ユートー星人、地球グルメ調査の旅
山口 舞
2012年発行 ランチュウ作品集2より
① 地球に出発!
ユートー星は、地球から遠く離れたべつの銀河系にある星。地球にそっくりで、ユートー星人も、地球人とまるでそっくりな暮らしをしています。姿もそっくりですが、頭が体よりちょっとだけ大きくて色が黒いところは、しめじに似ていました。
さて、ユートー星は銀河系の中で最も豊かな星でした。ユートー星人はみんなグルメで、おいしいものばかり食べています。トップニュースはいつもおいしい食べものについての話題で、マスコミが追いかける大スターもコックさんです。
やがてみんなは、もっとおいしくて、もっと珍しいものが食べたくなりました。そこで、グルメ調査のために、研究員たちが新しい惑星に派遣されることになりました。ずっと遠くまで見える天体望遠鏡が開発され、ユートー星にそっくりな星「地球」が見つかったのです。
「地球人が暮らしている陸地を六つの地域に分け、それぞれの地域に二人一組ずつを派遣する」
このとき、もっとも面積の大きい地域の代表に選ばれたのが、若い研究員のプリプクリとその部下のドスクロリです。食いしん坊でやる気にあふれたこの二人なら、広い面積でも活躍できると期待されたのです。
研究員たちは、ユートー星の「魔法使い」のところに立ち寄りました。この「魔法使い」は化学薬品や情報機器を使いこなす天才科学者で、食糧調査に旅立つ惑星研究員たちに、現地人の姿に変わる薬を支給しているのです。
「地球人になる薬はこれじゃ! 効き目は一年。宇宙船にも忘れずに飲ませるように!」
「魔法使い」は二人の手に小さなびんを三つのせました。
「地球人を見分けるのはかんたんじゃ。われわれと同じように手が二本、足が二本。そして重要なのは、頭に毛が生えているという点じゃ。見つけたら六十秒以内に薬をぐいっと飲み干すのじゃ」
まっくらな宇宙空間では、六機のしめじ型宇宙船が、一路、地球を目指しています。
「せんぱい、もうすぐアンドロメダ星雲ですよ」
ドスクロリは『宇宙船の旅』というガイドブックを取り出し、ページをめくりました。カラー写真のきれいなこの本では、窓の外に見える絶景がいくつも紹介されています。絶景ポイントが近づくたびに、ドスクロリはカメラをかまえました。珍しい銀河の写真は、両親へのいいお土産になります。
さて、いよいよ太陽系に入り、地球まであと数分となったときです。プリプクリは、窓の外に見える月を、火星だと勘違いしました。
「火星だ。もうすぐ宇宙の旅もおわる。最後の夜を踊り明かそう!」
火星は前の日に通り過ぎていたのですが、プリプクリは眠っていたので見ていません。
プリプクリは音楽をかけました。
「あれ? 地図を見ると火星はとっくに過ぎているようですが」
ドスクロリは操縦席で銀河マップを広げました。
「でも今、火星の脇を通っているよ。さあ、踊ろう!」
何日もまっくらな宇宙の中を旅していると、日にちがわからなくなってしまいます。プリプクリは毎日ベッドから起きるとカレンダーに印をつけることにしていました。ところが、昼寝をしても印をつけていたので、カレンダーの「×」印はとっくに到着日を過ぎてしまい、プリプクリ自身、今日が何日なのかわからなくなっていました。でも部下のドスクロリに、「日にちがわからない」なんてとても言えません。
一方、ドスクロリは距離と速度で到着日を予測していました。この計算によると、間もなく到着することになっていますが、もしかしたら計算がまちがっているのかもしれません。自分よりも経験豊富なプリプクリが自信たっぷりに「明日だ」と言うなら、到着は明日なのでしょう。ドスクロリはこれ以上確認するのをやめて、操縦席から立ち上がりました。すでにプリプクリは楽しそうに腰を揺らして踊っています。
「そうだ、隊長にも最後の夜のお祝いを言おう!」
プリプクリは宇宙船に備え付けの電話から受話器を取り上げて、地球調査隊の隊長が乗っている宇宙船の番号を探し始めました。
「あっ! 目の前に青い星が見えます!」
ドスクロリは真っ青になって操縦席に飛び込みました。
「せんぱい! もうすぐ着陸ですよ。操縦席に座ってください!」
ドスクロリはあわててシートベルトを締めました。
「わあ、人工衛星の脇を通過中だ。せんぱい、早く操縦席に座ってください!」
ところが、音楽が大音量で響いているので、プリプクリにはドスクロリの声が聞こえません。
「あ、もしもし? こちらはプリプクリです!」
プリプクリは大声で話し始めました。
「せんぱい! もうすぐ大気圏です!」
「もしもし? ハロー?」
「せんぱい! 早く!!」
「とにかく最後の夜、おめでとうござ…」
「せんぱあい!!」
宇宙船がガクンと大きくかたむきました。プリプクリはしりもちをついて、受話器の巻いたコードが伸びきってしまうまで床をすべりおちました。ドスクロリはシートベルトのおかげで操縦席からはとばされずにすみましたが、ハンドルを何度も蹴っとばし、たくさんボタンがならんだ操作盤にも何度もぶつかりました。
「うわあああ!」
宇宙船はめちゃくちゃにかたむきながら、ものすごいスピードで地球に突き進んでいました。左右に転がり何度も壁にぶつかったプリプクリは気を失いました。なんとかしてハンドルをにぎろうとしていたドスクロリも、あまりのスピードで落ちていくのでついに気絶してしまいました。
どぶん!
宇宙船は海に沈んでいきました……
そのころ、地球の北側は春まっさかりでした。日本の海岸近くの海の底では、産卵の時期を迎えたアサリたちが集まって、出産祝いのお祭りをしていました。お祭りの屋台にはいろいろな地域の名産品も集まります。今年の目玉は毛ガニのコートでした。
「北の海から届いたこのコート、おしゃれねえ。今の時期にこれ一枚はおれば、暖かくてすてき」
「ホント! 鮭革のジャケットはもう古いわよ。今年はだんぜん毛皮よ!」
でも値札をめくると、ずいぶんたくさんの数字がならんでいます。二人の女性はため息をついてコートから手を放すと、食品コーナーに向かいました。
「ちぇっ。みんな手にとるくせにちっとも買ってくれない」
コート屋のアサリは、ぺちゃんこの集金袋をながめました。今日がお祭りの最終日。今日売れないと、北の海に帰るお金もありません。
「しょうがない。小物でかせぐしかないや」
そうつぶやくと、店のうしろに隠しておいた帽子を取り出して店先にならべました。
「毛ガニの帽子は二個で二千円! 一つだと千円だよ!」
「あたりまえ!」
店の前を歩きながら、子どものアサリが口をはさみました。
「じゃあ、百個でおいくら?」
お金持ちそうな貴婦人が店先に現れました。
「えーと、えーと、ちょっとお待ちください」
計算の苦手な店主がそろばんをとりに行こうとすると、貴婦人はイライラした様子で顔をしかめ、早口でまくしたてました。
「一万円よ。暗算もできないんですの? わたくし、とても急いでいるので早くしてくれないかしら。気が変わるかもしれなくてよ」
「はい、一万円いただきます!」
計算の苦手なコート屋のアサリは、せっかくのお客を逃すまいと、貴婦人の暗算を信じることにしましたが、正解は十万円でした。お祭りの一週間、売り上げがゼロだったコート屋のアサリは、急に大金を手にできるチャンスに興奮して、急いで商品とお金を交換してしまったのです。
一方、九万円の得をした貴婦人のアサリは、急いでお店を立ち去り、さっそく出産を終えたばかりの百人の娘たちに毛ガニの帽子をプレゼントしてまわりました。娘たちは大喜びで流行のおしゃれな帽子をかぶり、それぞれのうちに帰って行きました。
娘たちがみんなそろって岩山の坂道をのぼり始めたころ、突然空が曇ったかと思ったら、なにか大きなものが落ちてきます。
「きゃああ!」
大きなしめじの形をした鉄のかたまりが、岩山の坂道を削りながら転がり、平地の砂を巻き上げてドスン!と止まりました。
そのわきで、貝殻を固く閉じたアサリの娘たちもじっとしています。
娘たちが貝殻をうすく開いて外の様子をのぞいてみると、見たこともない姿をした人影がうごくのが見えました。
「あーあ、電気がショートしちゃいましたねえ。これじゃあ、修理しないとユートー星に帰れませんよ」
宇宙服を着たドスクロリは、宇宙船を外側から調べながらプリプクリに向かって叫びました。宇宙船の壁はめくれて、中の機械がチカチカと光っています。
「あーあ、やってしまった! パソコンも電話も動かない!」
中でパソコンをいじっていたプリプクリは、やけくそな気持ちで机をドン!とたたきました。
「これじゃ、ほかの宇宙船に応援を頼むこともできないや。宇宙船の修理にとりかかるためにも早く地球人の姿にならなくちゃ!」
プリプクリも宇宙船の外に出ました。
「わあ、初めての異星だ! でもずいぶん景色が想像とちがうんだな。もっとユートー星に似ているのかと思った」
「わたしもそう思いました。なんだか景色がゆらゆらして、日差しも弱いですね」
二人は周囲を見回しました。すると、アサリの貝殻が動くのが目に入り、中からこちらの様子をうかがっているアサリの娘たちに気がつきました。
「あ、あそこ!」
ドスクロリが指さすと、プリプクリはうなずきました。
「地球人だな!」
アサリの娘たちは頭に毛ガニの帽子をかぶっていました。
「ちょっと待ってください。……小さくないですか?」
ユートー星人は地球人と同じ大きさでしたから、アサリが小さく見えるのです。
「まったくきみは! 遠くにいるから小さいんだよ。きみは遠近法を習ってないのかい?」
プリプクリは自信たっぷりに答えました。
「じゃあ、二本の手はどこですか?」
アサリの殻から長く伸びた二つの入水管と出水管は、二本の足に見えました。
