
野球ものの名文・名セリフ(16)
「最後はスチールのサインだ」ベイトマンがつづける。「皮膚と皮膚。どこかの皮膚が、どこかの皮膚に触れる。皮膚(スキン)、スチール。S音で覚えろ」
ボビー・ラップは左手で右の前腕部をさわり、ついで右のひとさし指を右の頬へ持っていく。
「皮膚ならどこでもいい」ベイトマンが付け加える。「ラップが一物を出したら、やはり走れ」
「しかし、監督」三塁手スティーブ・ブシェルから異論が出る。「ラップの一物なんか、出したって誰の目にも見えやしませんよ」
長年マイナーでくすぶっていたカブスの「スクラッビニー」サム・ウォードは成り行きでプレーオフの大一番を賭けたビッグゲームに先発する事になる。奇しくもこの試合での引退を決めていたベテラン審判アーニー・コーラッカは、かっての命の恩人からカブスに不利な八百長判定をするよう頼まれる。
という設定だけでも秀逸だけど、踏んだり蹴ったりの人生を歩んできた二人の、愚直な人生を交錯させる技はお見事。
不条理と暴言のオンパレードのようで、不器用でも必死に生きる人への励ましと癒しの物語。自分が読んだアメリカの野球小説では『シューレス・ジョー』に次ぐ傑作だと思う。