福神漬けと入道雲
突然ですが、皆さん
「福神漬け」と「入道雲」という単語を初めて聞いたのはいつですか?
はっきりと覚えている人はおそらくいないと思います。
私が、この二つの言葉を覚えたのは、幼稚園の年長さんの夏でした。
家族で行ったカレー屋さんのテーブル脇に置いてあった、白い陶器。
中を開けてみると、赤い食べ物がびっしり。
「これはなに?」と父に聞くと「福神漬けだよ」と教えてくれました。
「ふくじ…け、ふぐじんづけ…ふぐじんすけ…」
一生懸命唱えている間に、わたしは、新たな不思議な物体を窓越しに発見します。
「あれはなに?」
空の雲を指しながら聞く私に、父は「入道雲だよ、にゅうどうぐも」とわかりやすく発音しながら、教えてくれました。
「にゅーどーぐも」
「ふくじんづけ」と「福神漬けのイメージ」を必死に整理していた私の頭の中に、突然「にゅうどうぐも」が参入します。
少し長めの濁点のある言葉を二つ。空の雲の名前とテーブルの上のお新香の名前を娘に覚えさせるため、父がクイズを出し始めました。
「これは何?」
「ふくじんづけ」
「あれは?」
「に、にゅうどーぐも」
「こっちは?」
「にゅ、ふくじんづけ」
「あの雲は?」
「ふくじんづけ!え、ちがう、にゅーどうぐも!」
さて、わたしはなぜ、こんな昔話をしているのでしょうか。
オーストラリアでの生活が始まって一年以上が経ちました。
これまでの留学生活を振り返って、何度「英語が母国語だったらよかった」「オーストラリアに生まれたらよかった」と考えたかわかりません。
朝から晩まで英語を聞いて、話して、書いて、読んで、どれだけ日本語を生活の中から排除しようとしても、授業のdiscussionでは思うように発言できず、友達と映画を見ても笑うタイミングがわからない、ニュースに出てくる人と場所の固有名詞は知らないし、スラングと略語が送られてくるたびググらないと会話の内容についていけない。私の幼少期のテレビ番組(アンパンマン、プリキュア、ウルトラマン、ドラえもん、クレヨンしんちゃん、仮面ライダー、おかあさんといっしょ…etc) の中で共有できるのは、ジブリとディズニーチャンネルだけ。「菅田将暉」「志村けん」の話をできる人はいない。海外セレブは、まず名前が英語と日本語で発音が違くて聞き取ってもらえず、英語だと思っていた日本語のカタカナ外来語がフランス語、ドイツ語で全く伝わらない罠に何度もはまり、街中で大音量で流れる英語より小さく漏れ聞こえる日本語の方が断然聞き取れる。
留学の始まった頃は、正直、オーストラリアの文化の”当たり前”や”共通知識”を知らないことが怖くて、現地の学生の輪に入るのが億劫になることもありました。
”なんか芸能人の話で盛り上がってるけど、誰なのかさっぱりわからない”
そんな寂しい気持ちを抱えつつ、本当は知らないのに、知っているフリして会話に参加。
でもあるとき、「日本ではなにが流行っているの?」と聞かれて、
肩の荷がストンと落ちた気がしました。
私は、日本で生まれ育って、20年間、日本の文化に慣れ親しんできたこと、そして、オーストラリアにはまだほんの数か月しか滞在していないことに気づいたのです。
そして、考えを改めました。「そうか、知らなくても仕方ないのか」と。
「知らないなら、一つずつ覚えていけばいい」
それからは、現地の友達と話すときに、幼少期の思い出から最近のニュースの話題まで幅広く「オーストラリアの文化」について尋ねるようにしています。流行りのテレビ番組や、有名人、経済、政治、教育制度について、オーストラリアに生まれ育った同世代の子たちの経験や考えを通して、”私の(オーストラリアの)空白の20年間”を少しでも埋めることがいまの目標です。
あの夏の日から、15年。「入道雲」と「福神漬け」を呼び間違えることがもう決してないように、オーストラリアの文化の”当たり前”や”共通知識”も、一つ一つ知っていることを増やしていけたらいいなと思います。
ここまで読んでくださったみなさん、ありがとうございました。
Kunoichi
13/5/2020
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