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野球紀行/サテライト甲子園?~倉敷マスカットスタジアム~

 球春到来。今年、本州で最初のプロ野球である。人で溢れる中庄駅は、今まで溜まっていた鬱憤を晴らすかのような、晴れやかな顔が並ぶ。いや単にプロ野球だからというだけではなく、阪神タイガースがやって来たという事が大きいのかもしれない。
 昨年、星野仙一監督を迎え、本当に久しぶりに最下位を脱出。後半息切れし4位に終わったものの、一時は首位を走り、優勝の可能性を感じさせる躍進ぶりで、大いにペナントを盛り上げた。だから今年のタイガースファンの期待は例年以上に大きい。まだオープン戦なのに優勝争いの最中かのようなヒートアップぶりだ。
 先発はタイガース井川、バファローズ岩隈の両エース。初回、井川は大村を高目見送り三振に。新ストライクゾーンは一応まだ生きている。岩隈はその裏、桧山を左に左に、ファールを打たせ、そのまま左フライに。球に力がある。本州最初のプロ野球にふさわしい、引き締まったスタートだ。
 しかし同じ関西のチームながら、ファン層はタイガースに偏っている。岡山は元々タイガースファンが多い土地で、しかも倉敷が星野監督の出身地となれば尚更、マスカットスタジアムは「サテライト甲子園」の様相を呈するというもの。

よく造ったものだという感じのマスカットスタジアム。

 岡山は広島県の隣で同じ中国地方だから、カープのファンが多いのではないかと僕も思うのだが、そうではないらしい。なぜだか考えてみる。
 思うに、岡山から見た広島は同じ地域のリーダーというよりは「同格」で、そこにある球団を応援するというのはある意味「癪」なのかもしれない。しかし阪神圏なら明らかに「格上」なので納得してそこの球団を応援できると。考えてみればタイガースの保護地域である兵庫県も岡山の隣だった。同じ隣なら求心力の強い方という事だろうか。
 それは良いのだが、僕は、ドラゴンズの星野仙一監督は嫌いではなかったが、タイガースの同監督は正直言ってあまり好きではない。タイガースの監督になったからではなく、タイガースの監督になってからが好きになれないのである。
 片岡、アリアス、金本...。巨人のような、他球団からの派手な補強も、脆弱打線だったタイガースがやる分には許される風潮があった。しかし巨人のやり方に批判的だった筈の星野監督が、FA権を行使し巨人に移籍した選手達と同じように、タイガース移籍を選んだ片岡や金本の事は「男気がある」と称えるのは何なのか。ましてや片岡は「子供の頃からの夢」を選んだに過ぎない。男気は関係ない。巨人を倒すのはタイガースでなければならず、そのためには全てが許されるとでも言いたいのだろうか(そんな事をしなくても、金満と言われるようになった巨人を、スワローズなどが何度か倒している)。

タイガース人気で盛り上がる。

 補強自体は別に悪ではないが、星野監督の態度がどうにも気に入らないので、別に嫌いではないタイガースの躍進を素直に祝福できない。
 そんな僕の心境とは裏腹にタイガースはオープン戦から調子が良い。井川は二回、中村紀、吉岡、磯部を連続三振に。磯部には最後は真ん中。自信の井川。その裏タイガースは濱中が右へソロホームラン。「去年の濱中は18本塁打中、右への打球は2本だった」と解説するのはD会のNさん(今日は西日本のメンバーが中心で「D会西部地区」発足の日だ)。アリアス、八木が連打。関本、野口が三振に倒れるも、上坂ヒット、赤星3点タイムリー三塁打。藤本は三振。打たれるが三振も取る岩隈。ファイターズの立石を思わせる。つまり球に力はある。
 対してバファローズは打てない。基本的に投手戦が好きだが、このチームに限っては打てないとモノ足りない。五回には代わった藤田太陽に磯部3球三振。山下三ゴロ、阿部真三振。岩隈も決して悪くはないが、まだ1安打のバファローズ。