「あの奇妙な服の中に隠しているんだよ。一部分にだけ毛が生えているし、あんなに大勢いるんだから間違いない。あれが地球人だ! さ、早く薬を飲もう!」
「だめです。確かめましょう、あの服の中を!」
「ひゃあ! きみはエッチだねえ。服の中をのぞきたいだなんて!」
プリプクリはドスクロリをからかうと、急ぎ足で宇宙船の中に向かいました。一人でアサリの娘に近づこうとしたドスクロリも、知らない場所に取り残されるのがこわくなって、あわててプリプクリを追いかけました。
「魔法使い」がくれた薬は、入口の棚に入れてありました。地球人に出会った直後に飲むことになっています。
「いち、にの、さん! で飲み干そう」
「わかりました。せんぱいを信じます!」
二人は小びんをかまえました。
「いち、にの、さん!」
虹色の液体がプリプクリとドスクロリの体の中に流れ込むと、しめじ型の体は波打ち、体中から蒸気がシューシューと音を立てて出はじめました。
「わ、わ、わあ!」
宇宙船は、モクモクと湧き出た白い蒸気に隠れてしまいました。
「くすぐったあい!」
やがて静かになって世界が彩りを取り戻すと、アサリの白いつるりとした体が二つ現れました。足元には「奇妙な服」と呼ばれた貝殻が開いています。
ドスクロリは両手――と思われるもの――を頭――と思われる場所――に当てて驚きました。
「せんぱい! 頭に毛がありません!」
プリプクリも頭に手を当てました。
「ほんとだ!」
プリプクリはとつぜん、自分がはだかでいるみたいな気がして、無意識に貝殻を閉じました。
「この鎧のような服しかないのかな」
プリプクリたちは貝殻を脱ぎ着できるので、貝殻を洋服だと思い込みました。
「あ、毛の玉が転がってる!」
ドスクロリは、アサリ娘の一人が落としていった帽子を拾い上げてしげしげと眺めました。
「そうか、地球人はみんな毛の帽子をかぶっているんだ!」
ドスクロリが持ち上げた帽子を見て、プリプクリはひざ―と思われる場所―をたたきました。
「でも魔法使いは頭に毛があるって言いましたよ」
「遠いユートー星から望遠鏡で見ただけなんだ。それが帽子なのか、生えている毛なのかなんて、天文学者たちにだってわかんないよ!」
ドスクロリはそれを聞いて安心しました。
二人はさっそく宇宙開発局長に無事を知らせる信号を送りました。
② イカの指圧院
地球に来て一週間が経ちました。
貝殻が重いせいか、あるいはユートー星と地球では重力がちがうのか、二人は早くも肩が凝ってしまいました。
「せんぱい、岩山の向こう側に、『指圧院』と書いた看板がありましたよ。試しに行ってみましょうよ」
一週間のうち、一日は休日と決めていたプリプクリは、さっそくドスクロリをともなって出かけました。
二人は重い帷子(かたびら)のようなアサリの殻をひきずり、丸くつるりとした体を左右にねじって前に進みながら、岩山の向こう側を目指しました。
「ほら、あれですよ」
ドスクロリが指さす先を見ると、赤くて丸い建物と、白くて三角形の建物がならんで建っています。どちらにも「指圧院」と書かれた看板がかけられていました。
「赤いほうはタコ、白いほうはイカが経営していて、タコのほうが繁盛しているようです」
抜かりのないドスクロリは、調査結果を得意気に報告しました。
「へえ、二つ並んでいるのにタコばかり繁盛するのはどうしてだろうね」
プリプクリが白いほうの建物に目をやると、壁に大きく墨で「イカサマ」といたずら書きされているのが見えました。
「あんなところに落書きがあるぞ」
「そうなんですよ。だからお客が入らないのでしょう」
入口で二人が立ち止まっていると、赤くて丸い建物からタコの口がにゅうっと伸びてきました。
「あっちはイカサマだから、イカないほうがいいんじゃなイカ?」
そう聞こえたかと思うと、赤い腕が一本伸びてきて、ドスクロリの体に巻きつき、サッと建物の中に引き入れてしまいました。
「あ、ドスクロリ!」
プリプクリがあわてて追いかけようとすると、白い建物の入り口で銀色の目玉が光りました。
「そっちは、ちゅうちゅうタコのチュ~とはんぱな痛い指圧でタコだらけにされるっちゅうねん!」
プリプクリが声のするほうを見ると、白い建物の入り口で、白いイカが「おいで、おいで」と手まねきしています。
プリプクリがイカのほうに歩み寄ると、ちょうどとなりの建物から赤い腕がプリプクリに巻きつこうと伸びてきました。イカはさっと腕を引いて、プリプクリを白い部屋の中に引き入れると、ドアをバタンと勢いよく締めました。
「まったく!」
イカはぷりぷりと腹を立てていました。
「あのタコおやじを営業妨害で訴えてやる!」
勢いよく床を踏みしめて歩くイカは、うっすらとピンク色に変わっていきました。
「いつも《汚らしい手》でお客さんを奪うんですよ! お客さんに店を選ぶ権利も与えない!」
「壁の落書きはとなりのタコの仕業ですか?」
「壁の落書きって?」
イカは突然立ち止まって振り返ると、大きな銀色の目玉でプリプクリをじっと見つめました。
「壁に大きく『イカサマ』と書かれているでしょう?」
それを聞いたイカは大急ぎで表に飛び出して、こんどは真っ赤になって戻ってきました。
「本当だ! まったく許せん!」
「でも、誰の仕業かわかりませんよ」
「タコ野郎に決まってるじゃないか!」
イカがくやしがって力いっぱい足を踏み鳴らすと、十本の足が、ドラムのように軽快なリズムで床を叩く音が響きました。
とつぜん、イカはハッと立ち止まりました。
「これは大変失礼いたしました! いきなり愚痴を聞かせるなんて……。さあ、こちらのベッドに横になって。全身をもみほぐしますよ!」
サンゴ色に光るベッドには、ウミシダで編んだシーツがかけられていました。プリプクリはそこに横たわると、すべすべしたシーツの感触を楽しみながら、部屋を見回してみました。
広い部屋にはベッドが十台。そのうちの一台にプリプクリが寝ていて、ほかの九台はガラ空きです。
イカは張り切って腕の二本に墨を吐くと、両腕をこすりあわせて伸ばし、プリプクリの体に塗り始めました。
「ぎゃはははは、くすぐったあい!」
にゅるんとした冷たい腕でプリプクリの体をもみほぐしている間中、プリプクリはくすぐったがって笑い続けました。
イカの細くてやわらかい腕にはあまり力が込められていなくて、プリプクリは毛先でくすぐられている感覚でした。
「体は楽になりましたか?」
呼吸を整えると、肩こりは解消していました。イカの指圧というより、体を激しくよじったり曲げたりしたせいで、すっかりほぐれたようです。
「つぎは、吸い玉療法ですよ。ツボの上に腕の吸盤をくっつけて、吸い上げますね」
寝そべっているプリプクリの背中―と思われる場所―に、イカが腕の吸盤をぴったりくっつけていきました。キュウッと皮膚が引っ張られる感じがします。
そして突然勢いよく、イカは「ポンッポンッスッポンポンッ!」と腕を背中からはがしました。
「わ、わ、わ!」
皮膚といっしょに筋肉や血液も引っ張られて背中に心地よい刺激が走り、プリプクリは爽快な気分でベッドに起き上がりました。
「ああ、気持ちよかった」
「今、ジュースをお持ちしますね」
お盆に黒いイカスミ・ジュースを載せて現れたイカは、さっきピンク色になって怒っていた同じイカとは思えないほど、しょんぼりと沈んだ青白い顔をしていました。
一方、ドスクロリは大混雑した一台の大きなベッドに細くなって横たわり、となりのウニといっしょにもまれていました。ときどきウニのトゲがチクチクと脇腹を突っつくので、そのたびに飛び上がってタコに文句を言いましたが、タコは平然と、
「タダで鍼治療までやってると思えばおトクでしょ!」
と言って相手にしてくれません。タコは忙しそうにベッドの上を歩き回り、八本の腕と脚でみんなの体をもみほぐしていました。ドスクロリの体は、ときどき「ムギュッ」と押されたり踏んづけられたり、吸盤で吸い上げられたりして、まるでベッドの上でこねられているパン生地のようでした。
むちゃくちゃにもまれたせいで、肩の筋肉はやわらかくなったものの、いつ踏まれるかわからない緊張とウニのトゲのせいで、クタクタに疲れてしまいました。
お金を払ってお店から出ると、外ではプリプクリとイカが壁を必死でこすっているところでした。
「落書きを消してるんですか? ぼくも手伝います!」
壁に大きく書かれた「イカサマ」という墨文字は、海綿でいくらこすっても落ちませんでした。
「あーあ、ぜんぜん消えない。上から白いペンキを塗るしかない」
イカが肩を落としました。
「それなら建物全体に塗らないと、ここだけ色が違ってしまうよ」
プリプクリはあきらめずにこすり続けました。
「それならせんぱい、『サマ』を二重線で消して、上に漢字の『様』を書いたらどうですか? この店を経営しているのは『イカ様』です、というわけです」
ドスクロリは自分のアイデアに満足して、にんまり笑いました。
「なるほど、文字を書き加えるのか。それなら、『イカのサマー企画』に書き換えて、夏だけのキャンペーン企画をここに宣伝してもいいねえ!」
「宣伝ですか!」
イカは銀色の目玉をキラリと光らせました。
「それはいいアイデアですねえ!」
さっそく三人は、「イカ」と「サマ」の間に小さく「の」を書き込み、「サマ」のあとに文字を続けました。
イカのサマー企画
ひんやりマッサージ十分間無料!
絶品イカスミ・ジュースをサービス!
三角形の建物の白い壁は、セピア色の大きな文字が躍っています。この出来栄えに、イカは喜びました。
「これでタコおやじの裏をかいてやった! 明日からお客さんがたくさん来て忙しいぞ!」
ところが、翌日もイカの指圧院はガラガラでした。
今朝は、タコの赤い建物にも、墨で書かれた大きな文字が躍っています。
先着おひとり様無料!
