依存し秘密鍵を丸投げするのであれば仮想通貨はそのアイデンティティを喪失したことになります。 

 よって利便性と自主性のトレードオフが生じます。利便性を重視する場合は秘密鍵の管理を含め取引所に依存することになり、従来の金融機関の利用と何ら変わりません。自主性を重視する場合は秘密鍵の管理・トラブル対応など全てを自身で対応する必要があり大きな手間が発生します。 

 P2P・仲介者の排除はコンセプトとしては支持を集めやすい魅惑的な仕組みですが、実際の運用には手間とリスクが存在します。結果、世の中のサービスはC2CではなくB2Cが主流となります。信頼できるもの(組織)は信頼した方が便利だし、コストも安価で済む場合が殆どです。このような事実を認識の上、利便性を天秤にかけどこまで犠牲を許容できるかを考える必要があります。 

5. 仮想通貨の展望

 昨年11月に業界大手のFTXが破産しました。同社の杜撰な経営管理態勢は様々なメディアで取り上げられていますので本稿では深く言及しませんが、FTXは決して特殊な事例ではなく氷山の一角であり、規模は異なれど業界には同様のリスクが潜んでいると考える必要があります。 

 仮想通貨が今後も現実社会における多数派=一般層に対して実用性・必要性を証明できない場合、キャズムを超えることは考えられません。業界は緩やかに衰退し、ビットコインが登場した当初のように一部マニアが利用する「おもちゃ」の立ち位置に戻る可能性があります。 

 仮想通貨自体は自由に運用することが可能であるため消滅することはありませんが、利用者離れ・事業者の倒産などによって実質的に市場が消滅します。最終的には投機要素が切り離され、純粋な技術の探求へとシフトするかもしれません。 

 技術自体が学術的な研究対象となった場合には将来的には幅広い産業に応用可能な基礎技術が生まれる可能性もあり、そのような方向への進化に期待したいところです。既にアカデミックでブロックチェーン技術の研究が始まっていますが、やや商業的な匂いが強い感は否めません。中途半端に仮想通貨市場が成立してしまっているため影響を受けているように思えます。 

 仮想通貨は社会的にはUnimportantで、ブロックチェーン技術はImportantではあるけれどNecessaryではない、というのが実態かと思います。コモディティ(原油・金・小麦)や不動産はNecessaryであることから、これらには超えられない壁が存在します。社会的にNecessaryと位置付けられること、これが鍵となります。 

 社会で価値あるサービスとして認識されている多くのサービスはNecessaryの要素を含んでいます。もちろんNecessaryであっても投資家目線では収益が期待できない場合もありますが、投資対象が人類にとってNecessaryかどうかは普遍の前提条件です。 

6. ブロックチェーンの展望

 アプリケーションとしての仮想通貨の評価は前章の通りネガティブですがブロックチェーン技術自体はニュートラルです。2015年頃はポジティブでしたが色々と検証した結果、ポジティブからニュートラルへと変化しました。 

 証券分野におけるブロックチェーンの実用可能性についてはJPXのレポートが参考になります。2016年と少し古いですが考察は鋭く納得感があります。 

 さて、どうしてポジティブからニュートラルへ評価が変化したかというと有効活用できる範囲の狭さです。感覚的には様々な業務に応用可能な技術のように思えますが、既存の業務やシステムの多くは既に最適化されているケースが多く、ブロックチェーン技術を用いることで逆に非効率が発生するケースが多々あります。 

 分散化というコンセプトは多くの人を惹きつける魅力がありますが、実用性の観点からシビアに評価した場合に金融サービスの本番運用に耐えられる水準を担保することは容易ではありませんでした。 

 パブリックチェーンはそもそも他人を信頼しない前提のシステムですが、金融機関は金融庁の監督下にあり業法に従い、業務管理態勢の維持に努めているので信頼しても問題ない組織です。

 よって金融機関ではパブリックチェーンではなくコンソーシアム(プレイベート)チェーンと呼ばれるブロックチェーンシステムが採用される場合が多いです。しかしながらコンソーシアムチェーンは色々と中途半端なシステムです。

 パブリックチェーンと既存のRDBのハイブリッドのようなもので、限定共有のDBのようなイメージです。通常、企業の取引データはその企業のみが参照・更新できますが、これを一定の条件をクリアした企業間で共有する仕組みがコンソーシアムチェーンです。 

 正直、運用上の注意点が多く面倒なシステムです。金融機関のシステムは中央集権的な集中処理システムの方が効率的であり、本来の業務目的とも合致します。この辺りは予感はあったものの自分で実際に試してみて確信に変わった、という経緯があります。 

 補足を加えると金融業務における実用性はニュートラルであり、業種によって実用性の評価は異なります。これは業種によって求められる機能が異なるからです。ブロックチェーン技術は仮想通貨から広がったため金融色が強い印象を受けますが、本来は無色透明で特定の産業用の技術ではありません。様々な業種への応用可能性が存在します。 

 注意点としては手段の目的化に陥ることです。様々なプロジェクトが罠に嵌っており、ブロックチェーンン技術を利用してプロダクトを開発することをゴールにしてしまっているように感じます。その結果生まれたプロダクトにはNecessaryが含まれておらず、他と比較して敢えて選ぶ理由が存在しません。 

 VC業界は過去数年にわたり、このような必要性に欠けるプロジェクトに多額の投資をしてきました。この辺りの軽率な行動が世間一般におけるブロックチェーンプロジェクトの適切な評価を狂わせているような気がします。直近ではWeb3と看板を変えて集金していますが本質は同じです。投資家は「効率の悪い車輪の再発明」を避けつつ、本質を見極める必要があります。 

 

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