『ハドソン河のモスコー』 これ観てみ! 忘れられたマイナー映画たち 第10回
『ハドソン河のモスコー』 (1984年、アメリカ)
監督:ポール・マザースキー
出演:ロビン・ウィリアムズ、マリア・コンチータ・アロンゾ、他
本作は、DVD化されていないわけではないのですが、
復刻シネマライブラリーというオンデマンド受注のシリーズで入手できた時期があり、
その後は製造中止になったのか、もう注文ルートもないようなのです。
そもそも、復刻シネマライブラリーのサイト自体に、ネット購入する仕組みが見当たりません。
元俳優のポール・マザースキーは、
テーマが時代を先取りしていたり、作風が何となく地味なせいか、
日本では今一つ知名度が低い監督です。
一番のヒット作『ビバリーヒルズ・バム』ですら、広く知れ渡っているとは言い難い感じ。
『パラドールにかかる月』や『敵、ある愛の物語』、
やはり復刻シネマライブラリーのラインナップながらもはや入手不能の『テンペスト』、
TV作品『ウィリーとフィル/危険な関係』『ザ・ジャーナリスト』と、
未ソフト化、LD止まり、そもそも日本未公開など、
マザースキー作品の我が国における不遇ぶりは目に余るものがあります。
ハートフルな描写と機知に富んだ鋭いセリフで、コメディが得意な印象があるのが逆に災いしているのでしょうか。
しかし彼は映画の中で、いち早く夫婦交換を描いたデビュー作を皮切りに、
不倫、家庭の崩壊、老人問題と住宅事情、女性の自立、経済格差と、
常に深刻な社会問題を扱ってきました。
マザースキーの映画は、いつも現実の厳しさに満ちています。
さらに彼は人間の本質を直視し、その罪深い面に勇気を持って光を当てる。
そんな風だから、作品は当然暗くて重い、シビアな物になるはずです。
ところが、マザースキーの映画では、そうはならない。
生き生きとした登場人物、風刺やユーモア、軽妙なウィットは、
しばしば作品を、コメディの側へと引き寄せます。
マザースキーはそんな人間達を愛していて、登場人物に彼の温かい眼差しが降り注いでいるため、
映画はいつになく印象深い、爽やかな感動を伴った物となるのです。
家を立ち退かされた老人が飼い猫と大陸横断の旅に出る『ハリーとトント』は、
日本でも75年度の各種ベストワンを独占しましたし、私も大好きな映画ですが、
この企画の趣旨に合う作品でもう1作となると、
何といっても日本未公開の本作『ハドソン河のモスコー』です。
ロビン・ウィリアムズ扮する旧ソビエト連邦のサーカス団員は、
米国でのツアー興行中、衝動的に亡命してしまいます。
映画は、ソ連の人々の日常生活とアメリカのそれを、前半と後半で対照的に描写しますが、
ここで注目したいのは、アメリカの社会が必ずしも理想的とは描かれていない事。
実際、亡命した主人公は、移民が抱える様々な問題と直面します。
路上で強盗にあった彼は、「少なくともロシアじゃ善人と悪人の区別はついたぞ!」と憤り、
イタリア系移民女性との恋愛関係も、どうやら雲行きが怪しくなってくる。
しかしマザースキーは、共感を込めて辛抱強く彼らの姿を追い、
それこそが人間本来の性質であるとでもいうように、
作品は又ポジティヴな方へむかって行くのです。
彼は意表をついたどんでん返しなど用意しません。
むしろ、ごくささやかな出来事から、前向きに生きる方法を提示しようとする。
本来なら感動的なクライマックスとなるダイナーの場面を、
彼は何と穏やかに、優しく描いている事でしょう。
片やソ連の生活も不自由な物として、
確かに批判的に描かれてはいます。
しかし、配給を受ける為、雪の降る路上で長い列に並ぶ人々の姿、
そこに流れるしみじみと暖かいピアノの調べこそは、
正に小市民達に向けられた、マザースキー自身の視線なのです。
彼の作品は、類型的なハリウッド映画を見慣れた目には、
少し淡々としすぎているかもしれないし、
さりとてコアなファンを得るほど、アート・フィルム的でもない。
しかし、繊細な描写力は素晴らしいし、
内容の密度が格段に濃く、
そういう映画は、実はそう多くはありません。
彼の作品は、DVD化されて多くの人に観られるべきものばかりです。
当稿をお読みになってマザースキー作品にご興味を持たれた方は、
『ハリーとトント』
『結婚しない女』
『グリニッジ・ビレッジの青春』など、
すでにDVD化されている初期作品を是非お手に取ってみて下さい。
『ロッキー』で有名なビル・コンティが付けたリリカルな音楽、緻密な映像美など、
脚本や芝居以外の見どころも多く、
映画好きの皆様にはお薦めですよ。
最後までお読み下さり、ありがとうございました。
(見出しの写真はイメージで、映画本編の画像ではありません)