野球紀行/奈良県最強はどこだ? ~橿原球場~
ベンチから「よっしゃ、行こか!」という掛け声とともに飛び出す選手。ホームベース前に整列すると、赤いユニホームと青いユニホームの対比が面白い。赤はミキハウス、青は大和高田クラブだ。
11月中旬ともなると奈良はかなり寒い。しかし乾いた強風もなく、適当に湿気を含んだ、気持ちが引き締まる心地よい寒さだ。「よっしゃ、行こか!」の掛け声が、その寒さの中、一層心地よく響く。
普通の野球ファンは、この時期に野球をやっているとは思わない。「プロ野球が終わった後の野球」を象徴するシーン。この時期にまだ野球を観ているという快感。そう思うと、この寒さも快感だ。
県のアマ野球を代表するこの両チームが行っているのは、ある大会の決勝なのだが、この大会というのが、他にはあまり見られないユニークなもので、他県の熱心なアマ野球ファンから見たら、ちょっと羨ましいかもしれない。大会名は「第五回奈良県知事杯争奪」というありふれたものだが、県下の大学、社会人合同で行われるという所が面白い。都道府県の枠で大学と社会人合同で行われる大会は奈良県以外にもあったと思うが、僕の知る限りではそんなに多くない。同じ事をもし東京でやったら、早大や明大、NTT東日本や東京ガスといった全国レベルの強豪が一同に会するわけで、地元東京のみならず球界全体のちょっとした注目を浴びるだろう。
奈良県だからできるのかもしれないが、大学と社会人合同による大会がある事自体、遠くからわざわざ来たくなるほど、僕にとっては面白い。事実、この決勝の組み合わせも面白い。ミキハウスは県で唯一の企業チーム。プロ野球選手も輩出しており、高校野球には智弁や天理など強豪を抱えるものの、大学以上では特に目立った存在のない県においては「優勝して当たり前」的な存在と言いたいところだが、ここに是非、そのミキハウスとまさに「決勝」というシチュエーションでやらせてみたいチームがある。それが大和高田クラブである。
大和高田クラブは、今年のクラブ選手権も制し、僕が贔屓にしている全足利に代わり、最近クラブ界のトップに君臨しつつある存在。クラブの強豪なら当然、企業の中堅どころとやらせてみたい。都道府県の枠で考えると、例えば千葉県なら国際武道大と新日鉄君津とか、宮城県なら東北福祉大とJTとか、対戦させたい組み合わせは色々思い浮かぶのだが、奈良県内の大会でそんな組み合わせを見れるのだから、来たかいがあったというものである。
我が全足利よりも強い大和高田とはどんなチームだろう。先発の山下は、テークバックの時にグラブの手が利き腕と同じ方向に動く、以前ファイターズにいた山原和敏を左にしたような投手。ストレートは早く、スライダーも良さそうな感じだ。初回、ミキハウスの攻撃で一番大江を投ゴロに打ち取ると、下柳田をスライダーで即2-0と追い込み、一球遊んでインハイを詰まらせ左フライ。岸江はスライダーを詰まらせ三フライ。いかにも、という感じの、これ以上ない快調な滑り出し。三年連続でこの大会を制しているミキハウスを破る事を期待させるには十分だ。
ミキハウスの右腕・内山も速い。しかし二番米田が2球目ストレートを強打。左へ高く上がった打球は先制ソロとなった。企業とクラブでは何となくクラブを応援する僕の期待が高まった。そう言えば、クラブが企業に勝った試合など観ていない。しかし今日は、この時点で(クラブが)勝てそうな、強い予感がした。簡単には勝てないものの、最後には勝ちそうな、確信はないが強い予感である。
ふと、なぜ僕はクラブチームを応援するのか、と思った。企業チームは企業の広告塔で、クラブチームは地域密着などと短絡的に考えているわけではない。企業チームが地域貢献していないという事はないし、広告塔だとしても、企業が売名をするのは当たり前で、その効果があるからこそスポーツに投資をするのであり、その有難さがわからない選手もいないだろう。
投資。そう結局は野球をやる上で企業チームに較べて不利な条件下で頑張っているという一点に共感するのである。もっとも、企業チームと同じ土俵で戦えるレベルだからこそ「不利」と言えるのだが(元からそのレベルになければ有利も不利もない)。
