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トランプ相場再来で考える価格と価値の関係性


1. はじめに 

 米国大統領選の結果、次期大統領がトランプ氏に決定し、既に「トランプ相場2.0」が始動しています。既に高値圏にある米国株式市場がこのままバブルの形成と崩壊という道筋を辿るのか、あるいは予想外の展開が待ち受けているのか、極めて興味深い局面を迎えています。 

 注目すべきは投資の神様と評されるバフェット氏の動向です。現在、バフェット氏の待機資金(現金及びT-Bill)は過去最大規模にまで積み上がっており、この事実は現在の株価水準に対する警戒感の表れとして捉えることができます。 

2. バブルの形成によって生じる価格と価値の乖離 

 資産評価には「価格」と「価値」という2つの重要な軸が存在します。価格は市場で取引される金額を指し、短期的に大きく変動する性質を持ちます。一方、価値は資産の本質的な実力を表し、通常は短期間で大きく変化することはありません。 

 大統領選でのトランプ氏の勝利以降、コインベースやテスラの株価が急騰しています。しかし、これは純粋な価格の上昇であり、企業の本質的価値の増加を反映したものではないことに注意が必要です。

 トランプ政権の政策によって仮想通貨業界やイーロン・マスク氏が恩恵を受ける可能性はありますが、それは外的要因による一時的な追い風に過ぎず、テスラの事業価値そのものとは本質的に異なる問題です。 

 現在の市場は、次期トランプ政権が選挙戦で自身を支援したイーロン・マスク氏への優遇政策を実施するという期待を織り込んでいます。このような露骨な利益誘導の期待が株価形成の要因となっている点には、違和感を禁じ得ません。 

 仮想通貨関連でも、コインベースの株価が数日で急騰しました。これもコインベースという企業の事業の質が突如として向上したわけではなく、規制緩和期待と投機マネーの流入が主因です。 

 このように、価格は「価値」から大きく乖離することがあります。特に価格が価値を大きく上回る状態を「バブル」と呼びます。現在の市場では、トランプ政権への期待から局所的なバブルが発生している状況が観察されます。 

 資産運用において、「価格」に注目して取引を行う人は「トレーダー」、「価値」に注目する人は「投資家」と呼ばれます。両者は一見似ているようで、実際には全く異なるゲームをプレイしています。

 重要なのは、自身がどちらのゲームに参加しているかを明確に認識し、ブレない軸を持って資産形成を継続することです。一般に、投資家がトレーダー的な行動を取ると失敗するリスクが高まります。 

 現在の局所的なバブル(仮想通貨・テスラなど)は、トレーダーが割り切って取引するには興味深い相場かもしれません。しかし、長期投資家が安易に参加するのは避けるべきでしょう。この価値基準の混同が、しばしば投資の失敗を招きます。 

 投資家は価格と価値を比較し、価格が価値を下回る状況を探るべきです。その代表的な実践者がバフェット氏であり、冒頭で触れた過去最大の待機資金保有にも、その投資哲学が表れています。現在の相場は、バフェット氏の目にも行き過ぎた水準と映っている可能性が高いと考えられます。 

3. 株式市場における価値評価の現状 

 PER・シラーPER・バフェット指数など、主要な指標は軒並み市場の割高感を示しています。特に顕著なのがテスラです。マグニフィセントセブンと呼ばれる大型テクノロジー株の中でも、PER約100倍という水準は異常値と言えます。 

比較として

- アマゾン:かつてのPER80倍から現在は40倍程度
- エヌビディア:50倍程度、来期利益ベースではさらに低下
- アップル:30倍
- グーグル:23倍
- メタ:26倍

 これらと比較すると、テスラのPER100倍という水準の異常性が際立ちます。特にEV事業は2023年後半から逆風が強まっています。欧州では完全EV化の方針を見直し、ハイブリッドなど他の選択肢も検討し始めています。2030年や2040年までの完全EV転換という目標は、現実的には達成が困難な状況です。 

 EVは自動車製造の一形態に過ぎず、自動車自体も移動手段の一つに過ぎません。これまでのEV評価は、手段であるべきEVそのものが目的化し、過剰評価される状況が続いていました。 

 政治的に言うとリベラルによって歪められた価値観の蔓延です。これまではEVという価値観が政治的な意図も絡み合い、過剰評価されておりました。直近では弊害が顕著となり、価値観の押しつけの限界が見えてきています。その辺りはテスラやBYDの状況を精緻に観察すると見えてきます。 

 この文脈で考えると、2021年頃に「時代遅れ」と評されていたトヨタは、むしろ自動車産業の本質的な「目的」にフォーカスし続けた稀有な企業と評価できます。テスラの時価総額がトヨタを大きく上回っている現状について、改めて立ち止まって考える必要があるでしょう。 

4. 株式市場と債券市場の矛盾:株価と金利の不思議な関係 

 FRBは2024年9月に0.5%、11月に0.25%の利下げを決定しました。しかし、債券市場の反応は一般的な予想とは異なるものでした。8月~9月にかけて3.6%程度まで下落していた長期金利は、直近では4.4%程度まで上昇しています。0.75%の利下げにもかかわらず、短期間で0.8%もの長期金利上昇が生じたのです。 

 これは通常の市場動向からすれば異常な事象です。一般的に、政策金利の引き下げに伴い短期金利は連動して低下し、長期金利も程度の差こそあれ、下落傾向を示すはずです。しかし今回は、政策金利の引き下げが長期金利の上昇を招くという、矛盾した現象が起きています。 

