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野球紀行/欽ちゃん球団来たる ~こまちスタジアム~

 過去にテレビ番組の制作会社とかから電話で簡単な取材を受けた時に、はじめて行った野球場はどこですか?という質問をされたのだが、たぶん正確な回答をしていないと思う。はじめて行ったのは後楽園球場だが、「サーカス」と他のイベントと、どちらが先なのか記憶が曖昧なのだ。が、野球場で観る野球というものの魅力に魅せられたのは後者で、それが何と「欽ちゃん」こと萩本欽一のイベントだったのである。
 試合自体はご想像の通り、コミックショーそのものだが、僕は野球場の大きさとか、美しさとか、そういうものに惹かれはじめていた。意外と野球に関する僕の原体験には、なぜか欽ちゃんが関わっているという事になるのだが、もちろんそんな事は普段は忘れている。
 まさかその30年後、社会人野球という「ちゃんとした野球組織」を舞台に欽ちゃんが同じ事をやるとは夢にも思わなかった。
「野球界を元気にしたい」そう言って設立したクラブチーム、「茨城ゴールデンゴールズ」(以下「GG」)。草野球ではない、れっきとしたJABA傘下の社会人クラブチームである。後に有名人がクラブチームを作るブームの草分けともなった。それ自体は別に異論はなかったが、疑問に思ったのは「なぜ自ら監督に?」という事だった。

こまちスタジアム。プロの常打ち球場と比べても遜色ない野球場。

 監督になって一体何がしたいのか。もちろん素人に務まるものではない。監督と言っても形だけで、コーチが実質監督なのだろう。監督なのはきっと自分もユニホームを着て現場にいたいからだろう...色々考えた。
 その答えが今僕が見ている光景だ。公式戦よりも独自に企画した非公式戦に力を入れ、全国を行脚するGG。それを批判する人達もいたが、興行としては好評。「お客を呼ぶ」という、JABAがあまり重視してこなかった(そう見える)部分をあっさりクリアした。こまちスタジアムが分不相応に決して見えない、今日も活況ぶりを見せている。
 観客を相手にマイクパフォーマンスをする欽ちゃん。「ゴールデンゴールズ、ノック時間はあと1分です」のアナウンスに「ケチー」。笑いが起きる。普段当たり前に流れるアナウンスもネタになってしまうのだ。考えてもみなかった。ちょっとした事で観客を引き込む事はできる。そして飛び道具の登場。
 観客の前で片岡安祐美を紹介。ルックスもあってすっかりタレントばりの人気者だが、れっきとした選手だ。女子の日本代表チームにもいた事でキャリアは十分。しかし入団させたのはGGだからだろう。彼女は公式戦には出場しない。しかし今日のような試合では正に真価を発揮する。女子を入団させた事に批判の声もある。だがGGは「イロモノ」と「実力派」という二面性をしたたかに使い分ける。安祐美の登場に大きな拍手を送る観客。「まだノーヒットなんです」と欽ちゃん。これが今日の試合の大きなポイントになる。今日は六番セカンドで出場。元気な声がひときわよく響く。

弁当に社会人野球のクラブチームが登場するのははじめて見る。

 相手は秋田県内のチームから選抜された「秋田連合」。都市対抗に出場した経験のある選手もいる、それなりの野球選手の集まりである。欽ちゃんは野球を使って何か面白い事をやろうとしている。昔イベントで見た余興試合は一挙一投足が「おふざけ」だった。それは単純にコミックショーとして受け入れられるに十分なものだった。しかし「現実の野球」にどう「笑い」を絡めるか。そのさじ加減は結構シリアスな問題だと思う。例えば一つのコマにギャグ漫画と劇画のキャラを一緒に収めたらギャグになる。創作の世界はそうでも、現実の世界でそれをやると、「お笑い」と「真剣勝負」が他人行儀に並ぶだけで、何の相乗効果も生み出さない恐れがあるような気がする。欽ちゃん、どう出るか?
 先発・山本肱平の速球、スライダーが淡々と決まる。普通の野球だ。秋田連合の一番後藤を遊ゴロに打ち取る。これを太田、トンネル...。
「ウケ狙うなよ!」と欽ちゃん。選手をいじる。ありがちなアクションではあるが、なるほどと思った。野球には「野次」がつきものだ。その中には絶妙なものもあって、野球をとりまく、大げさに言えばひとつの文化になっている。それを欽ちゃん名義で、音響設備を使ってやれば、確かに野球に直接手を下さず場を沸かせる事ができる。

