見出し画像

明るく華やかで楽しい舞踊2本立て。この勢いで流行病が鎮まりますように。

11:00開演。朝早い!(いままでマチネでも13:00開演しか観たことがないのです)。休みの日だというのに目覚まし時計をセットして、急いで身支度をして歌舞伎座へ。

七之助さんの「出雲の阿国」。絶対に綺麗で可愛いに違いないと、演目が発表されてからずっと楽しみにしていました。歌舞伎座3回目にして初めて花道に比較的近い席を取れたので、わくわくしながら開演を待ちました。

舞踊をメインとした30分程の演目。ストーリーはとても単純です。阿国と猿若が連れだって江戸に来たという史実はないそうですが、そこはファンタジーで良いですよね。

立往生して困っている材木商に行き会って、身内の若衆を動かして上手く困難を取り除き、その様子を見た奉行に声を掛けられて芝居小屋を建てるお話まで取り付けます。最後には櫓の上がった芝居小屋で舞踊を披露します。なんという幸運。舞台に出てくる人物が誰ひとり嫌な思いをしない、という何とも観ていて気持ちの良いお話でした。

図1

花道から出てくる猿若と阿国。京から下って江戸にたどり着いたところから物語が始まります。「あれが噂に聞いていた江戸か、江戸城か」とテンションが上がって喜ぶ二人の可愛らしいこと。見合って微笑んでくれると、それだけで嬉しくなってしまうのはファン心理ですね。阿国が「猿若」と呼び捨てにするのも、仲間として良い付き合いであることが伺えて良かったです。

花道から舞台へ移ると、道に止められている大きな荷車に気付きます。材木商・福富屋から事情を聞いて、猿若は即座に「どうしようかな、あ、うちには若衆がいるじゃないか。彼らに引かせよう」と思いつきます。興味を引くものがあれば寄っていく好奇心、困っている人がいれば助けようとする人懐こさ、このあたりが猿若勘三郎(=初代・中村勘三郎)の好かれる部分なのかもしれません。

猿若が若衆を呼び寄せると、色とりどりの衣装の6人が現れ、ひとしきり舞踊を見せます。荷車を引くように言うと最初は面倒くさがりますが、猿若が踊ってみせると釣られて動き出し、ついには荷車を引いていく様子がまた面白い。この「こっちの水は甘いぞ」方式、狂言でもよく見かけます。現代から見ると、そんなにうまくいきますかと思いますが、そのくらい難しいことを考えずに「より面白い方へ流れていく」方が、楽しい人生を送れるかもしれません。

どこから見ていたのか、奉行・板倉勝重がやってきます。気持ちの良い奴らだと呼び寄せ、話をします。「猿若? 変な名前だね」「いやこの顔、サルに似てるでしょ」という他愛無いことから、徐々に猿若は、芝居小屋を作りたくて日本橋と京橋の間にある中橋が良いと思うんですよね、と非常にうまく取り入ります。このタイミング、この機転、この相手を良い気にさせる物言い。事業を成功させる人物像そのもの、と思います(無意識を感じさせるところが、また強いですね)。

中橋は自分の管轄だからと福富屋に面倒を見るように申し付ける、お奉行様。立往生を救われた材木商は二つ返事で了承します。腰を抜かして喜ぶ猿若と阿国。すべてうまく運んで、芝居小屋を始めます。

図1

猿若も阿国も若衆も、なにかにつけて舞踊を披露します。猿若・勘九郎さん、軽快で観ている方には面白い、たぶん演っている方は体力的につらそうな動きをたくさん繰り出します。滑稽で楽しかったけれど(上から目線で大変申し訳ございませんが、そう思ってしまったから敢えて書きますが)、きっと年を重ねたらもっと面白くなるだろうなあ、と確信しています。もっと滑稽に、もっと可笑しく。もっともっとを求めてしまう沼ですね。

七之助さん演じる阿国は、江戸に着いたとき、自分と同等の仲間には安心して可愛らしさを見せます。材木商や若衆を呼び込んでからは、責任者としての姿と、身内への信愛も見せます。奉行・板倉勝重には、凛とした舞踊を披露します。可愛らしさと母性を兼ね備えた、仕事のできる自立した女性。容姿も大変美しい。この女性像、最高にして最強じゃないですか……(好き)。

短く単純なストーリー。ですが、ずっと見所ばかり、観終えたら楽しい気分になれる素敵な舞台でした。お奉行様が猿若たちに寄せる一言「その勢いで流行病を鎮めてくれい」。本当に、そう願わずにいられません。

後半は、戻駕色相肩。駕籠かきのふたり(江戸の与四郎と浪花の次郎作)と京島原の禿たより。3人がそれぞれの廓話をするうちに、駕籠かきのふたりの胸元からとあるものが落ち、実は真柴久吉(≒羽柴秀吉)と因縁の石川五右衛門だと分かります。なぜ秀吉が駕籠かきしているのか等、とにかく疑問が尽きませんが、突っ込んだら負けです。イヤホンガイドでも「おおらかに楽しみましょう」と言われていました。

図1

大人男性ふたり組と、少女の禿・たよりちゃんが繰り広げる廓話。それを舞踊で披露していきます。しっちゃかめっちゃかな設定ですし、廓話も軽いものなのに、舞踊は落ち着いて安定しているのでじっくりと観られます。この辺のギャップが面白いですし、成人男性である苔玉さんが演じる禿たよりちゃんが声も仕草も顔つきも可愛らしくあどけなく、こちらにもギャップがあります。

三月大歌舞伎では、第一部・第三部で石川五右衛門が取り上げられていました。桜が似合う人なのかもしれません。一昨年は、多摩川べりに桜を観に行きました。去年は忙殺されて花を観る余裕がありませんでした。今年は舞台の設えと、例年のお花見とは違うけれど、とても素敵な春を迎えることができました。来年は、憂いなく、好きな時と場所と人と過ごせますよう。

明るく前向きな気持ちになれる公演でした。

図1