『シベリアの理髪師』 隠れた傑作、これいかに? 第7回
『シベリアの理髪師』 1999年/ロシア、フランス、イタリア、チェコ
監督:ニキータ・ミハルコフ
出演:ジュリア・オーモンド、オレグ・メンシコフ、リチャード・ハリス
19世紀の帝政ロシア。
シベリアの森林開墾用機械の開発資金調達のため、モスクワにやってきたジェーン。
実力者ラドロフ将軍に取り入る為、士官学校を訪ねた彼女は、若き士官トルストイと出会って恋に落ちる。
しかしそれが将軍の逆鱗に触れ、2人の運命は大きく傾いてゆく。
ロシアの巨匠ニキータ・ミハルコフ監督が、国際的キャストと大規模なロケーションで綴る壮大なエピック・ドラマ。
実はミハルコフ作品、私は『太陽に灼かれて』しか観た事がないのですが、有名な『黒い瞳』ならご覧になられた方も多いかもしれません。
本作のタイトルは、クラシック音楽の好きな人ならピンと来る通り、
ロッシーニの歌劇『セビリアの理髪師』をもじったもの。
そのオペラの原作はモーツァルトの『フィガロの結婚』と共通なのですが、
実はこの映画でも、モーツァルトの音楽が重要な役割を果たします。
出演者の一人リチャード・ハリスは、
本作を「ロシア版デヴィッド・リーン(『アラビアのロレンス』『ドクトル・ジバゴ』の監督)」と形容していますが、
大作ロマンスという点で確かにリーン作品と似ていても、
映画のタッチはかなり違います。
特に、全編を覆う酩酊感、
常に何か駆り立てられているかのようなテンションの高さはデヴィッド・リーンにはないもので、
むしろ、大河ドラマ的なスケール感とは相反する落ち着きのなさをも感じます。
勿論、それがこの映画の魅力なのであって、正統派の歴史ロマン大作などとは一線を画す特質でもあるのです。
主人公2人が出会う列車の場面からして、
映画は早くもざわついた躁状態に突入します。
ほとんどコメディ映画を想起させるこのスピーディーなテンポと浮ついた気分は、
以後ほとんどの場面に底流し、
雪の積もる広場における大規模なドタバタ騒動に至って一つのピークを迎えます。
この場面、スペクタクルとしても相当なものですが、
なぜそうなるのかは全く分からないまま、
ただただ圧倒されるばかり。
つまりは感情の振幅が極端に大きいのですが、
これは確かに、昔からロシア人の性質として言われてきた事でもあります。
主人公がシベリアに送られる駅の場面など、まるで映画全体が激しくむせび泣いているかのようで、
巨大なまでの悲哀を描いて観客の胸に熱く迫ります。
各国でロケを敢行した壮大な映像美は圧巻。
冬と春の場面をモスクワで、
秋はシベリア、屋内セットはチェコのプラハ、
現在の場面はポルトガルと1年に渡るロケーションの他、
クレムリンの内部など、かつて撮影が許可されなかった場所にもキャメラが入りました。
軍隊行進の場面も規模が大きく、大変に見応えがあります。
アンドレイ・タルコフスキーの映画で知られる、エドゥアルド・アルテミエフの素晴らしい音楽は印象的。
『太陽に灼かれて』のオレグ・メンシコフがエネルギッシュな演技で好演していますが、
ハリウッドでは大当たりを取らなかったジュリア・オーモンドが、ここで独特の存在感を発揮。
あまり知られていないのが非常に残念で、
文芸大作風のパッケージに臆する事なく、
ぜひ鑑賞して欲しい、感動的な映画です。
また、ミハルコフ作品全体もなぜか脚光を浴びる機会が少なく、今こそ再評価を待望したい所。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。(見出しの写真はイメージで、映画本編の画像ではありません)