開店したばかりで、まだお客さんはいないようです。プリプクリとドスクロリが入って行くと、奥からタコがニコニコしながら出てきました。
「本日二人目のお客様、いらっしゃい!」
「ほかにお客さんは見えないけど……」
「今日はとくべつに一時間早く開店したので、もうお帰りになったのです」
プリプクリとドスクロリは顔を見合わせて、ため息をつきました。
「ぼくたちはお客じゃないんですよ。お話があって来たのです」
プリプクリが、壁のいたずら書きや、タコにお客を奪われているイカの事情を話すと、タコは唇をニュウッととんがらせました。
「こちらだって商売ですから、お客さんにたくさん来てもらいたいのは同じでしょ! 奪われるのが悔しいなら、自分も奪えばいいじゃないですか!」
「でもイカの腕は細くて力がないから、力ずくでは奪えないんですよ」
「じゃあ、なにか知恵をしぼったらいいでしょう!」
タコは真っ赤になって怒りました。プリプクリはタコの幼稚な態度にむっとしました。
「じゃあ、ぼくたちもあんたのお客を力ずくで横取りしてもいいんだな!」
タコは急に元気をなくしました。パンパンにふくらんだ風船のようだった頭をしぼませて、腕で目のあたりをこすっています。
「みんなイカの味方で、ぼくは一人ぼっち」
タコが話すには、指圧院協同組合はイカを優遇しているのだそうです。
「規定で、お客一人の料金が一律百円に決められているんです。一本の脚で一人のお客さんを相手にするとするでしょう。すると八本脚のわたしが八百円稼ぐ間に、十本脚のイカは千円稼いでるんですよ! イカのほうが最初から時給が二百円も高いのはずるいからじゃまをするんだ」
タコは目に涙を浮かべて口をとんがらせました。
「でも、イカは一本の脚が短いし、弱々しくて、あなたみたいに一本で一人のお客さんをもみほぐすことはできない。一人のお客さんに二、三本の脚を使っています。だから、単純に脚の数で時給を決めることはできないと思いますよ」
冷静なドスクロリの判断は、興奮している二人の頭の中には届いていません。プリプクリはすっかりタコに同情して、ドスクロリの話をぜんぜん聞いていませんでした。
「それはひどい! 協同組合に文句を言いに行こう!」
ドスクロリが止めるのも聞かずに、プリプクリとタコは協同組合に乗り込んでいきました。
タコの案内で事務局に着いてみると、クラゲの受付嬢が応対してくれました。
「どういったご用件でしょう?」
「一律料金についてですが、イカとタコは脚の数がちがうのに、お客さん一人が同じ料金なのはタコがかわいそうでしょう!」
プリプクリがタコを指し示すと、受付のクラゲは書類をしらべました。
「えーと、指圧院協同組合に登録しているのは…イカ、イカ、エビ、イカ、クラゲ、クラゲ、イカ、イカ、エビ、イカ……」
受付嬢はファイルの文字を細い腕でなぞりながら読み上げます。
「えーと、ファイルを見る限りタコは一人だけですね。そういう訴えがあったことをこんどの会議で発表しましょう。あなたの訴えが通れば、料金改定が行われるはずです。安心してください」
受付嬢は、書類から目を上げてにっこり微笑みました。
「会議はいつありますか」
プリプクリが身を乗り出しました。
「そうですね、つぎの会議は半年後です」
「半年後! 会議に通れば、料金改定はすぐに行われるんでしょうねえ?」
「はい、三年以内には変わるでしょう」
「三年!」
タコがうしろで頭を抱えました。
「そうですね、一度で会議を通るとは限らないので、もっとかかるかもしれませんね。なにしろそんな訴えは珍しいので……」
「誠意がない!」
タコは紫色になって地団太を踏みました。
力強いタコの地団太はドラムのように鳴り響いたので、クラゲの受付嬢はびっくりして悲鳴を上げました。
すると、騒ぎを聞きつけたイカの事務局長と事務員がやってきて、興奮するタコを無理やり外に押し出しました。二人はドアでプリプクリを外に押しやりながら、「バタン」と閉じると、「ガチャリ」と鍵をかけました。
後日、プリプクリとドスクロリが仲介して、イカとタコの話し合いが行われました。
イカは話を聞くと、興奮して立ち上がりました。
「いやですよ、いじわるなタコといっしょに働くなんて!」
「でもあなたのお店にはお客が入るし、タコもその分もっとお客さんを呼べるから、おたがいにラクになるんですよ。稼いだお金は半分こ!」
イカがタコを見ると、タコは心配そうにイカを見返してうなずきました。タコは本当はずっとイカと仲よくしたかったのです。
イカとタコは、プリプクリとドスクロリにうながされて、契約書にサインしました。
「おめでとう!」
ドスクロリは準備していたくす玉を割りました。
二人がぎこちなく八本ずつ握手をしている間、ドスクロリはプリプクリの耳につぶやきました。
「ウニと同じベッドでもまれるなんて、ぼくは二度といやですよ」
帰宅後、ドスクロリは報告の信号を送りました。
③ 不機嫌なヒトデ
プリプクリたちは、だいぶ海の暮らしに慣れてきました。
今日は指圧院新装開店の内祝いでイカとタコから「プランクトン」の干物をたくさん贈られたので、その干物を焼いたものと、炊き立ての「泡」、「ケイソウ」サラダが今夜のメニューです。
メインディッシュとして食卓にのぼる「プランクトン」は、ユートー星で「魚」と呼ばれているものに似ていて、いろんな種類があります。今日の干物は「ヤコウチュウ」という種類でしたが、プリプクリは、カニに似た味の「オキアミ」に衣をつけて揚げたオキアミ・フライがお気に入りでした。
「地球は豊かだねえ! こんなにごちそうがならぶなんて。ぼく、太ってきちゃった」
プリプクリは、ぷっくりとふくらんだおなかをさすりました。
「珍しい食材ばかり! ユートー星は地球に似ていると聞いていましたが、ぜんぜん違いましたね。こんなに豊かな食材があるなら、ユートー星中の舌も胃袋も満足しますよ」
ドスクロリは毎晩食事を撮影していました。本当ならサーバー上にすぐにアップして、ユートー星に報告するところですが、あいにく宇宙船の故障はまだ直っていません。そこで二人は、週に一度だけ、銀河系ネットを使って部長に近況を報告することにしていました。
「つぎの報告は明日ですね。今回はたくさん紹介できる食材がありますね」
ドスクロリは手帳をめくりました。
銀河系ネットはモールス信号のようなもので、「トン」という短い音と「ツー」という長い音を組み合わせて文章を作ります。遠いユートー星までこの信号を送るには、大きな惑星にいくつも反射させるので、星の運航を確認しなければなりません。この複雑な計算は、ドスクロリに任されていました。
「早く宇宙船が直ると、パソコンで連絡できるんですがねえ!」
宇宙船の修理にはもう少し時間がかかりそうです。
さてそのころ、アサリやカキたちの間では、「おそろしい生き物が近くにいる」というニュースでもちきりでした。毎日だれかがその「おそろしい生き物」におそわれているといううわさです。アサリの子どもたちは家から出ないようにと、学校は休校になりました。大人はみんな、砂の中を移動して仕事や買い物に出かけていました。
「今日はやけに通りが静かですねえ。みんないなくなっちゃったみたい」
窓の外を眺めていたドスクロリは、通りに人影が見えないのをへんに思いました。アサリやカキの知り合いがいないので、怪物のうわさを知らないのです。
「今日はお正月かお盆なんじゃない?」
プリプクリは食糧調査に出かける準備を始めました。貝殻の服を着て、カメラと袋と手帳を持てば準備オーケー。
「人が少ないなら、今日はちょっと遠くまで行ってみようよ。さあ、早く支度して」
ドスクロリもあわてて出かける準備を整えました。
晴れて気持ちのいい朝でした。プリプクリは空を見上げて深呼吸しました。
「この星の太陽は、まるで水の中にあるみたいにいつもゆれているねえ」
二人は、好きな料理について話しながら、ワカメの森を抜けていきました。
ちょうどサンゴの林に差しかかったころ、プリプクリの足になにかがぶつかりました。
見ると、砂の中を大急ぎで進むアサリです。アサリはひどくおどろいた表情でプリプクリを見上げました。
「こんにちは」
プリプクリは砂の中にもぐれるほど深々と頭を下げてあいさつしました。相手に失礼のないように、頭の位置をできるだけ低くしようと思ったのです。
ところが、ぶつかったアサリはそのまま大急ぎでどこかに行ってしまい、プリプクリは、あんまり深くおじぎをしたせいで、貝殻の服から体がつるんと抜け出し、砂の地面に転がり出てしまいました。
「せんぱい!」
ドスクロリはあわててプリプクリに駆け寄りました。
すると、ドスクロリが助け起こすより一瞬早く、
「ラッキー」
という声が聞こえて、プリプクリがだれかにつまみあげられてしまいました。
「なにするんだ!」
プリプクリが体をよじってつまみあげた正体を見ようとすると、声の主はびっくりしてプリプクリを落としてしまいました。
「生きてる!」
ドスクロリはプリプクリを助け起こすと、声の主を見上げました。
声の主は、星の形をしたオレンジ色の生きものでした。二つの突起で立ち、べつの二つの突起で残りの突起を押さえていました。
プリプクリは殻の服を引き寄せて、楯のように自分の前に突き立てました。
「だれ?」
プリプクリは険しい口調で問いかけました。
「ヤドカリかな?」
オレンジ色の星型生物は返事をせず、身をかがめてプリプクリをよく見ようとしました。
「えいっ!」
ドスクロリがオレンジ色の肌に体当たりしました。またプリプクリがつまみあげられると勘違いしたのです。
「いったあい! なにすんのよう!」
オレンジ色はしりもちをつきました。
「それはこっちのセリフだ! あいさつもせずに失礼じゃないか!」
プリプクリが答えました。
「あいさつ? 食べものにフツーあいさつなんかしないでしょ」
「しない。机やイスにもあいさつしないねえ」
「なら、いいでしょ!」
オンレジ色はプイッと顔をそむけました。その態度にプリプクリはむっとしました。
「困ったやつだなあ! 人とものをいっしょにするなんて!」
オレンジ色とプリプクリはしばらくにらみあいました。
「ぼくたちは最近、ここへ越して来たんですが、お嬢さんは初めてお会いしますね。この近くにお住まいではないんですか?」
ドスクロリがとりなすように声をかけると、オレンジ色は興味深そうにドスクロリに向き直りました。
「あたしはナッシー。ここでは『ヒトデナシ』を略して『ヒトデ』と呼ばれているけど。あんたたちはあたしがこわくないの?」
「どうして?」
「あんたたちの仲間を食べちゃうからよ」
それを聞くと、プリプクリは殻を放り出して、大急ぎで逃げ出しました。
「人食いだ!」
「待ってください、せんぱい!」
ドスクロリはプリプクリをつかまえて、落ち着かせようとしました。
「はなせ! 早く逃げよう! 地球にそんな怪物がいるなんてだれも教えてくれなかった! ちぇっ、こんな危険な星へ部下をやるなんて!」
ドスクロリはプリプクリが逃げるのを必死で押さえて耳打ちしました。
「見てください! 足元に小さなイソギンチャクがいるでしょう。これから食べる気ですよ。助けてあげなければ!」
ドスクロリはヒトデに向き直り、落ち着いて自己紹介しました。
「信じていただけないかもしれませんが、わたしたち、遠い星から来たんですよ。特別な薬を飲んで、変身したのです。宇宙人だから食べてもおいしくないですよ」
「うそつき!」
ヒトデのナッシーはそう言いながらも、ドスクロリの言葉を半分信じていました。だって、プリプクリは殻から転げ落ちても生きていますからね!
