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野球紀行/湘南シーレックスの挑戦 ~横須賀スタジアム~

 スタンドに一歩、足を踏み入れる直前、異様な空気を感じた。入るなり先発の戸叶があらん限りの罵声を浴びていたのだ。それもそのはず、まだ一回の表なのに、もう6点取られていたのだから。
 それにしても、ファームのファン層はいつからこんなに熱くなったのか。これまで色んなファームのゲームを渡り歩いてきたが「勝たなきゃ許さない」という殺気が漂うようになったのはごく最近で、しかもこの横須賀スタジアム特有のものに思える。その兆候が表れはじめたのは、たぶん97年に追浜公園野球場が横須賀スタジアムとして生まれかわり、ベイスターズのファームが平塚から移ってきてからである。ベイスターズは当時から「ファームの独立採算」という事に関心が高く、地元商店街とのタイアップなど地域密着戦略に積極的だった。
 東京の隣県はみな「ベッドタウン」などと呼ばれるが、世の中、そんなに冷めた人間ばかりではない。素直に皆が都心ばかりを向くわけではない。地元のファンは少しづつベイスターズのファームを「地元のチーム」と認識するようになり、スタジアムの雰囲気も徐々に変わっていった。その流れの一つの結果が「湘南シーレックス」の誕生である。

追浜駅前には常にシーレックスの日程を掲示。地域密着の基本である。

 横浜ベイスターズは2000年よりファームチームの名称を「湘南シーレックス」に改称。目的は地域に根ざしたチーム造りと、これまで営業面では存在意義の薄かったファームに営業価値を生み出すことにある。「名前を変えただけで、独立採算というわけではない」という誤解もあるかと思うが、球団内に「シーレックス事業部」を設け、基本的に人件費以外は独立採算らしい。ちなみに Searex の sea は海、rex はラテン語で「王者」。つまり Searex は「海の王者」という意味である。こういう説明が必要な造語は個人的には好きではないが、語感は悪くない。
 日本球界初(厳密には初ではない)のこの試みは、早くも一年目に成果を出した。横須賀スタジアムでの2000年度観客動員数33,812人は前年度と比べて11,244人もの増加。収支決算の方は、入場料、広告収入を合わせた1億円に加えオリジナルスポーツ飲料の売上が3千万円。総額1億3千万円で、目標の1億円を上回った。ファーム独立採算のモデルケースとして、まずまずの成功と思われた。

売店は球場の外。以前食べ物を物色していたら「このパンは森中投手も好きなんですよ」と言われた。

 ただし、そうなるとファンのチームを見る目も変わってくる。これまでの「若手の成長を見守る」というノリではなくなってきているのだ。しかも9月末のこの時点でシーレックスは46勝47敗2分の3位。Aクラスを賭けてまだ緊張感が続いている状態なのだ。そんな状況で初回に6点も取られたら ファンは怒る。二回も戸叶続投。「まだ投げるのか、もういい引っ込め!」と罵声が飛ぶ。もし戸叶が「自分は本来一軍の投手で、ここは調整の場」などと考えているなら、考えを改めないといけないし、「ファームの優勝など意味がない」と言い続けて来た人達も、認識を改めるかもしれない。
 四回、五番ファーストで出場の駒田、巨人先発・小野の2球目、高目のストレートを叩きつけ一、二塁間を抜く。大きな歓声が上がる。ここで代走川端。僕が生で観た最後の駒田のプレーだった。小池のゴロで川端三塁へ。代打宮内のフライでやっと1点。田中一のレフト線三塁打は何とも速い打球。石井義、福本が続き、計3点を返し、試合になってきたが、雨足が強くなってくる。

売る人。

 雨というと湘南の海が凄く似合いそうだが、はて、横須賀は「湘南」だろうか。
 僕の認識では「湘南」とは鎌倉、藤沢、茅ヶ崎、平塚の4市である。これを西に許容範囲を広げるなら大磯町、二宮町あたりまでとなり、東に広げるなら「三浦半島の相模湾側」も含まれる。そう言えば逗子や葉山も湘南と呼ばれていた気がする。横須賀市も相模湾に面しているので、その意味だと「湘南」と言えなくもない。しかし横須賀スタジアムはハッキリ言って東京湾の側にある。どちらかと言うと三笠公園とか、どぶ板通りとか、いわゆる横須賀の名所と同じエリアで、湘南とはちょっと違う気がするのだが、その事で特にクレームがあったという話は聞いた事がない。上手く湘南ブランドを手に入れたといったところか、それともファンにはどうでもいい事なのか。もし前者ならば応援スタイルなどに「湘南色」を出したり、湘南ブランドを主張しても良さそうな気がするが、名物「爆星会」の賑やかな応援スタイルは以前と変わらない。

