オルタナティブ投資の必要性
1. はじめに
近年、オルタナティブ投資について言及される場面が増加しています。金融機関が富裕層向けに株式・債券に代わる選択肢としてオルタナティブ投資を盛んに推奨しています。本稿では、昨今のオルタナティブ投資推奨の背景を考察し、一般投資家にとっての必要性を再検討します。
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2. マーケティングとしてのオルタナティブ投資
結論から言えば、一般投資家にとってオルタナティブ投資は必ずしも必要ではありません。株式・債券・リートなどの伝統的な資産クラスの適切な組み合わせで、多くの投資家にとって十分な分散投資が可能です。
一部の富裕層や機関投資家は選択肢として検討できますが、運用コスト・流動性・市場規模などを勘案すると、積極的に組み入れるべき資産クラスとは言い難い面があります。
では、なぜ近年オルタナティブ投資が注目されているのでしょうか。その背景には、インデックス投信やETFの普及による運用コストの低下があります。これにより、パッシブ運用の比率が高まり、アクティブ運用が押され気味となっています。
運用会社・金融機関にとって、アクティブ運用の受託や販売は高い収益を生み出します。一方で、インデックスに連動するパッシブ運用の受託や商品の販売では、利益率が大幅に低下します。
以前は「ESG投資」が注目されましたが、資産運用としての合理性・効率性に疑問が呈されました。2024年現在、ESG投資は下火となり、大手運用会社もESGに対して慎重な姿勢を示すようになっています。
ESG投資の問題点については、2022年に以下の記事で詳細に論じています
ESG投資は金融機関にとって収益性の高い商品でした。ESGの基準自体が厳格ではなく、ESGっぽい雰囲気さえ出していれば許される曖昧な世界であり「ESGウォッシュ」という批判的な用語も生まれました。
投資の本質はリターンの追求であり、ESGというフィルターを通すことでその達成から遠ざかるのであれば本末転倒です。ESG商品には例外なくESGプレミアムが付加され、これが投資家のリターンを棄損している点は広く認識されています。
オルタナティブ投資は、ESG投資に代わる新たな収益源として金融機関に注目されている可能性があります。従来、オルタナティブ投資は超富裕層や機関投資家向けの商品でしたが、最近では対象となる投資家の資産規模基準が引き下げられる傾向にあります。
一昔前であればオルタナティブ投資は資産10億円以上の富裕層の選択肢というイメージでしたが、その基準が1億円程度まで引き下げられているように感じます。しかし、資産10億円程度の投資家でさえ、必ずしもオルタナティブ資産を組み入れる必要はありません。
個人資産で100億円規模を運用する場合には、真の意味での分散を考慮し、オルタナティブ投資に価値を見出せる可能性がありますが、それ以下の資産規模では、その必要性は限定的です。
直近で金融機関が推進しているオルタナティブ投資商品の中には、プチ富裕層をターゲットにした高手数料商品も見受けられます。PEファンド、ヘッジファンド、未上場株、私募債など、これらの商品は一般的に株式や債券、ETF、インデックス投信と比較して実質的なコストが高い傾向にあります。
近年、従来の資産クラス間の相関関係に変化が見られます。株式と債券の逆相関関係が弱まるなど、伝統的な分散投資の効果が低下している可能性があります。しかし、長期国債は依然として株式との逆相関を維持しているように見えます。不動産は一見独立しているように見えても、高いレベルで株式と連動しています(約0.6の相関が見られます)。
ビットコインなどの仮想通貨も、当初は伝統的な資産クラスとは異なる値動きが期待されましたが、最近では金融市場全体との連動性が高まっています。これは過剰流動性による金余りの最終地点が仮想通貨である点を考慮すると理解しやすくなります。
金・原油などのコモディティは、確かに株式との相関が低い資産です。資産100億円レベルであれば、金は現物資産として金地金の形で保有することも検討に値するかもしれません。