 メディアではこの現象を「債券自警団の売り」として説明していますが、これは一因に過ぎないでしょう。より本質的な問題として、株式市場と債券市場のいずれかが誤った方向に動いている可能性があります。 

 株式市場はコロナ以降、2022年の下落を経て、2023年・2024年と驚異的な上昇を続けています。一般論として、金利低下は株式市場にとって追い風となるため、FRBの利下げ期待を背景とした株価上昇は理解できます。

 しかし、政策金利は低下する一方で長期金利は上昇し、さらにバフェット氏が過去に例を見ない規模の現金を保持している状況は、明らかな矛盾を示唆しています。 

5. 市場の読み違いの可能性 

 現在のマーケットは、ソフトランディングまたはノーランディングシナリオを織り込んでいます。つまり、インフレ鎮静化と金利低下が実現しても、景気後退は回避できるという楽観的な見方に全面的に依拠している状況です。 

 確かに、株価は歴史的に右肩上がりで推移してきましたし、投資期間が30年以上であれば短期的なバブルは気にする必要がないという考えも正しいでしょう。しかし、様々な要素を総合的に判断すると、現在の市場参加者の誰かが大きな読み違いをしている可能性は否定できません。 

 興味深いことに、バンガードのレポートは、今後10年の株式市場、特に米国市場のリターンは過去ほど期待できず、むしろ債券のリスク・リターンが優れているとの見方を示しています。この分析には一定の説得力があります。 

6. 実践的な投資戦略 

 このように市場の誰が間違っているのか判断が困難な状況下で、私は以下のような中立的なポートフォリオ戦略を採用しています。 

 まず、先に述べた局所的バブル相場(銘柄)とは距離を置きます。とはいえ、割高水準とされる株式市場から完全撤退する意図はなく、オルカンなどのインデックス投資は継続します。一方で、ボラティリティの高い個別株、PERなどの指標が異常値を示す個別株は手放します。 

 債券投資については、これまでEDVなどの長期債を軸にしてきましたが、直近の金利動向が私の読みと逆行したため、素直に戦略を修正し、VGLT・VGSHなどを組み合わせてデュレーションを分散させる方針です。

 金利低下に伴う価格上昇によるキャピタルゲイン獲得という大きな方向性は変わっていないものの、最終地点までの道のりには紆余曲折があり、簡単にはゴールできないと腹をくくりました。 

 実際にTMFなどは昨年10月の底以降、金利低下に伴う上昇しか想定していませんでしたが、実際には底値圏を低迷している状況です。幸いTMFには手を出していませんでしたが、EDVも水平飛行が続いています。ただし、EDVは現物なので減価リスクがない点が救いであり、長期保有の継続が可能です。 

 為替戦略については、特に実務的な運用手法として興味深い点があります。SP500への投資において、「円建てのドル資産」と「ドル建てのドル資産」は、一見同じように見えて実は大きく異なります。

例えば、以下のような具体的な戦略が可能です

 1ドル150円の水準でA社株を100ドルで購入し、その後1ドル75円の水準でA社株を120ドルで売却するケースを考えます。この場合、ドルベースでは20ドルの売却益が出ていますが、特定口座内での円換算処理ではマイナスとなります。 

 結果として、特定口座内のドル資金は増えているにもかかわらず、損益計算上はマイナスが生じることになり、他の利益との相殺が可能となります。しばらく円に戻す予定のない資金であれば、このような運用手法が有効です。 

 これにより、ドルベースでの資金を維持または増加させつつ、円換算で損失を発生させ、投信などの利益と相殺することで、実質的に無税でリターンを確保することができます。 

 この手法は以前の記事で解説していますので、詳しくはそちらを参照ください。

 総合的に評価すると通常時よりも若干、債券比率を高め、遊び枠の個別株を整理し、インデックスは積立を継続しつつ、為替動向次第でドル・円の比率を調整し、特定口座の損益通算を意識しながら、マイナス方向に歪みが生じた資産を複数回にタイミングを分散させつつ買い付ける算段です。  

 想定では上記であれば、誰かが間違っていても大きな損失は発生しないはずです。とはいえ絶対は存在せず、1ミリも油断は出来ないのでマーケットは常に追うようにしています。尚、レバ系商品はトレンドが一方方向に動く場合には有効ですが、行ったり来たりする局面やどう転ぶか見通せない局面ではリスクが多き過ぎるのでパスする方向です。 

7. まとめ:不確実性の時代における投資戦略 

 現在の市場環境は、いくつかの重要な矛盾を内包しています。FRBの利下げにもかかわらず上昇する長期金利、株式市場の強気な展開とバフェット氏の慎重なスタンス、そしてテスラに代表される局所的なバブルの存在。これらの現象は、誰かが大きな読み違いをしている可能性を示唆しています。 

 現状、誰が正しく誰が間違っているのかを判断するのは困難です。しかし、だからこそインデックス投資の継続、債券デュレーションの分散、為替戦略の活用など、複数の選択肢を組み合わせた柔軟な対応が有効となります。 

 市場は常に予想外の展開を見せる可能性があります。それに対応するためには、確固たる投資哲学を持ちつつも、具体的な戦術レベルでは柔軟性を保つという、一見矛盾する二つの要素のバランスが求められるのです。

 

 

 

 

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