コンコース。

 そう言えば最近はオープン戦の早い時期から主力選手が出るようになった。しかもマスカットスタジアムほどの球場で、そこそこの観客を集めて行われるので、オープン戦らしい趣に欠ける。すでにマジックナンバーでも点灯したかのような勢いがタイガースにはある。「一時の勢い」は文字通り一時の勢いに終わるものだが、一度「勢い」を得た場合、それは本物という期待をなぜか抱かせる。何度も最下位になっていながら、タイガースにはそういう雰囲気がある。
『六甲おろし』をバックに飛び交う無数の風船。いかにもサテライト甲子園である。対するバファローズの応援団も赤い風船を飛ばす。ごく少数だが、元気がある。ちっとも後ろめたさはなく、少数でも堂々とやっているところに好感が持てる(風船飛ばしの衛生上の問題はさておき)。こういう光景を見てるとバファローズを応援したくなる。七回に登板、3年目の愛敬に注目。130キロ台後半も上坂、赤星、広沢を無難に抑える。もっと見たかったが八回は4年目の宮本。オープン戦の趣に欠けると言ってもそこはオープン戦で、いろんな投手が出てくる。投手が完投する事はまずない。言い換えれば「投手に託さない」という事で、それがすなわち「本番の野球ではない」という事なのである。

ここでも変わらぬ風船飛ばし。

 だから勝ち負けはあまり重要ではない...筈なのだが、どちらかに肩入れしていればチャンスに、ピンチに心境は変化する。タイガースとバファローズ。どちらのファンでもないが、試合を観ている時だけはどちらかのファンになる。あれだけ弱かったタイガースが、今は何だか大きな相手に見える。そんな相手と戦う、今はバファローズのファンである。
 宮本が簡単に二死を取った後、中村豊が内角球を狙ったようにレフト前へ。「狙ったように打つ」という感じが彼らしい。ファイターズ時代にも「らしさ」はあったが、タイガースのチームカラーの方がそれを引き立てているように思える。それが勢いというものなのだろうか。とにかく、オープン戦でもいいからその「勢い」を止めて欲しい。この後は抑えるバファローズだが、こちらも抑えられる。新外国人ポート登場。140キロ台前半の球。森谷の三塁へのゴロは内野安打。益田のゴロを秀太エラー。永池三塁ファールフライに倒れた後、代打高須四球で満塁。タイガースにとっては嫌な満塁のパターンだろう。考えてみれば順位はバファローズが上。つまり格上。普通に勝てる組み合わせだ。しかし北川一ゴロ。森谷本塁でアウト。終わり...

配られる新聞。岡山はタイガースのテリトリーのようだ。

 ところが捕手の一塁への送球は北川に当たる。わずかに望みがつながった。山下に一発出れば面白いが、2-1と追い込まれ「あと1球!」コールの中、レフトフライ。0-5。わずか3安打のバファローズ。
 たかだかオープン戦の1試合で、タイガースが優勝目前というチームのように錯覚してしまう。実際、半年後にそれは現実になる。大音量で『六甲おろし』が流れる中、集まった人々は皆満足そうだ。今年は本当に優勝が期待される。先述の通り、今の星野監督に感情移入できないので、これからはじまるタイガースの快進撃にも気持ちが入っていかない。しかし10年もBクラスを続けたチーム。というか、85年の優勝以降、Aクラスがわずかに2回というチームである。ファンは穏やかな笑顔の裏側に計り知れない怨念をきっと秘めている。
「これからどうしましょうか」。スタジアムの前でD会のメンバーとしばし油を売る。改めて見上げると、威容と呼ぶに相応しいマスカットスタジアムのエントランスである。よくぞ造ったという感じ。県の規模からしてオーバースペックにも思えたが、「サテライト甲子園」だと思うと妙に説得力がある。甲子園の怨念がここまでなだれ込んでいるような...。
 これだけのスタジアムだから、プロ野球チームのホームグラウンドになっても良いと誰もが思う。しかし「その球団」は、タイガース以上の存在になれるだろうか。兵庫(タイガース)と広島(カープ)に挟まれた岡山県。意識は兵庫に傾いている。そんな岡山に球団があったら、どんな風に扱われるだろうか。阪神圏への意識が薄れ、代わって広島への対抗意識が芽生えたりするのだろうか。どんな「化学反応」があるのか。関東に同じシチュエーションが存在しないだけにすごく興味がある。(2003.3)

[追記]
 実際この年の阪神には開幕前から「勢い」があり、その勢いのままに18年ぶりのリーグ優勝を果たしたが、日本シリーズで福岡ダイエーに3勝4敗で敗れた。
 もし自分がNPBのコミッショナーで、エクスパンションがあったとして、新球団の本拠地決定に際し岡山と他都市で調停があった場合、迷わず岡山を支持すると思う(実際はNPBのコミッショナーにそんな権限なさそうだが)。「広島に対抗意識があり、阪神ファン」という土地で、「新球団」がどんな化学反応を示すか見てみたい。日ハムが札幌移転で北海道の巨人ファンを翻意させた事を歓迎する向きは多かったが、阪神に同じことをしてはいけないという法はない。


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