「じゃあ、宇宙船を見せてよ」
「いいですよ」
ドスクロリの「ぼくに任せてください」というウインクを信じて、プリプクリもだまってついていくことにしました。
しめじ型の宇宙船は、プリプクリたちが変身するときにいっしょに蒸気に包まれ、姿を変えていました。地球の景色になじむためと、地球人の姿で生活しやすくするためです。外見やサイズは変わっていましたが、中は、プリプクリたちが乗ってきた宇宙船のインテリアそのままでした。
ナッシーはイソギンチャクを抱いて宇宙船の中に入ると、しばらく歩き回りました。奇妙な文字がならんだ本や、寝室の壁にたくさん飾ってあるユートー星でのプリプクリたちの写真を見て、信じたようです。
「ふうん、宇宙船か。いいなあ……」
三人とイソギンチャクは、食卓用テーブルを囲んでいました。ドスクロリがユートー星から持ってきた「非常用の」牛乳茶をすすめると、ナッシーは白い液体をあやしみました。
「なに、これ? まずそう!」
「おいしいから、飲んでみて」
ドスクロリが先に飲んで見せました。
「あたし、いらない」
ナッシーはコップを奥へ押しやりました。
「のどがかわいてるんだろう?」
「べつに。のどかわいてないもん」
ナッシーはふてくされています。
じつはこのお茶、飲むとイライラが消える化学飲料でした。二人きりで長期調査に臨む調査隊員のために、「魔法使い」が特別に調合したものです。ずっと二人でいると、喧嘩してしまうこともあるでしょう。そのときにお互いに意地を張っていると、調査が進まないばかりか、慣れない異星では命の危険があります。そこで、このお茶を飲んで手っ取り早く反省して、仲直りしようというのです。それにこのお茶は、正体のわからない異星人に飲ませると、落ち着いて話ができました。
「飲まないのなら……」
プリプクリが、ナッシーにすすめた牛乳茶を飲もうとコップに手を伸ばすと、のどがかわいていたナッシーがさっとコップを持ち上げました。
「グッグッグッ…はあ、香ばしくておいしい!」
牛乳茶を飲み干したナッシーは、おいしさに顔を輝かせています。
「おかわり!」
ドスクロリがお茶を注ぐと、ナッシーはおいしそうにお茶をすすりながらしょんぼりと身の上話を始めました。
「あたしは空から落ちた星なの。勉強もせず、運動もせず、ずーっと家でテレビを見ながら満月チップスを食べていたら、あるとき床が抜けて落っこちちゃったの。体重が増えすぎたのよ。気が付いたらこの村にいたんだけど、おなかがすくと住人たちを食べちゃうから、みんなから嫌われているの」
ナッシーはまたひと口お茶を飲みました。
「嫌われているのは、態度が悪いからだよ!」
ナッシーはドスクロリの言葉を無視しました。
「さびしいからイソギンチャクをペットに飼うことにしたんだけど、世話がめんどうで、散歩に連れて行かないしエサもたべさせないから、だんだんやせてきたし、あたしを見ると逃げていくの」
そう言って、ひざの上のイソギンチャクを持ち上げました。
「そりゃ、イソギンチャクがかわいそうだよ!」
プリプクリも口をはさみました。
「そうだけど、たまにエサを準備しても食べてくれないんだもの」
「どんなエサ?」
「わたしの食べ残し。貝殻とか砂とか……」
「そんなのエサじゃないよ!」
プリプクリはあきれました。ナッシーは聞いていないのか、さらにつぶやきます。
「毎晩、空をながめると、同級生や親せきたちがピカピカ光って楽しそうに空を飛んでいるのが見えるわ。なのに自分はみんなに嫌われているし、空も飛べないし、ピカピカ光ってもいない。ペットにまで嫌われて……」
ここまで言うと、ナッシーはテーブルにつっぷして泣き始めました。
「こんなことになるなら、もっとパパとママの言うことを聞いとけばよかった」
ドスクロリはだまってナッシーの話を聞いていましたが、じつは半信半疑で、内心ではこう思っていました。
「空から落ちたなんて作り話。ぼくたちの同情を引いて、油断したところを食べる気なんだろう……」
ところが、プリプクリは笑いながらナッシーをからかいました。
「どうせ家に戻ったって、パパとママの言うことなんか、聞かないくせにい!」
プリプクリがナッシーをつっつくと、ナッシーはすっかりリラックスした様子で反論しました。
「そんなことないもん! 帰ることさえできたら、ちゃんと学校にも行くし、勉強もするし、運動だってするもん!」
「それなら、ぼくたちがユートー星に帰るときに送って行ってあげるよ」
プリプクリがこともなげに提案するので、ドスクロリはびっくりしました。
「なんだって?」
「ホント?」
ナッシーも顔を上げます。
「ただし、ダイエットするんだよ。ぼくたちが帰るまでに、今の半分の体重に落としてくれなくちゃ困るからね」
「それは無理ね。だって、おなかがすくんだもの」
「じゃあ、この宇宙船で暮らしたら? ぼくたちが料理するものはカロリーひかえめだよ」
ドスクロリはびっくりしました。あわててプリプクリに耳打ちします。
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ怪物容疑が晴れたわけじゃないんですよ! 『おなかすいた』といって食べられるかもしれないのに!」
プリプクリはドスクロリの忠告には耳を貸しません。
「だあいじょうぶだよ。ぼくたちを食べちゃったらナッシーは空に帰れなくなるじゃないか」
「空から落ちたという話自体がウソだったらどうするんですか!」
ドスクロリは必死で訴えました。
「そのときはそのときだよ。一人ぼっちであんなにしょんぼりしている人をほっとけないじゃないか! ペットのイソギンチャクもこのままでは死んじゃう。にぎやかになってきっと楽しいよ」
ドスクロリはこれ以上プリプクリになにも言い返せませんでした。けれども、自分だけは用心して暮らそうと心に誓って、ユートー星にこんな報告をしました。
④ オイスタ夫人の心配
海の底の住人たちには、あこがれの女性がいました。カキのオイスタ夫人です。「夫人」と呼ばれていますが、その正体はなぞです。年齢も「非公開」。落ち着いた雰囲気やことばづかい、生活の知恵をたくさん知っているところは五十代のようにも見えますが、好奇心旺盛でエネルギッシュ、行動力があるところは二十代のようでもあります。長く外国で暮らした経験があるようで、その洗練された物腰や趣味、美しい外見は、男女を問わずあこがれの的でした。
さて、このオイスタ夫人から、プリプクリたちは招待状を受け取りました。真珠のような光沢のある虹色の封筒に、虹色のカードが入っていました。
「プリプクリ様
ドスクロリ様
今晩七時より、ディナーへどうぞ。
楽しみにお待ち申し上げます。
オイスタ」
「すごいぞ、今晩はディナーだ!」
プリプクリははしゃぎました。よそのおうちに招かれると、見たことのない食材や新しい料理に出会えて、調査がはかどります。
「しかも、イカとタコがいつもうわさしているオイスタ夫人からの招待状だぞ!」
「岩山の北側ですね」
ドスクロリは封筒の住所を確かめました。
「でも、どうしてぼくたちのところに招待状が届いたのでしょうか? オイスタ夫人と食事をしたい人はいっぱいいるのに」
「ぼくたちの美しい姿を見かけて興味を持ったんじゃない?」
プリプクリは、冗談を言いました。
「じゃあ、ナッシーとイソギンチャクの食事は作り置きしとかなくちゃいけませんね」
「今日はどっちが当番だったかな?」
二人は毎日交代で食事当番を担当していました。
「ぼくです。プランクトンのひき肉を菌糸で巻いて揚げたものをメインディッシュにして、『ぎょらん』でだし巻き卵を作りますよ。サラダは藻を摘んできます。あとは、そうそう、泡を炊いとかなくちゃ」
ドスクロリは食材ストック箱をのぞきながらメニューを考えました。
「ひき肉の菌糸巻き揚げ、おいしいよねえ。少し多めに作って冷凍しといてよ」
プリプクリは揚げ物が大好きでした。
さて、六時を過ぎたので、プリプクリとドスクロリはお風呂に入って身支度を整えました。貝殻の服には念入りにブラシをかけて、ホコリを落としました。首―と思われる場所―には、通りで拾ったサンゴの枝を、蝶結び型に削って磨いたアクセサリーをくっつけました。サンゴはぽっちゃりした肉の間にかんたんにはさめました。いよいよ出発です。
二人は少し遠回りをして、カビの花がたくさん咲いている丘で花を摘みました。オイスタ夫人は、プリプクリたちから見ると、とても大柄な女性だったので、二人でやっと抱えられるほど大きな花束を作りました。
「お待ちしておりました」
玄関のとびらを開いたのは、執事風の格好をしたタツノオトシゴです。そのうしろにはホタルイカたちが行儀よくならんで、長い廊下を照らしていました。
二人が案内されたのは、とても広い食堂でした。正面の壁には大きな暖炉があって、その上には彫刻の額に入った鏡がかけられていました。床にはフカフカのじゅうたんが敷き詰められ、中央には白い石でできたダイニングテーブルが置かれています。その上では色とりどりの小さなクラゲたちが輪になって踊っていて、シャンデリアのように明るく光っていました。
「ようこそおいでくださいました」
奥からオイスタ夫人が現れました。たっぷりとひだをとったカキ殻のドレスに、真珠のネックレスを何連も首にかけています。カキ殻のドレスにはスリットが入っていて、歩いたときにちらりと見える内側は、真珠色にキラキラ光りました。
プリプクリとドスクロリは花束を渡してあいさつをすませると、勧められるまま席につきました。
「さあ、今日はたくさんおいしいお料理をご用意したので、ゆっくりしていってくださいね」
厨房からお盆を持ったエビたちが現れ、それぞれの前に料理を並べていきました。
岩海苔のフライ、岩粉のパン、苔のドリア……見たこともない料理の数々にプリプクリは目を見張りました。ドスクロリはオイスタ夫人に許可を取って、さっそくすべての皿を撮影しました。
「岩粉のパンなんて、火を通すのが大変でしょう? 失礼ですが、火力はどうされているのですか?」
プリプクリは興味をかくせず、質問しました。いつも料理のための火力に苦労していたからです。宇宙船がこわれてガスも電気も使えないので、朝と昼は火を通さなくても食べられるものと決めていましたが、夜だけは温かいものが食べたいと思い、昼間に大きな虫めがねで太陽光を集めて、特別な装置に熱を貯めていました。これに時間がかかって大変だったのです。
「うちの厨房はオール電化ですの。電気ウナギが専属でおりますのよ」
「電気ウナギ!」
プリプクリとドスクロリの声が重なりました。
「電気ウナギを雇うには、どうすればいいですか?」
「料金はいくらでしょうか」
プリプクリとドスクロリは、立て続けに質問しました。もしかしたら宇宙船に電力を送れるかもしれないのです。
「あら、電気ウナギにご興味がおありですの。さあ、どこで見つかるかしら。ウラシマ、ウラシマ!」
オイスタ夫人は執事を呼びました。なぜかタツノオトシゴは「ウラシマ」と呼ばれていました。
オイスタ夫人が執事になにかを言いつけている間、ドスクロリはプリプクリに耳打ちしました。
「宇宙船の電気が回復すれば、調査がもっとはかどりますね」
「うん。ほかの調査隊の様子も聞けるしね!」
二人は可能性にワクワクしています。
