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野球紀行/今年の若鷹軍団 ~福岡ドーム~

 地下鉄の唐人町駅から福岡ドームを目指して歩いていると、質素な民家の向こうに突如、巨大なドームの屋根が現れた。東京ドームと違う。
 つまり、周辺の施設も含めて何だかピカピカしている東京ドームとの違いである。東京ドームがそんな感じだから、僕の「ドーム」のイメージは常に電飾で輝いているのだ。しかしドームと呼ぶにはあまりにも重厚というか、まだ10年目とは思えない、浮ついた感じのない、コロッセオのような風格があるのには驚いた。なるほどこういう「ドーム」なら東京にあっても歓迎できる。
 しかしここは福岡。ダイエーホークスの地元だ。ドームはホークスのもの。地元ファンの声援もホークスのものである。
 それにしてもこの状況は極端だ。レフトの一箇所にファイターズの応援団のような一団がある以外は、ずーっとホークスファンが集まっているのだから。優勝の可能性がほぼなくなったせいか、結構空席も目立つが、よくパ・リーグでこれだけ客を呼べるチームになったものだ。僕自身、前売り券で野球を観るのははじめての事。なにしろ今のホークス戦は当日券では入れないと聞いていたから(実際は昨日の北九州市民球場も当日券で余裕で入れたのだが)。

ホークスファンでびっしり。

 試合開始時点で外野は満杯。その他は4分ほどの入りか。「寺原弁当」を「野菜が足りないな」とか思いながら食べ、ホークスのスタメン発表を聞く。音楽や映像がやたら仰々しい。試合前からひっきりなしに「♪若鷹軍団~」が流れ、洗脳されそうになる。先発はホークスが若田部、ファイターズは正田。ちなみに両チームを取り巻く状況は、ホークスは秋山幸二が引退を発表したばかり。ファイターズは親会社の牛肉偽装事件で大社オーナーが辞めるか辞めないかという問題の渦中にあった。
 ファイターズの弱さというのは、ファンをやめた後でさえ見ていると腹が立つ。「札幌移転が刺激になって健闘している」とどっかの評論家が言っていたが。昨日の試合などは試合というよりホークスの打撃練習だった。今日も三回で勝負は決まった。一死一、三塁から出口がレフト前タイムリー。大越初球を打ちセンター越え2点タイムリー。漠然と「正田、いい所に球は行ってるな」と思うものの「だから何だ」という感じの打たれっぷりである。小久保タイムリー。早いカウントから打ちにいく。松中も続く。一発を狙わずに攻めるホークス打線。大道アウトローを狙い撃ち。これでKO。

試合前から行列。

 それに加え、ドームはホークス一色だから、まさにホークスの世界である。時間はかかったが、強豪と呼べる球団になった。ただ、多くの人がホークスの成功を、「福岡に移転したから」だと思っているようだが、僕は単純にそうは考えない。
 福岡という土地柄が大きく影響した事は確かだが、「強いホークスが復活した」という結果を前提に推察するならば、「大阪ダイエーホークス」でもかっての盛況を取り戻す事は十分できたと思う。
 なぜなら、かっての南海ホークスは阪神タイガースと関西の人気を二分する存在だったからだ。そして、ホークスが長い低迷期に入った78年から見て、それは当時のファンがすべて隠居するほど昔の話ではない。ブレ―ブスやバファローズは元々人気面で下地をもっていなかったが、ホークスにはその下地があったのである。下地とは、あるキッカケを元に一気に芽を吹く土壌であり、「元々の人気」などと言い換える事もできる。そういうチームが移転しなければならないのは悲しい事ではあるが、ダイエーホークスにしろ西武ライオンズにしろ、そういう「下地」が移転後に開花したと言える。