そんな共感も、ゲームという現実にいつも萎えてしまっていたのだが、四球絡みで満塁になり、心なしかフォームが縮こまっているように見えた内山へ一番大屋がピッチャー返し。これがセンターへ抜けてまた1点。このピッチャー返しをサッと処理できなかったところに、内山というかミキハウスが大和高田に結構プレッシャーを感じているのではないかという感触があった。僕は、満塁になったら開き直ってバッター勝負、とたまに考える事があるのだが、ミキハウスのディフェンスにそんな感じがしない。「強い予感」の、根拠をあえて言うならそんなところだと思う。
急に寒気がしたかと思ったら小雨が。観客は皆屋根の下に。僕の周りには第一試合の3位決定戦に勝った天理大の選手が集まって来た。好投を続ける大和高田の山下を「速い」「普通」とか評している。二死満塁から押し出しで2-1とされるが、次の打者を外角ハーフスイングで三振に。打たれる時は打たれるが、三振もとる。自信を持って勝負している感じがする山下。クラブという先入観で見ると、頼もしく見える。
内山はせっかく良くなってきたと思っていたところ、ポテンヒットやスクイズであっさり2点を失いサイドハンドの米阪に交代。バントやスクイズが簡単に決まってしまう。代打山内の右前タイムリーでまた1点。代走に泉が登場すると、天理大の選手が大拍手。後でメンバー表を見ると、天理大のOBらしい。その他にも大和高田に点が入ると拍手をする観客が多い。結構ファンが来ているようだ。
六回、一死一塁で好投していた山下に代えて小林。エラーとヒットで1点を失い、満塁のピンチを招く。三番岸江をなんとかゲッツーに取るが、何となく試合のテンポが遅くなったような。投手のテンポは試合に出るものだと思う。
山下を見た後ではひときわ危なげある小林。やはり簡単に企業には勝てないか?一死から四球で満塁。一打同点のピンチ。2-3から四球を出すのだから苦しいには違いない。ピンチでまた岸江。ヒヤっとする左フライ。しかしタッチアップ本塁憤死。苦しい場面が続く。もう一息で、初めてクラブが企業チームに勝つところが観れるのに。
しかし小林の長い投球間隔が、最後は頼もしく見えた。九回は四番田中に低目、低目で2-3から今度は力のある球が。空振り三振。五番柏野、落ちる球を空振りで2-1。手が出なさそうだ。もう1球落としてもいい。で、やっぱり落として見逃し三振。六番谷村にも丹念に低目、低目。2-2からしびれを切らしたか、おっつけて中フライ。僕が観た、クラブが企業に勝った初めての瞬間である。
実はこの試合、ネット裏の放送席で、地元のテレビ中継の実況を行っていた。放送席と言っても客席に設置された急ごしらえのもので、彼らの話は普通に聞こえてくる。観客の中にアナウンサーと解説者がいるという臨場感。小さい大会ならではの味わいと言える。
そんな、地元が野球を地道に支えている地域で、全国では無名のクラブチームが「じわり」と出てきた事を報告しておきたい。この大和高田クラブは、地元の企業から結構大きな支援を受けて活動しているチームなのだという。それは、クラブが名実ともに、認められているという事でもあると思う。これから社会人野球チームの新しい形態を確立してくれる存在になるかもしれない。よって野球ファンは要注目。(2001.11)
[追記]
ミキハウス野球部は都市対抗出場を果たしながら企業チームの常で一度廃部になったが、その後2018年に企業チーム登録で復活している。なかなか異例な事だった。
チームから初のプロ野球選手となった吉崎勝投手の事はドラフト当時日ハムファンだったので「ミキハウス」の名前とセットで覚えている。
大和高田クラブは2010年、都市対抗本大会に出場し、企業チームの継承でない、純粋なクラブチームとしては昭和26年の「札幌スターズ」以来(指摘歓迎)の1勝を挙げた。
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