「電気ウナギについてですが……」
タツノオトシゴがプリプクリたちに話しかけました。
「専門職である上に人数が少ないため、現在は予約がとりづらい状況でございます。新人のウナギでも半年先まで予約がいっぱいだそうで……」
「じゃあ一般市民は電力をどうされているのですか」
ドスクロリが質問しました。
「さあ、どうされているのでしょうねえ。家庭で熱を通したものを食べる習慣は、ほんの最近ブームになったばかりですから、まだ電気はそれほど普及していないのです」
二人は肩を落としました。
「電気ウナギのことはもういいかしら? わたくしもあなたがたにお聞きしたいことがありますのよ。でもその前にかんぱいね」
三人はかんぱいをして、海ぶどう酒に口をつけました。
「あのおそろしいヒトデと仲よくしているアサリというのは、あなたたちのことですの?」
「ええ、ヒトデと暮らしています」
サラダを取り分けながら、プリプクリは答えました。
「まあ!」
オイスタ夫人はイスにそり返り、気を失ったかのように見えました。けれども瞬時に執事のタツノオトシゴが現れて夫人を支え起こしたので、気を失わずにすんだようです。
呼吸を整えてから、オイスタ夫人は口を開きました。
「どうしてそんなことができるんですの? 怪物に囚われているんですの?」
「まさか! 毎日ぼくたちが食事を作って、彼女のダイエットを手伝っているんですよ」
「自分たちが食べられないように、べつの食べものを差しだす……」
オイスタ夫人はブツブツとつぶやきました。
「ヒトデから逃げられないんですの?」
「逃げるもなにも……友だちですから!」
「でも怪物ですよ!」
オイスタ夫人は、まったく理解できないようです。
「ぼくたちが囚われているだなんて、逆ですよ。私たちがヒトデを飼っているのです。毎日エサをやって、生態を観察しています。食べられないように十分注意していますから、ご安心を!」
今まで黙っていたドスクロリが口を開きました。ドスクロリはプリプクリにウインクして見せました。
プリプクリは、ドスクロリがわざとこう言ってオイスタ夫人を安心させたのだと了解して、「わかった」とうなずきました。
「なあんだ、そういうことですの! 怪物を捕えてくださって、やっと私たちに平和が訪れました。心から感謝しておりますわ。あなたがたはとても勇気がおありなんですのね」
オイスタ夫人の不安は消えました。
このあとは、オイスタ夫人がこれまで暮らしてきた外国の話や、そこで食べていた料理の話に花が咲きました。ドスクロリはときどきメモをとって、料理を再現してみることを約束しました。
帰り際、二人はオイスタ夫人から小さなお守りを一つずつ受け取りました。
「おじいさまの時代にこの村がおそろしいものに襲われたことがあって、わたくしが生まれたときに、おじいさまが厄除けのお守りを作ってくださったの。同じものをお二人にも作ったからぜひ身に着けておいて」
お守りには「マズイオヘソ」という文字が読み取れました。二人は意味はわかりませんでしたが、言われたとおりにいつも身に着けておくと約束しました。
⑤ 一分先の未来
この村に食料品市場があることをオイスタ夫人に教えてもらったので、プリプクリとドスクロリは、さっそく出かけてみることにしました。「イソギンチャクも連れて行こう。なにを食べるのか、自分で選ばせようよ」
プリプクリはイソギンチャクの手をとって、宇宙船を出ました。イソギンチャクはなにも食べないので、すっかりやせていました。
食料品市場は、ワカメの森とは反対側にありました。ふたご岩のトンネルを抜けたところに大きな市場がありました。
「へえ、ふたご岩のこっち側に来たのは初めてだけど、こんなに栄えていたんだね!」
プリプクリは人ごみにびっくりしました。
見わたすかぎり市が並んで、買い物客でごった返しています。
「さあさあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! プチ菌糸、とれたての泡、フルーツこんぶ、オキアミのヒレ肉、ロース肉! 甘~い甘い岩粉もあるよ!」
「泡菓子、泡菓子! 甘くてふんわり!」
「プランクトン・サンドだよ! プランクトン・サンド!」
「ぎょらんパイはいかが? ただいま焼き立て! 切り分けるよ」
プリプクリとドスクロリは、ものめずらしさに目を見張りました。ドスクロリはさっきからカメラのシャッターを押しっぱなしです。
「黒ドロまんじゅう、黒ドロまんじゅう!」
「それ、食べものなの?」
プリプクリはまんじゅう屋の前で足をとめました。店では見たこともない巻貝が真っ黒いドロをこねているところでした。
「もちろんですよ!」
巻貝はちょっとムッとしました。
「買わないんなら、あっちに行ってください」
「ドロって、その辺のドロ?」
プリプクリは興味をかくせません。
「まさか! 栄養素満点のドロとして有名なドンゾコ沼のドロですよ! これに北海産粒氷のあんを包んで蒸してるんです!」
巻貝はいばって答えました。
「じゃあ、それ三つ」
注文すると、巻貝はせいろからまんじゅうを取り出し、手際よく新聞紙で一つずつ包んで、プリプクリ、ドスクロリ、イソギンチャクにそれぞれ渡しました。
三人はあつあつの黒ドロまんじゅうをほおばりました。
「ん~うまい! もっちりしておいしい!」
「初めての味ですが、舌ざわりもいいし、なんだかなつかしい気がしますねえ」
ドスクロリは食べながら、写真に撮りました。イソギンチャクもだまってペロリと平らげました。
「岩せんべい、岩せんべい!」
「マリンスノーの粉、一キロで十円!」
「小石キャンディはいかが?」
ドスクロリは店先で、試食用の小石キャンディをもらいました。
「ん! ミントみたいな味がする!」
ドスクロリがキャンディを味わいながら歩いていると、突然小さな声で呼び止められました。
「そこのかっこいいおにいさん!」
ユートー星にいたときに、女の子たちから「かっこいい!」と言われ続けてきたドスクロリは、自分が呼び止められたと思って「はっ」と立ち止まりました。
「そうです、あなたのことですよ!」
ドスクロリがあたりを見わたすと、店と店との小さな隙間に、ヤドカリが机を出して座っていました。机には、小さな座布団の上に小さな透明の丸い玉がのっています。
「なにか悩みがあるでしょう。わたしは占い師です」
ドスクロリはドキッとしました。プリプクリが仲良くしているヒトデのナッシーのことを疑っていることがわかったのでしょうか?
それとも、じつは宇宙人だということがバレているのでしょうか……?
ドスクロリが立ち止まってドキドキしていると、プリプクリがイソギンチャクを連れてそばに来ました。
「なにかおいしいものを見つけたかい?」
「このヤドカリは占い師だそうです」
「へえ! じゃあ、なにか占ってもらおう」
プリプクリはヤドカリを興味深そうに眺めました。ヤドカリはアラビア風の美しい香水びんを背負っていました。目の前の小さな玉に何度も息をはきかけ、首に巻いたスカーフの先で、だいじそうにみがいています。
「どうぞ!」
ヤドカリは威勢よく返事をしました。
「電気ウナギとはどこで出会えますか」
「電気ウナギ? ウナギの寝床に行けば会えるでしょ! ほかには?」
ヤドカリはもっとほかの質問をしてほしそうでした。
「ウナギの寝床はどこにあるんですか」
「そんな質問なら、交番に行ってくれますか。道案内をしているわけじゃないんですよ」
ヤドカリはドスクロリのほうに向きなおりました。
「あなたはどうですか?」
ドスクロリは困って口の中でキャンディをコロコロと転がしました。「ヒトデは正直者ですか」は変だし、「生きて帰れますか」もおかしいし……。
「この世でもっともおいしいものはなに?」
プリプクリがまた口をはさみました。
「そんなの、占いじゃありません」
「じゃあ、あなたの好きな食べものは?」
プリプクリはノートを取り出しました。
「え、わたしの好物? えーと、それは……」
ヤドカリはあごに手を当てて考え始めました。
「アブラウオのステーキは肉汁がジュッと出てうまいけど脂身が多すぎるし…、菌糸のカルボナーラは途中で飽きてしまうし…、ドロドリアかなあ。でもタコスミ・コロッケもうまいしなあ。プランクトンのシチューもうまいなあ。あっ、そうだ、マリ天!」
「マリ天? それはなんですか?」
プリプクリはノートに書きつけました。
「マリンスノーの天ぷらですよ! この先でも食べられますよ。すごい行列だからすぐに見つかります」
「ほう!」
プリプクリはつばを飲み込みました。さっそくイソギンチャクの手を引いて先へ急ごうとしたら、ヤドカリがプリプクリの殻の服をつかみました。
「さあ、なにか占ってほしいことは?」
プリプクリは困りました。
「明日の天気」
「天気予報士じゃないんですよ!」
「じゃ、じゃあ、宇宙船が直るかどうか」
「どの宇宙船?」
意外な質問にヤドカリがびっくりしました。プリプクリは「しまった!」と思ったので、ごまかすことにしました。
「ここからいちばん近い宇宙船ですよ! どこにあるのか知らないけど」
「どこにあるのか知らない宇宙船が、そもそも壊れているってどうしてわかるんですか?」
プリプクリは返事につまりました。
「あ、あたしは結婚できますか」
とつぜん、イソギンチャクが口を開いて、助け舟を出しました。
「え?」
「あたしは結婚できるでしょうか?」
ヤドカリは初めてイソギンチャクの存在に気がついて、ほっぺたを赤く染めました。
「け…結婚ね!」
ヤドカリは姿勢を正し、水晶玉をのぞきこみました。
「あ、見えてきました。あなたは……一分先はまだ独身のようです。十円いただきます」
ヤドカリは晴れ晴れとした表情で、自信たっぷりに答えました。
プリプクリとドスクロリは顔を見合わせました。
「二分先はどうなんですか。一年先は? たった一分じゃ結婚なんてできないでしょ!」
プリプクリはヤドカリに詰め寄りました。
「今日は水晶の機嫌がわるくて一分先しか教えてくれなかったのです」
ヤドカリは自分の責任ではないと、プリプクリに訴えました。
「この水晶玉は生きているの?」
プリプクリは水晶玉を両手で持ち上げて、下からながめました。そして座布団に戻そうとしたとき、水晶玉を落としてしまいました。
水晶玉はコロコロと転がっていきました。
「あ、商売道具が!」
ヤドカリはすぐに追いかけましたが、市場を歩く人たちにけられて、いろいろな方向にどんどん転がって行きます。プリプクリたちもあとを追いました。
玉はぎょらんパイの店からプランクトン・サンドの店に転がり、泡菓子を買う子どもたちにけられ、八百屋の前を抜けてワカメの森に向かってコロコロと転がっていきました。そのうしろを香水びんを背負ったヤドカリ、プリプクリ、イソギンチャク、ドスクロリが追いかけました。
大きな砂山の手前で止まるかと思ったら、とつぜん、地面から大きなヒラメが舞い上がって、砂ぼこりを巻きあげました。
「わあっ!」
「ゴホン! ゴホン!」
ヒラメはすーっとどこかに姿を消しましたが、ひどい砂ぼこりであたりが真っ白です。
ようやく視界が開けると、ヤドカリが水晶玉を見つけました。水晶玉は岩山に向かって勢いよく転がっていました。
「あっ!!!」
と思ったのもつかの間、水晶玉は岩山にぶつかって……
パチン!