グッズをぶら下げながら売る。結構絵になっている。

 即物的な考え方をする人達や、末期の南海時代しか知らない人達はよく、「関西にはタイガースがあるから」と言うが、当時からプロ野球を観ていた僕は、南海ホークスがタイガースの存在のせいで人気を失ったわけでは決してない事を知っている。もしも買収当時のダイエーの財力で、大阪に新球場を造り...などと想像してみたが、福岡により大きなビジョンを描き、低迷期を耐えて結実したダイエーホークスの努力は評価しないといけない。
 ファイターズは六回にオバンドーのタイムリーで1点を返す。その裏城島のヒット性の当たりを田中賢介が好捕。球場全体がため息で満たされる。しかし、今日に限った事なのかもしれないが、相手選手を口汚く罵るような手合いはいない。太平洋クラブからクラウンライターの時代、メディアを通じて得た福岡のファンのイメージは特に悪かった。試合に負けると相手チームのバスを取り囲むとか、外野席からグラウンドに小便をするとか。それがどこまで本当だったのはわからないが、本当だったとしたら大変な気質の変化というか成熟度である。チームは強く、ファンはマナーが良いのなら完璧ではないか(ただし、チームが再度弱くなるとどうなるかわからない)。

こういうオブジェも様になるチームになった。

 ただ、地方であるがゆえに画一的である。ある人はそれを地域密着とか地元の熱気などと表現するが、基本的に人種のるつぼであり、野球ならば巨人ファンばかりではなく、ブルーウェーブやカープ、果ては韓国のサムスンライオンズのファンがいても少しも不思議ではない東京という雑多な都市の人間には若干居心地が悪い。あらゆる娯楽がひしめき、競争の厳しい東京に清新かつ強豪で、それでいて普通に人気もあるチームが存在する事を望む僕でさえ、ここまで全体が統一されていると少し抵抗を感じる。地元の熱狂的な支持というものに好感を覚える反面、「地元のチームを熱狂的に応援する」以外のスタンスで野球を楽しむというごく普通の価値観が入り込む余地もないような...。
 とっくにファンをやめたはずのファイターズだが、昨日に続くやられっぷりにそろそろうんざりしてくる。もう出ようかとも思うのだが、せっかく来たのだから最後までいるべきだ。もう八回。もうすぐ終わりだが、4人目の芝草が松中、城島に立て続けに一発を浴び、試合を長引かせる。最後がやたら長い。

ここまで外野フェンスを高くしないで欲しい。

 ようやく終わり、福岡ドームを出てからもしばらくは「♪若鷹軍団~」が頭から離れない。頭から離れないというより、普通に抵抗なく心の中で歌っているのである。僕も洗脳されかけた。狭い日本で、これだけ街が一色に染まるのは、やはり中央から離れ、かつ独自の発展をしてきた地方の大都市だからだろう。東京と地方。福岡に来ただけではわからない事が、福岡ドームに来るとわかる。自分が東京の人間であるという事が。
 少し離れた場所から改めて福岡ドームを見ると、本当に凄いものを造ったものだと思う。本当の意味での「自前の球場」。そして王監督の招聘。98年にはじめて優勝を狙える位置に来て、ようやく結実した。チームが器に追いついたのだ。その矢先、親会社がチームを維持できずにチームとドームを売りたいと言う。羨ましい反面、気の毒でもある。
 しかし、経営が変わっても常に強く魅力あるチームであれば、少なくとも福岡がホークスを失う事はないと思う。福岡とプロ野球のために、この場所で、熱戦の舞台であり続けて欲しい。
 ふと、西武ライオンズがその福岡から関東に移り、やはり黄金時代を築いたチームである事を思い出した。ホークスが大阪を去った時も、ライオンズが福岡を去ったときも、たくさんの人達の悔恨があった。福岡の人達は二度とチームを失いたくはないと思っているだろう。それがホークスへの声援に少なからず反映されている筈だ。今日はそれを直に感じた。ライオンズを受け入れた立場である僕に、福岡という街が、何かを示唆しているようだった。(2002.8)

[追記]
 1989年に誕生した福岡ダイエーも、10年近くは南海時代の低迷を引き継ぎ、なかなか人気が盛り上がらなかったが、親会社の景気の良さから金払いは良く、悲壮感はなかった。ようやく優勝を争える位置に来たのと反比例するように親会社が傾く皮肉。2004年の球界再編騒動ではロッテと合併させられそうになりながらソフトバンクが買収。魅力あるチームを作ってきたからこその救世主登場だった。
 既に楽天よりも短い歴史となったダイエー時代だが、プロ野球とホークスにとって非常に重要な役目を果たした。

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