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野球紀行/アルペンスタジアム初登頂 ~富山アルペンスタジアム~

 目の前に田んぼ広がっている。その向こうにアルペンスタジアムの威容が見える。グリーンのイメージが強いスタジアムなので、アイボリーの外観は意外。しかし清潔感があって、周りの田んぼからもそれほど浮いてない。しかし広大な田んぼの中にこれだけ立派なスタジアムだから、やっぱり浮いている。
 JR北陸本線・東富山駅前。県都から一駅離れただけでこの静けさだから、やっぱり地方だ。プロ野球のある日は富山駅から臨時バスが出ているのだが、時間があるので、普段地元の人達がとっている方法でアルペンスタジアムまで行ってみることにした。そういう事をするのが、僕の考える「旅」なのだ。つまり東富山駅から歩くのである。だいたい20分くらいと聞いていたが、僕の数少ない取り柄の一つに「健脚」というのがあって、歩いて20分くらいは不便の内に入らないのだ。しかし見た感じでは10~15分くらいの距離に見える。本当に20分もかかるのだろうか。

巨大なスタジアムも、広大な田んぼの中では「ポツン」と見える。デジカメだとこの通りだが、実際はもっと近くに見える。

 駅と球場をダイレクトに結ぶ道はない。田舎では道そのものが限られているのだ。歩いても歩いてもなかなか球場に近づかない。それどころか、歩くほどスタジアムが遠ざかるような気もする。なるほど、これが20分かかる所以か。実際は25分くらいかかったかもしれない。ようやく辿り着いたという感じで、アルペンスタジアムの正面に立ち、その威容を見上げる。人口31万の富山市で、よくこれだけのスタジアムを造ったものである。アイボリーの落ち着いた外観は、ケバくなく、いかにも公設という感じのそっけなさもない、堂々としたもの。中世の競技場のような趣を感じさせる。しかし、周りに広がる一面の田んぼを見ていると、PHSの圏内なのかどうか不安になってくる。今日は、結構大きな野球観戦サークル「D会」のFさんと一緒に観戦の予定なのだ。
 以前、千葉で一緒に観戦した人物なので面識もあるし、野球を観るためにこんな所まで来る酔狂なところなど共通しているので、さほど緊張感もない。後で聞いた話だが、「野球を観るために来た」とホテルの人に話したら、半分呆れた様子だったという。
 しかしPHSが...よかった、通じた。Fさんは右翼席スコアボード寄りにいる。内野が指定席しかないらしいので、外野席での観戦。この辺は、お互い異議無しだ。

外野の方が良く入っている。内野が指定席4,000円しかないのは困りもの。

 D会では、地方試合はホーム側で観るのがしきたりだそうで、Fさんも右翼席にいたわけだが、左翼席の方が空いているので、移動しましょうと誘った。確かに左翼の方が空いていて観やすいのだが、まあ、ファイターズ側に引き込みたかったというのが本音である。そう、僕は珍しくファイターズの一軍の公式戦を観に来ているのだ。
 なぜ普段一軍の試合を観ないのかという事についてはたまに聞かれるのだが、僕は「プロの一軍」とその他とは完全に分けて考えている。アマはレベルが低くても、ゲーム自体が面白ければ良し、プロのファームの試合なら何か収穫があれば良し、としているのだが、プロの一軍の場合、「高いお金を払って観る価値があるかどうか」についてはシビアに見る習慣がある。そしてこの時点でのファイターズを僕は「見る価値なし」と判断していた。ワイドショーのネタが変わるよりも早く崩れる先発投手陣。「○球KO」などという記事を何度見せられた事か。この時点ではいくらか持ち直してはきたのだが、もう一つだ。
「そういう時こそファンが球場で一生懸命応援するべきだ」という意見は理解できるし、一生懸命応援してやれば良いとも思う。