割れてしまいました。
「あ、あ、あ、大事な商売道具が!」
ヤドカリはその場にしゃがみ込んでしまいました。ぼうぜんと割れた玉を見つめています。
しばらくして振り返ると、プリプクリをにらみつけました。
「弁償していただきますからね!」
プリプクリが返事に困っていると、ドスクロリが前に出ました。
「水晶玉がかんたんに割れるなんておかしい。これはきっとニセモノでしょう!」
ドスクロリが割れた玉を拾うと、泡の破片がみつかりました。
「あっ! これはカニの口から出ている泡じゃないですか!」
ドスクロリがみんなに玉の破片を見せると、ヤドカリも「えっ!」と驚きました。
「そんなはずはない!」
でも玉の破片を見ると、たしかにカニの口から出ている泡でした。
「だまされたあ!」
ヤドカリは気持ちを落ち着けると、水晶玉を買ったいきさつを話し始めました。
若いヤドカリは商売がどれもうまくいかないので、一体なにが自分に向いているのかを知りたくて、自分を占ってみようと思い立ちました。そこで占い師のところに行ったところ、「占い師になるべし! 今すぐ水晶を買って商売を始めよ!」と言われました。そこで占い師に案内された水晶玉専門店に行ってみると、どれも高くて買えません。そこでいちばん安い水晶を買うことにしたのです。
「値段が高くなれば高くなるほど、遠くの未来まで見わたせる。でもいちばん安い水晶は1分先の未来しか見られないぞよ」
店の主人にはこう忠告されましたが、自分のお金で買える水晶がこれしかないから仕方がありません。
「まずは一分先しかわからない水晶で商売を始めて、少しずつお金を貯めてステップアップしようと思ったのです。今日がその初日でした……」
「その占い師、すごくあやしい!」
ドスクロリはヤドカリの話を聞き終わると、立ち上がりました。
「その水晶玉専門店にすぐ行きましょう!」
ヤドカリに案内されて、プリプクリとドスクロリとイソギンチャクは水晶玉専門店に向かいました。
市場を抜けてオキアミ牧場の脇を通り過ぎ、住宅街にさしかかりました。
「あれ? たしかこのあたりだったと思うのですが……」
ヤドカリはキョロキョロとあたりを見回しました。
「空き家ばっかりですねえ」
「あっ、この車庫です! 前に来たときは、ここにたくさん、のぼりが立っていました!」
今はからっぽの真っ暗な車庫です。
「はい、マリ天食べましょう」
プリプクリがホカホカのマリ天をヤドカリに差し出しました。
「市場を抜けるときに、買ってきたんだよ。つらくて悲しいときは、あったかくておいしいものを食べるといい!」
プリプクリはみんなにマリ天を配りました。
「あったかくておいしい……」
ヤドカリはぽろぽろと涙をこぼしました。
ドスクロリはなめていた小石キャンディを取り出して、マリ天をひと口ほおばりました。
「おいもみたいにほのかに甘くて、マカロンみたいにクシャッととける…」
ドスクロリはおいしくてムシャムシャと平らげました。そして手に持っていた小石キャンディを落としてしまいました。
イソギンチャクがキャンディを拾うと、小石キャンディはドスクロリが長い間なめたおかげで真珠に変わっていました。お日さまの光でキラリと光ったのをヤドカリは見ました。
「あっ、すごく高い水晶玉だ!」
ヤドカリはイソギンチャクのもとへ急ぎ、真珠玉をのぞきこみました。
「あっ、あっ、未来が見える! イソギンチャクに、まもなくすてきなおむこさんが現れますよ!」
イソギンチャクが持っている真珠はつるりと輝いて、玉をのぞきこむイソギンチャクとヤドカリの赤くなった顔を映していました。
「それは一分先の未来なの?」
プリプクリがニヤニヤしながら質問しました。
「いいえ、この玉は理想の恋人を映すのよ」
イソギンチャクのほっぺたが赤く染まりました。
プリプクリとドスクロリは、ヤドカリの暮らしている岩かげ横丁で、イソギンチャクと別れました。
「末永くお幸せに!」
「ときどき遊びに来るからね」
無口なイソギンチャクは、ヤドカリとはおしゃべりをするようでした。今日一日をいっしょに過ごしてみて、お人好しでがんばり屋のヤドカリを好きになったのです。
ヤドカリは新しくてりっぱな水晶玉を手に入れたし、かわいいお嫁さんと暮らすことになったので、一から勉強し直して、改めて占い師として出発することを約束しました。
「今日はいろいろあったけど、とてもいい一日だったね」
プリプクリはをマリ天をほおばりながら、今日あったことを思い返しました。
⑥ カミナリ一家の家族旅行
季節は秋から冬になるところでした。
海の上に浮かぶ雲に住んでいるカミナリ一家は、旅行の計画を立てていました。寒さに弱いカミナリ族にとって、この時期は、ツアー料金がすごく安いのです。
「冬はやっぱり、日本の温泉がいいねえ」
カミナリのお父さんが言いました。
「そうねえ、湯豆腐食べて、山道を散策して……」
「サルと遊ぶ!」
お母さんと小さな男の子も温泉に賛成です。
いよいよカミナリ一家はイナヅマ航空で日本に出発しました。
空の旅は〇・〇一秒です。わたしたちにとって〇・〇一秒はまばたきする間もありませんが、カミナリ族にとってはとても長い時間でした。
「ねえ、ママ。機内食は何回出るの?」
「晩ごはんと朝ごはんの2回出るわよ。イナヅマ航空の機内食はおいしいから楽しみね」
おとなりの雲に行くのと違って地上まではとても遠いのでした。
ちょうどそのころ、プリプクリたちは浅瀬でヤドカリとイソギンチャクの結婚式に招かれていました。
大勢のイソギンチャクとヤドカリのほかに、アサリ、イカ、タコ、クラゲ、エビ、カキ、巻貝たちが集まって、会場の飾りつけをしています。
すっかりほそくなったヒトデのナッシーも手伝っていました。今ではだれもこれがあの凶暴だったヒトデだとは気がつきません。ベジタリアンになったナッシーは、性格も穏やかになっていました。
「アコヤ貝様より、真珠のシャンデリアが届きました」
どこか言葉づかいもていねいです。背が高いので、シャンデリアを取りつける係でした。
「披露宴が始まる一時間前にホタルイカたちが到着するから、着いたら知らせてね」
オイスタ夫人も張り切って指示を出していました。真珠色に光るドレスがとてもおしゃれです。
「ニジマス革のカーテンはどこ?」
「オキアミ・パイが焼きあがりました!」
「さいしょに挨拶をするのはだれ?」
会場は準備をする人やお祝いに来た人で、ごった返していました。
プリプクリたちは厨房を見学しようと場所を探していました。
「ここからいいにおいがしますよ」
ドスクロリがウミシダのカーテンを指さしました。
「入ろう!」
二人はこっそりと厨房にすべりこみました。
目の前では、白いコック帽をかぶったエビが、五つのフライパンと三つの包丁を操っていました。そばでは大きな電気ウナギが忙しくレンジ台のボタンを押しています。
ドスクロリはカメラをかまえて、電気ウナギにピントを合わせました。
「これはいい写真が撮れますよ!」
ドスクロリはシャッターを切りました。
「わっ、まぶしい!」
コックのエビが、フラッシュにおどろいて包丁を落としてしまいました。包丁は、電気うなぎのしっぽの先に、「すとっ」と刺さりました。
「アイタ~!」
「わあ、ごめんなさい!」
ドスクロリはいそいで電気うなぎのしっぽから包丁を抜き取りました。すると、血が「ぴゅっ」と飛び出して、ドスクロリの顔にかかりました。
「ぎゃああ!」
「たいへんだ! お医者さんを呼ばなきゃ!」
プリプクリはカーテンをめくって外に走り出ました。
新郎のヤドカリは、厨房のそばのひかえ室で、着替えを終えて待っていました。背中のアラビア風の香水びんに、白いふわふわのターバンを巻くと、男らしくとてもりっぱに見えました。
ヤドカリは窓から空を見上げました。
「なんだか空がくもってきたぞ。雨が降るかもしれないな」
これから結婚式なのに、あいにくの天気です。
ピカピカ!
ドドーン、ピシピシ!