「米」を模った屋根。

 しかし、観客が「欽ちゃん球団らしさ」を求めている以上、試合そのものに干渉しなければならない部分もある。非公式戦とは言え、現役の野球選手の集まりだ。その中でギリギリ許される範囲で、本領を発揮するのが、片岡安祐美である。
「まだノーヒットなんだよな」言っていたのが伏線だった。第1打席で四球を選んだ後の、2打席目。投手は都市対抗出場経験もあるTDKの津口。0-1から2球空振り。明らかに振り遅れている。だから後ろにファールが飛んだだけで場内が沸く。なるほど興行としては彼女を入団させたのが正解だ。この球なら打てるだろうという津口の判断か、高目の甘いストレートをセンター前にクリーンヒット。大喜びの欽ちゃん。一塁で安祐美と握手。観客も大喜び。結構歴史的な瞬間かも。欽ちゃんとしては大いに津口を冷やかしたいところだったろうに、二人の対決には一切口は挟まなかった。だが後で「打たせてくれた津口君の優しさが好きだな。ウチに来ない?」。すると場内アナウンスが「津口君、後で履歴書を持っておいでください」。
 その後のやりとり。

アナ「監督は津口君のTシャツにサインを入れてください」
欽ちゃん「監督に命令するのか?」
アナ「入れてください」
欽ちゃん「歳はいくつだ?」
アナ「入れろ」

片岡安祐美。小さい。

 安祐美から津口にTシャツが渡される。これを書きながら思ったが、いわゆる「アドリブ」を、立派な野球場でそれなりの観客を集め、監督とウグイス嬢(男だが)がやっているという事だから、結構大がかりなギャグなのではないか。しかし野球選手にはちゃんと野球をやらせ、その領分には極力立ち入らない。常に空気を読みながら、どこでアクションを起こすか、芸人の勘で動く。冷静に見ると、流石。
 むしろ、本職の監督にも、場を盛り上げるセンスという部分で見習うところがあるような気さえした。五回の終了時はグラウンド整備をするおじさんをいじる。普段の野球では誰も気に留めないようなシーンも活かす。
 秋田連合がようやく1点を返すと、GGが得点するよりも結構観客が沸く。そう言えばGGはアウェーという立場だった。しかしそれをすっかり忘れる程、押している展開ではある。今日のような「花試合」で本領を発揮するGGではあるが、ちゃんと実力のあるところは見せておかないと、それこそイロモノ扱いになる。イロモノをやるために、強くなければならない。だからこそ彼のような選手を送り込む事もできる。

「竿灯」を模った照明塔。

 代打・山本圭壱。正真正銘の「お笑いタレント」である。しかし本格的な野球経験のある彼はこのチームにうってつけだった。安祐美以上に大きな歓声を受け、バットを折ったような音を残すもライト前にポトリ(投手はユーランドクラブ・湊谷)。更に三盗を決め、お笑いでこれだけ客を喜ばせた事はないのではないかというほど、大きな山本コールを誘った。
 試合後「秋田が好きになってまいりました!」と山本。ムードは最高の秋田の夜。笑いと真剣勝負は同居できるのではないか?と僕は一瞬思う。しかし翌年、彼は遠征先で地元の17歳の少女を「暴行」するという事件を起こし、チーム解散の危機を招いたあげく、チームを去る。欽ちゃんは、一度は本気でチーム解散宣言を出した。そして山本に言った。「お笑いやってんだから悲しませるなよ」
 欽ちゃんが「やろうとしている野球」の過程で、そんな事件もあった。しかし、それが不可能でない事を、チームを去る前に見せたのは山本自身でもあった。
 野球は「人間」が出る。だから真剣勝負で一級のエンターテイメントにもなるし、コミックショーのようにもできるし、それらをお好みで調合する事もできる。野球という素材だけが持つ、強度と柔軟性である。(2005.8)

[追記]
 考えてみれば真剣勝負と見世物要素(言葉は悪いが)が同居するコンテンツというと、プロレスという大先輩がある。プロレスはその2つの「境目」の判断を観客に委ねるというスタイルだったと思うが、欽ちゃんのやろうとした事を突き詰めると「プロレス」に行きつく気がする。ただ、それを追求するにはJABAはあまりにも堅い組織で、そこに限界を感じたのかもしれない。だから関西独立リーグのような「アマチュアの独立リーグ」(あえてそう言う)を作って自分たちがやりたい野球をやる、という道もあるように思う。
 ところでギャグを冷静に解説するという行為は、4コマ漫画のあらすじを説明するようなもので据わりが悪く、ほどほどにしておこうと思う。


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