少数派のファイターズ応援団。内野にも一団がいて、外野との連携プレーを見せる。

 しかし我々一般人が、自分の仕事が振るわない時、クライアントが「応援」などしてくれるだろうか。ましてや彼らは我々とは桁が違う高額所得者だ。ナメた試合をされたら怒って良い。
 だから今日の試合も、ファイターズ戦を観に来たというよりは、「アルペンスタジアムに来た」「外野席で野球談議をしに来た」という趣旨が強かった...などと自分に言い聞かせても、相手チームのホームランボールが眼前に迫ってくる瞬間というのは嫌なものである。二回裏、ブルーウェーブ藤井の先制2ランだ。これが味方のホームランだったら、正に「外野で観る野球の醍醐味」というやつなのだが。
 普段「内野席の安い方」で野球を観る事が多い僕には、外野席というのは非日常的空間に思える。ゲームの核であるバッテリーから一番離れている上に、応援団がおり、さらに他の観客も多くて賑やかであるため「観察」的な見方にはあまり向かない。しかしグループで単純に楽しんだりする分には、うってつけの空間と言える。同じ野球場でも、ネット裏、内野の金持ち席、内野の庶民席、外野ではそれぞれ違う世界なのである。しかし外野では細かい部分がよく見えない分、話の方に神経が集中する。

グッズ売り場の賑わい。外の盛り上がりを見ると、中も満員なのだろうと錯覚する。

 Fさんは僕より10歳ほども若いのに、プロ野球について感心する程よく知っており、ディープな野球談議に飢えていた僕には、その渇望を満たすには十分な話相手になってくれたと思う。今のプロ野球、昔のプロ野球、野球そのものの事、野球の周辺の事、野球の歴史...。およそ「野球の話題」と言える話には一通り及んだのではないだろうか。彼は野球に限らず「歴史」というジャンルが好きなようなので、さすがに大昔の事もよく知っているのだが、歴史好きの人というのは、「歴史」と呼べるほど昔とは言えない程度の時代の事は意外と知らなかったりする。その辺りの時代の話題を振ってみたりするのも面白かった。
 四回にまた藤井に一発。五回にもエラーで1点を失うファイターズ。先発の岩本、マウンドを降りる。これで5-1。こちらは拙攻の連続で「ナメた試合」になってきた。一軍の試合はやはり精神衛生上よろしくない。連れがいるのでかろうじて精神の平静を保つ事ができるのだが。
 試合はこのまま6-2で敗戦。伊藤、生駒といった若手が好投してくれたのが救い。実はこの試合、イチローにとって初の長期離脱につながる死球による負傷退場という事件付きであった。

言わずと知れた外野のカメラ。

 Fさんは富山駅との往復バスの切符を持っていた。僕も、さすがに暗くなってから東富山駅まで歩く気はなかったので、バスに乗った。それにしても「アルペンスタジアム」って良いネーミングだと思う。最近、野球場に地域の特徴を表す愛称を付けるのが流行っているようだが、地域性もあり、競技場の持つ威厳を損なわず、雄々しさも感じるという点で、ネーミングの良さではベストに挙げたい。
 バスの中でもD会のビジョンとか、鶴岡ドリームスタジアムとか、短い時間で色んな話が出てきた。富山駅に着くと、僕の感覚ではまだ宵の口なのだが、もう街がひっそりとしていた。Fさんも安い宿を探していたようで、一緒に付いて行くと、僕のホテルとかなり近かった。食事でもしたいところだったが、もう街が静まっていたのと、Fさんが早朝には発たないといけないということで、その場で別れた。野球は、野球が好きな人と観るのが一番だ。さて僕の方は、明日は大阪でまた濃い野球ファンと会う事になっている。(1999.8)

[追記]
 日本ハムの先発・岩本勉は達者なトーク術を活かして引退後はタレントとして活躍。文化放送で2006年から2024年3月までレギュラー番組を持っていた。タレントと言ってもスポーツ番組でのトークに徹する等節度を保っていた。
 当時ファンとしてもっとも期待していたのは生駒雅紀。ファームの試合では観客がしばし「惚れ惚れするな~」と言うほど良い球を投げていたが、2年後に引退。通算3勝9敗だった。

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