近くに雷も落ちたようです。
ちょうどそのとき、目の前をプリプクリが走りぬけるのが見えました。
「あんなに急いでどこに行くんだろう?」
プリプクリは道がわからなくなってしまいました。来た道を戻ったつもりだったのに、どんどん知らない景色が開けてきます。
そのとき、なにか強い力で体を押されて飛び上がったかと思うと、砂地に転がされてしまいました。
プリプクリは波打ち際の砂浜にいます。
「なんだかいつもと空気がちがうみたい。景色がゆらゆらしてない!」
貝殻を開いて、砂地に降りてみました。
そこへ、さっき到着したばかりのカミナリ一家が通りかかりました。カミナリの子どもは、おへそスナックを食べながら、母親のあとを歩いています。
「あ、おへそだ!」
波打ち際の砂浜にプリプクリがいるのをみつけたカミナリの子どもは、おへそだと思って手を伸ばしました。
ところが、「マズイオヘソ」のお守りが目に入ったので、手を引っ込めました。
「うわー、『まずい』って書いてある! まずいおへそなんか、いらなあい!」
「まあゴロ太郎ちゃん、落ちているものを拾って食べてはダメよ」
母親が注意しました。
「まずいおへそなんか、食べないよう」
カミナリのゴロ太郎はそう言うと、頭の角から電気をパチパチッと光らせて、空に浮かびあがりました。
プリプクリはその電気を浴びると、体がムクムクとふくらみはじめました。
「あらら? 地面が遠のいていくみたい……」
ゴロ太郎は、とつぜん目の前に現れた自分と同じくらいの大きさのアサリにびっくりしました。
ゴロ太郎がとつぜん小さくなったので、プリプクリもおどろきました。まっ白い雲のような髪の毛のカミナリの男の子は、つるりとした白いはだかに、トラ革のパンツをはいていました。
「おへそのばけものお!」
ゴロ太郎がプリプクリを指さして叫びました。今まで「ゴロゴロ」としか聞こえなかったことばがわかります。
「もしかして、ユートー星人?」
プリプクリは、自分と同じように、ユートー星人が地球人に変身したのだと勘違いしました。
「そう、ぼく優等生!」
ゴロ太郎は雨雲小学校の一年生でした。
プリプクリは、故郷の仲間に再会できたと思ってうれしくなりました。
「宇宙船の電力を持って来てくださったんですね! ほかの仲間は?」
ゴロ太郎は、前を歩く父親と母親を指さしました。
「ああ、三人で! とすると、一緒に派遣された調査隊員ではなく、わざわざ修理のために来てくださったんですか!」
プリプクリは感激して、ゴロ太郎の手をにぎろうとしました。
バチッ!
「わっ、すごい静電気! そうか、電力をお持ちでしたね」
「電力はここだよ!」
ゴロ太郎は頭の角をチカチカッと光らせて見せました。
「その帽子、カッコイイ!」
白い雲のような髪の毛のてっぺんに、子牛の角にそっくりな角が一つちょこんとくっついて、そこからいなびかりが光っていました。
プリプクリは、カミナリの男の子をユートー星人だと思い込んでいたので、角のある頭を見ても、帽子の飾りだと思ったのです。
「さ、宇宙船に急ぎましょう!」
そう言ってあたりを見回しましたが、プリプクリは自分がどこにいるのかわからなくなっていたので、どっちの方向に向かって歩けばいいのかわかりません。
「迷子になったみたい」
それを聞いて、ゴロ太郎も、母親と父親の姿を探しました。目の前の砂浜にも、うしろを振り返っても姿が見えません。空を見上げてもどこにもいません。
「うわーん、ぼくも迷子になったよう」
「ほんとだ。ほかの二人が見当たりませんねえ。前にもうしろにも上にもいないとなると、下かな?」
大きな姿になったプリプクリは、海を指さしました。自分が海の中から来たとは夢にも思っていないのです。
ゴロ太郎は海の中にジャブジャブ入って行きました。
「マ~マー! ママ、どこおー?」
プリプクリもあとを追いました。
「あ、ちょっと、待ってください!」
バチバチ! パチ! パチ!
プリプクリが海に入ると、体がチカチカ光って、全身が針で突っつかれたみたいにチクチクしました。
「わあ、痛い!」
バチバチバチ!
プリプクリは気絶して、波にさらわれてしまいました。
「せんぱい! せんぱい!」
ドスクロリにゆさぶられて、プリプクリは目を開けました。
「よかった! 生きてた!」
目の前にはドスクロリのほかに、オイスタ夫人やヤドカリ、エビのコックの顔も見えます。
「はあ、まったく、びっくりしましたよ。とつぜん、すごい勢いで坂道をころがってくるんですからね!」
ドスクロリはプリプクリを見つけたときの様子を興奮して話しました。
「体が風船みたいにふくらんでいたから、エビとふたりで両側からギュウギュウ押したんですよ。そしたらなんと、ビリビリする液体がにじみ出てくるじゃありませんか!」
「そうなんです。まるでおできから膿をしぼり出している気分でした」
コックのエビがつけ加えました。
「電気うなぎによると、この液体は電気だって言うんですよ。それでレンジ台にぬってみたら、火がついたんです」
「ちょうど電気ウナギがケガで仕事ができなくなっていたところでしたから、助かりました」
無事、電気ウナギは治療を受けて、料理も完成したようでした。
「でもせんぱいが転がってくる前に、近くにすごい雷が落ちたんですよ」
「強い風も吹きました」
「一つ目もすごかったけど、二つ目がもっと大きくて、山がくずれるかと思いました!」
みんなが口々にどんなにすごかったかを話していると、オイスタ夫人がみんなを会場へうながしました。
「さあさあ、お日さまも出てきたことだし、まもなく結婚式が始まりますよ」
帰り道、プリプクリはとてもいい気分でドスクロリとナッシーに話しかけました。
「イソギンチャクもヤドカリも、すごく幸せそうだったねえ」
「ええ、あの二人はお似合いですね」
三人が宇宙船に戻ると、宇宙船の頭脳ともいえる電子盤が動いていました。
「あっ! 宇宙船が直ってる!」
ドスクロリが操縦席にかけよりました。
「そうだ! 結婚式の前にユートー星人に会ったんだ。宇宙船の修理のために電力を持ってきてくれたんだよ。どこにいるのかな」
プリプクリは宇宙船の周りを一周して、あたりを見回しました。
「どこにもいない。待っていてくれればいいのに。ちぇっ、だまって帰るなんて!」
プリプクリが宇宙船に戻ると、ドスクロリはパソコン操作に夢中でした。
さっそくパソコンから報告を送りました。
⑦ さらば、地球
ドスクロリは朝から写真の整理をしていました。これまでに撮影した写真をパソコンに取り込んで、分類したり、説明を書きこんだりしているのです。今まで報告が遅れた分を取り戻さなくてはいけません。
「もうすぐ一年がたつね。一年で薬の効果が消える。幸い、食糧庫も満杯だ。なごりおしいけど、そろそろ帰る支度を始めないといけないね」
プリプクリは地球で出会った仲間のことを考えました。
「そうだ、お別れパーティーを開こう! みんなには、『年老いた両親のもとへ引っ越す』とあいさつしようか」
プリプクリとドスクロリはカレンダーを確認しました。ユートー星に帰る日まであと二週間。パーティーは出発の前日に開くことにしました。
「じゃあ、招待状を作らなくちゃ」
ドスクロリはさっそくパソコンに向かいました。
「そうだ、ナッシーにも知らせなくちゃ。このところ受験勉強ばっかりしてるから、息抜きしないとおかしくなっちゃうよ」
ナッシーは、春から星の学校に再入学しようと、受験勉強を始めていました。ドスクロリがパソコンで入学案内を取り寄せ、入学試験に申し込んでくれたのです。
ドスクロリのナッシーに対する疑いは、いっしょに暮らすうちに晴れていきました。星の学校は実在するし、ナッシーはとてもまじめに仕事を手伝って、料理もすぐに覚えたからです。
プリプクリからパーティーの話を聞くと、ナッシーはニヤリと笑って答えました。
「じゃあ、あたしはカキフライとアサリの酒蒸しを作ろうかな。さいごにおなかいっぱいカキとアサリを食べたい」
「またそんな冗談を」
プリプクリはナッシーの部屋を出ると、台所に向かいました。この一年の間に十冊になったレシピノートを持って居間のソファーににすわると、パーティーのメニューを考え始めました。
さて、プリプクリたちと同じ時期に地球に派遣された研究員たちも、帰り支度を始めていました。
暖かい地域に着陸した研究員たちは、たわわに実ったトロピカルフルーツや、米や麦などの穀物、大小さまざまな魚を食糧庫にたくさん積みこんでいました。
北国に着陸した研究員たちは、リンゴやイチゴなどの果物、ビールやワインなどのお酒、甘いお菓子や肉料理を調達していました。
ジャングルに着陸した研究員たちは、昆虫やキノコ、硬い茎や草などを集めて、おいしく食べる調理法を学んでいました。
研究員たちは、もちろん日本にも来ていました。米はもちろん、ダイコンやサツマイモなどの野菜、ワラビやゼンマイなどの山菜、アユやニジマスなどの川魚、それから、タイやイワシ、アジやヒラメ、イカやタコなど、海の幸にも注目しました。そしてサザエやアワビなどの貝類に目をつけ、海にもぐって採ったり、養殖したカキを買ったりと、少しずつ食糧庫をいっぱいにしていたのです。
「食糧庫にあと少し余裕がある。なにを入れようか?」
地球調査隊の隊長が部下に声をかけました。
「浜田さんが、またとっておきのイベントに連れて行ってくれるそうですよ」
「食べものが出てくるのか?」
「もちろんです。確認しました。内容はヒミツだそうですが、きっと私たちが喜ぶだろう、って」
部下は何かを想像して生つばをのみこみました。
「また〝食べ放題″でしょうかねえ? もう一回、ケーキの食べ放題に行きたいですねえ」
「もう二十回も行ったじゃないか」
出発まで一週間を切り、プリプクリたちは食糧庫の整理やラベル付け、リストの作成や、レポートをまとめるのに必死でした。その上、宇宙船の操作も確認しておく必要がありました。
「燃料は足りるよね?」
プリプクリはチェック表を見ました。
「はい。運航スケジュールも部長に報告してあります」
ドスクロリは抜かりがないのです。プリプクリは安心しました。
「そういえば、こないだの部長からのメールは理解できたかい? ほら、ぼくたちの報告がほかの隊員たちの様子と違うって話」
「ああ、『ちゃんと地球に着いたのか?』という変な質問のメールですね。わかりません」