ETFで金を保有すると、極端な状況(例:第三次世界大戦レベルの戦争)でマーケットが閉鎖された場合にアクセス手段を失う可能性があるため、究極のリスクヘッジとしては現物保有が有効です。
オルタナティブ投資の定義は広範で、線引きが難しい面があります。本稿では、不動産・金・原油などを伝統的なオルタナティブ資産とし、それ以外のPEファンド、ヘッジファンド、未上場株、私募債などを新しいタイプのオルタナティブ投資として区別します。
PEファンドは戦略も様々で一概に評価することは困難ですが、共通点として流動性が低く、ロットが大きく、ボラティリティが高い傾向にあります。VCファンドに似た性質もあるという点で理解しやすいかもしれません。
ヘッジファンドについては、多くの投資家が過大な期待を抱いている可能性があります。ヘッジファンドが注目を集めたのは90年代から2000年代初頭までで、それ以降は急速に数を増やし運用資産額も増加しましたが、目覚ましいリターンを実現するファンドは極めて少数となりました。
ヘッジファンドが採用する戦略は、かつては少数のプレイヤーが実施していた時代には機能していましたが、同様の戦略を採用するプレイヤーが増加するにつれ、ファンド間の差別化が難しくなりました。
多くのファンドは、ロング・ショート、グローバルマクロ、リスクパリティ、クオンツなど様々な説明を行い、自らの優位性をアピールしていますが、実際にはそれほど特別なことをしているわけではありません。
LTCMの崩壊やブリッジウォーターの近年の低パフォーマンスは、ヘッジファンドの脆弱性を示す例と言えるでしょう。結局のところ、絶対に勝てるヘッジファンドも、長期に渡って勝ち続けるヘッジファンドも存在しません。さらに、高い固定手数料と成功報酬により、投資家のリターンが大きく棄損される点も問題です。
未上場株は博打的要素が強く、一般投資家が敢えてチャレンジする必要性は低いと考えられます。プロのVCが投資したベンチャーでさえ、大半はIPOに至りません。業界に精通し内部情報を持つ場合を除き、ギャンブルに近い投資と言えるでしょう。
私募債については、正確に信用リスクを測ることが困難な場合が多いため、慎重なアプローチが必要です。経営者が重要情報を隠蔽している可能性や、未上場企業の財務情報の信頼性確認が困難な場合もあります。一般投資家がアクセスできる私募債案件に、特別に有利な条件のものが含まれている可能性は極めて低いと考えられます。
これらの理由から、近年金融機関が展開しているオルタナティブ投資商品は、一般投資家にとっては必ずしも適切とは言えません。長期的には、伝統的な資産配分戦略(例:株式60%、債券40%)のほうが、リスク調整後リターンの観点から優れている可能性があります。
一般投資家であれば、全世界株式(オルカン)と長期国債のポートフォリオで十分であり、若くてリスクを取ることが可能で安定したキャッシュフローがある場合は、株式の比率を90%程度まで高めることも検討できます。
3. まとめ:一般投資家のための賢明な投資戦略
本稿での考察を踏まえ、一般投資家のための投資戦略について以下のようにまとめることができます
1. シンプルさを重視する
複雑なオルタナティブ投資商品よりも、理解しやすい伝統的な資産クラスを中心に据えた投資戦略が望ましいです。
2. コスト意識を持つ
運用コストの低いインデックス投信やETFを活用し、長期的な資産形成を目指すことが重要です。
3. 適切な分散を図る
株式と債券を中心とした適切な資産配分により、十分な分散効果を得ることができます。
4. リスク許容度に応じた配分
個人の状況(年齢、収入、リスク許容度など)に応じて、株式と債券の比率を調整することが重要です。
5. 長期的視点を持つ
短期的な市場変動に惑わされず、長期的な視点で投資を続けることが重要です。
最後にオルタナティブ投資はあくまでも選択肢の一つであり、それ自体が悪いわけではありません。しかし、一般投資家にとってはシンプルで理解しやすい投資戦略のほうが長期的には優れた結果をもたらす可能性が高いことを認識することが重要です。投資は自身の状況とニーズに合わせて行うべきであり、流行や過度なマーケティングに惑わされないことが、健全な資産形成の鍵となるでしょう。