管楽器OK。

 五回、センター前ヒットで出塁の相川が二盗。小池が四球で反撃のチャンスが続く。投げにくそうな小野だが宮内を三振にとるも田中、二塁越えタイムリー。2点差に追い上げる。鎌ヶ谷では管楽器は禁止されているみたいだが、ここでは良いらしいので、おそらくシーレックスの応援団がイースタンリーグ一賑やかだろう。湧きあがるスタンド。その様子は日本プロ野球の伝統的応援スタイルと何ら変わらず、特に「湘南カラー」を意識しているわけでもない。スタジアムの方はイニングの合間にサザンを流すなど、湘南っぽさの演出に力を入れているようだが、ファンの方はわかってないというか、どうでもいいというか、端から見ていて何となく痛快である。ただ、一人ガラの悪い客がいて、巨人のキャップを被っている子供を「ガキ、そんな帽子被ってんじゃねえよ!」などと脅していたが、これは悪い方の「湘南カラー」と言えなくもない。こういう客は何かしら問題を起こして球場からマークされているか、これからされる筈である。

名物カレー。「葉山牛」を使っているらしい。ちなみにこの写真を撮る直前、デジカメを落として電池蓋を壊してしまった。デジカメを買い替えるキッカケとなった記念すべき一枚。

「湘南」を主張したい球団と、伝統的応援スタイルで盛り上がりたいファンとの意識のギャップが何となく可笑しいが、ともかく湘南シーレックスの出現はこれまでの「二軍戦」の雰囲気をガラリと変えたと言って良い。
 追いすがるシーレックスだが、やはり最初の6点が痛い。七回には渡辺のライナーをセンター田中充、なんとか追いつくがコケそうになり落としてしまう。これで2点追加、ほぼ勝負あった。九回、小池が河本から左へライナーで飛び込むホームランを放つが、及ばなかった。
 結局シーレックスは惜しくもAクラス入りを逃すのだが、総じては「あの弱かった"横浜のファーム"が」と言わせるには十分な戦いぶりだったと言える。「先駆者」が最下位では格好が付かないが、4位という結果は「先駆者」としてまずまずだ。
 今後、シーレックスの後に続くチームが出現するかもしれない。イースタンリーグで言うと、ライオンズはファームの独立採算には興味がなさそうだが、スワローズ、マリーンズに未知数の楽しみを感じない事もない。ファイターズはやりたくてもできないらしい。では巨人は...。
 可能性どころか、巨人のファームが「巨人」の名を捨てたら、「巨人」の名を使っての商売ができなくなる。だからそれだけは考えられない。「巨人のファーム」こそがシーレックスの理想と対極にあるものなのだ。つまり今後は単なるチームという枠を越えた、理念と理念の対決としてこの両者を見守らなくてはならない。これからこの対決は、今後プロ野球がどうなっていくかについて、その経過を示してくれる筈である。
 では現状はどうだろう。当然「巨人ファン」の絶対数は多い。しかしスタジアムという現場では半数以上をシーレックスのファンが埋めている。東京近郊の街で、これは凄いことなのだ。ただ、その凄さに多くの人が、当のシーレックスのファンでさえ、実はまだ気づいていないのである。(2000.9)

[追記]
 結局「シーレックス事業部」は2004年には解散し、以後は単に一軍と名前が違うだけ、という存在となり、ベイスターズを買収したDeNAも「湘南シーレックス」を引き継ぐ事はしなかった。
 本来の意味でのファームの「独立採算」とは、やはりファームの運営というか経営を「別の会社」に託す、という事ではないだろうか。つまりファームチームが独自のオーナー(親会社)を持ち、球団も独立した法人格を持つ。一軍二軍ではなく「業務提携したパートナー」という関係で球団(大きい意味で)を運営する、と。
 シーレックスの意思を引き継ぐ球団は永らく現れなかったが、ついに2024年より「ファームにのみ参戦する」という2球団が新潟と静岡に出現した。もしこうした試みに「次の段階」があるとしたら、既存球団との業務提携とか、エクスパンションが実現した時だろう。その時に「湘南シーレックスの挑戦」が前史として語られれば、と思う。

 石井義人は後に西武で中軸打者として活躍。相川亮二はFA権を行使してヤクルトの正捕手になった。

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