数日前、ユートー星にいる部長から、意味のよくわからないメールが届いたのでした。でも二人は自分たちの仕事を片づけるのに精いっぱいで、意味をよく考えてみる時間がありませんでした。
「返事は出しておきました。測位システムのデータと、着陸のときの様子を伝えました。そのあとは返信がありません」
ドスクロリは、パソコン画面に向かって、忙しく手を動かしながら返事をしました。
「ぼくたちの大陸では、よほど変わったものを食べているのかな? それとも写真データがうまく届かなかったとか?」
プリプクリはいろいろな可能性を考えてみました。
「写真データが化けちゃった、というのは考えられますねえ。電気がショートしたときに、パソコンの一部が壊れちゃったのかもしれません」
「きっと、それだよ! 部長から返事もないようだし、問題ないと判断されたんだね」
プリプクリたちは、これ以上意味のわからないメールについて考えるのをやめ、自分の仕事に集中することにしました。どうせ五日後には地球を発ってしまうのです。
「まあ、すごいごちそうね!」
出発の前日となったパーティーの日、最初に到着したオイスタ夫人は、感嘆の声を上げました。
「それに、風変わりですてきなインテリア!」
「宇宙船に乗っている気分でしょう?」
プリプクリは貝殻の服をぴかぴかに磨いて、光る粉をふりかけていました。
「お待ちどおさま!」
ナッシーが新しい料理を運んできました。
大きなお皿の上には、あつあつのオキアミ肉のスライスが並んでいて、スパイシーな亜鉛の粉がかかっています。
「わあ、おいしそう!」
イカとタコが、大きな花束を持って現れました。ナッシーが運んでくる料理をながめながら、つばを飲み込んでいます。
イソギンチャクとヤドカリのカップルもやってきました。
「久しぶり!」
ナッシーはイソギンチャクを抱きしめました。イソギンチャクはしばらくキョトンとしたあと、ナッシーに気がつきました。
「ナッシー!」
厨房から、ドスクロリがワゴンを押しながら出てきました。
「ぎょらんパイとアブラウオのステーキ、マリンスノー天ぷらが通りまあす!」
「わあ!」
みんなは喜んで拍手をしながら、席に着きました。
ドスクロリとナッシーがテーブルに料理を並べている間、プリプクリが全員に海ぶどう酒を注いで回りました。
全員が席に着くと、プリプクリはグラスを持ち上げました。
「今日はみなさまにこれまでの感謝の気持ちを込めて、精いっぱいお料理でおもてなしをしたいと思います。おなかいっぱい食べてください! かんぱい!」
「かんぱあーい!」
グラスがカチン、カチンとなる音が響きました。
楽しい時間は飛ぶように過ぎます。
みんないい気分に酔っぱらって、どのお皿もなめたようにピカピカです。
「少し、散歩しませんか」
プリプクリが提案しました。今の時期は、ホタルイカたちが何かのお祭りをしているらしく、夜空のイルミネーションがとてもきれいなのです。
「ちょうどわたしもそう思っていたわ」
イソギンチャクは、ヤドカリと目を合わせてほほえみました。
「ぼくも賛成! 腹ごなしが必要だよ」
タコが立ち上がりました。
みんなは宇宙船の外へ出て、歩き始めました。
空には、たくさんのホタルイカたちがピカピカと光っていました。マスゲームをしているのか、複雑なレース模様が現れては消えて、また別のレース模様を作っています。
「ロマンチックねえ!」
オイスタ夫人はためいきをつきました。
日本で最後の調査を終えようとしているユートー星人の隊長とその部下は、潮干狩りへ行く準備をしていました。まだ夜が明けたばかりです。
「星に帰れるのはうれしいけど、やっぱり、地球を離れるのはさびしいですねえ」
部下の若い研究員は、身支度を整えながら、隊長に話しかけました。
「そりゃあ、きみは例のかわい子ちゃんに言い寄られているからだろう。いっそ地球に残るかい?」
「からかわないでくださいよ。この姿を見慣れたとはいっても、地球人に恋するのはまだ無理ですよ。それに、薬だってもうすぐ切れるんですから」
隊長は「ははは」と笑って、時計を見ました。
「十時に干潮だから急がないと! 浜田さんは遅れずに迎えに来てくれるかな」
「だいじょうぶですよ。さっき携帯に連絡がありましたから」
プリプクリとドスクロリは、夜が明けるまでみんなといっしょにすごし、美しい日の出を鑑賞しました。
「わあ、ちゃんと日の出を見たの初めてですが、ゆらゆらしてとてもきれいですね。ここは本当に大気の密度が濃いんですねえ!」
ドスクロリが思わず正直な感想をもらしました。
「まあ、へんなことをおっしゃるのね。太陽はいつもゆらゆらしているものでしょう?」
オイスタ夫人はみんなに同意を求めました。
「そうよ、星だってチカチカ揺れているじゃないの!」
あわててナッシーがオイスタ夫人に同意しました。
「ゆれてない太陽なんて、静止画像みたいで気持ち悪いですよ! 時間が止まっているみたいじゃないですか」
イカの発言のおかげでみんなが笑い、話題が変わりました。
だいぶ日も高くなりました。そろそろみんな、眠い目をこすり始めています。いよいよお別れのときがきたようです。
「さびしくなるよう。ときどき指圧を受けに帰ってきてね」
「もちろん。また来るよ!」
「元気でね。いつでもまた帰ってきてね」
「手紙を書きますよ」
オイスタ夫人は、ナッシーに手作りのお守りを渡しました。
「『学業成就』のお守りよ。入学試験、がんばってね」
地球人の浜田さんが運転する車は、浜田さん一家とユートー星人二人を乗せて、目的地に到着しました。
「ここですか? どこにもおしゃれなカフェは見当たらないけど……」
若い研究員はあたりを見渡しました。
「さあ、早く降りて! いい場所、知ってるの」
車が止まると女の子は車から飛び出し、若い研究員を引きずり降ろすと、手を引いて走り出しました。
「ヒュ~! 青春だねえ」
隊長は口笛を吹きました。浜田さんは笑って車から降りると、トランクのほうに向かいました。
「ゆっくり追いつけばいいですよ。荷物を降ろしましょう」
プリプクリとドスクロリは、宇宙船に向かって、並んで歩いて帰るところでした。
「いよいよですね。荷造りもほぼできたし、家族へのお土産も準備したし、あとは体調を整えて元気に帰るだけです!」
ドスクロリは体をのばして、大きなあくびをしました。
「長いようでいて、短かったなあ。…あれ? 地震かな」
近くで「ゴリゴリ…ゴリゴリ…」という低い音とともに、地面に振動が伝わってきました。
その音と振動は、プリプクリたちのほうに、だんだん近づいてくるようです……
「よし、もうこのくらいでいいだろう」
地球調査隊の隊長は、アサリがこぼれそうなほど詰まったバケツを持ち上げました。
「わあ、すごくたくさん採りましたねえ!」
若い部下は、うらやましそうに隊長のバケツをのぞきこみました。
すると、地球人の女の子がサッと近寄って、若い研究員のバケツに、自分の採ったアサリをザラザラと入れ始めました。
「わたしの分を分けてあげる」
若い研究員はあわてて止めました。
「いいよ、いいよ。自分の分がなくなっちゃうじゃないか」
「それなら今夜、おうちにアサリの酒蒸しを作りに行ってもいいかしら?」
若い研究員は何度も断りましたが、地球人の女の子はあきらめません。隣にいた隊長が助け舟を出しました。
「今日は仕事を片付けなくちゃいけないから、夜九時以降ならいいよ。夜遅くて危ないから誰かと二人でおいで」
ユートー星への出発は今夜八時です。九時に女の子が来たときには、もう地球を離れているはずです。
浜田さんの車で宇宙船に戻ると、二人は収穫したアサリを食糧庫にしまいました。
「さっきはありがとうございました」
「出発間際に来られちゃ、困るからね」
隊長はウインクして見せました。
「さあて、そろそろ出発の支度をするぞ。ほかの隊員たちとは火星のあたりで合流する。そのつもりでよろしく頼むよ」
「了解!」
隊長の宇宙船は、人里離れた山奥に停めてありました。外見は、木造の古い日本家屋です。
夜七時になると、木造家屋はシューシューと蒸気を出しはじめました。隊長と若い研究員も蒸気に包まれています……
夜九時になって、ドレスアップした若い女性が、浜田さんの運転する車で山奥にやってきました。
「あれ? 確か今朝、迎えに来たのはここだったと思うんだけど……」
浜田さんはキツネにつままれたような顔をしています。
二人の目の前には、更地があるだけでした。
まっくらな宇宙空間では、たっぷりと食料品を積んだ五機の宇宙船が、一路、ユートー星を目指しています。
プリプクリとドスクロリは、ユートー星に向かう宇宙船の食糧庫の中にいました。元の姿に戻り、周りを見わたしましたが、どうして自分たちがここにいるのか、わけがわかりません。ですから、なつかしいユートー星人が食糧庫の扉を開けたとき、二人は意外な再会にひどくびっくりしました。もちろん、扉を開けた隊長もびっくりしたのですけれどもね。
「ぼくたちの宇宙船を地球に置いてきちゃった! ぼくたちが集めた食糧庫いっぱいの珍しい食材も、ナッシーも……!」
プリプクリは青ざめましたが、隊長はもっと青ざめていました。
そして二人は、足元に散らばった小さなアサリに気がつき、何が起こったのかを知ったのです……
日本では、大きなニュースが持ち上がっていました。東京湾の海の中から、突如、しめじ型の金属のかたまりが現れたのです。
調べてみると、潜水艦かなにか、乗り物のようでした。でも小さなヒトデが一匹いただけで、中に人はおらず、遭難情報も届いていません。いたずらにしては設計に高度な技術が用いられ、専門家でも何の金属でできているのかわかりませんでした。
「海上保安庁の調べでは、『誰かが生活したあとはあるが、倉庫と思われる部屋には、何も入っていなかった。ただ、一部のかべに、干からびたプランクトンがこびりついている』ということです。……」
この事件には謎が多いことから、「海外で秘密裏に軍事開発している新型潜水艦ではないか?」などの憶測がとび、新聞や週刊誌をにぎわせるようになりました。
また、オカルト・ファンの間では、「宇宙人が乗り捨てた船」として話題を集めていました。ネット上のいくつものサイトに、「あなたの隣に宇宙人がいるかもしれない」という見出しが躍っています。
「でも……」
プリプクリは生つばをのみこみながら、ドスクロリに同意を求めました。
「プランクトンも、悪くなかったよねえ!」