連載小説 星のクラフト 9章 #1
「ここはもう中央司令部が用意したホテルじゃない」
ローモンドはクリーム色の羽根に向かって一歩踏み出した。
「そんなはずはない。お嬢様たちが用意したナビゲーションシステムに必要事項を入力して、ここに辿り着いたのよ」
私はローモンドの横に立ち、肩にそっと手を乗せた。きっと疲れているに違いない。何かの手違いで地球に来る羽目になり、突然ミッションの旅が始まったのだから。
「疲れてなんかいない」
ローモンドは私の内心に対して、肉声で応えた。
「だとしても、あまりの変化に興奮しているんじゃないかしら」
「そうじゃないの」
こちらをまっすぐに見る。「これはあの本が予言していたことに違いない」
「予言?」
「そう。予言」
ローモンドの目がきらりと光った。
「どんな予言なの」
「私達のこと」
「私達?」
思わず笑い出してしまう。「ローモンドはともかくとしても、私はただ、中央司令部の地球探索要員養成プログラムによって訓練されただけの、誰にも知られていない、今後知られることもない、ささやかな存在なのよ。私のことなんて予言されているはずがない」
「嘘だと思うのなら、車に戻ってナビゲーションがうまく作動するか確認してみて」
ローモンドの口調が急に大人びたように思えた。
「いいけど、どういうこと?」
「あるいは、スマホかパソコンでお嬢様たちと連絡が取れるかどうか確認してみて」
きっぱりと言う。
私はまずは手に持っているスマホを操作し、ローモンドに言われた通り、中央と接続できるかどうかを試した。
――できない。
「でしょ」
ローモンドが勝ち誇ったように言う。
「ここは電波が来ていないだけじゃない?」
「じゃあ、他のところに接続してみて。たとえば、ローランがいつも通っていたカフェとか」
――あ、接続する。
「でしょ」
さらに得意気に言う。
「どうなってしまったの」
「私が昨日のホテルの本棚で、あの分厚い本を発見した時、全てが変わってしまったの。もうローランは地球探索要員として派遣された存在ではなくなりつつある」
「本を見つけたから? そんなことで?」
「うん」
ローモンドは首を傾げ、「でも、もっと厳密にいうと、おばあちゃんが私をモエリスの代わりにここに送り込むことに成功した時、と言ってもいいのかもしれない」
「ということは、ローモンドがモエリスの代わりに私のところに来て、そして、こうして共に旅に出て、あの本を発見することが、あの本の中に書いてあるってこと?」
私の言葉にローモンドは大きく頷いた。
「そして、私達は中央司令部が決めたルートから離脱する」
「中央司令部が決めたルートって?」
「村ひとつ分の人間がいなくなったエリアを探すミッションに出掛けること」
「そのミッションを完遂するとどうなるの?」
「おばあちゃんが読んでくれた箇所には、その結果の記述はなかった。ただ、この本を見つけなかった人々は、そのミッションに出掛けるのだとだけ書いてあった」
ローモンドは言い淀んだ。「でもどっちみち、本を入手した時点で、そのミッションに行くことはなくなるの。だから、本の中に、もしもそのミッションを完遂したならば――の設定は必要ない」
「ねえ、二人でそのお嬢様たちの言う村の近くまで行ってみない?」
「その記述はないの」
ローモンドがきっぱりと言う。
「じゃあ、この先、どんなことが起きるというの」
「あのクリーム色の羽根をどちらかが拾う」
ローモンドは部屋の真ん中に落ちている羽根を指した。
「どちらか? で、どうなるの」
「ここまでの出来事を全て忘れて、別の人生が始まるの」
「記憶喪失?」
「そんなに生易しいものじゃない。ここで別のタイムラインへと向かう。存在が他のタイムラインの中に流入してしまうのよ」
「まさか」
つい大きな声を出してしまった。二人の他には誰もいない部屋に響き渡った。
「まさか、じゃないの。本当なの。急なことのようだけれども、私がローランの人生に登場したのも突然だったでしょ?」
私はお気に入りのカフェの前でローモンドと出会った日のことを思い出した。地下鉄の駅の前でしくしくと泣いていたのだ。
「羽根に触れた方の人には、どんな人生が始まるというの」
私は鏡を見なくても、自身が蒼ざめているのを感じた。
「本では、博物館に勤めることになると書いてある」
「それで?」
「私達が見つけた本は二冊ともインクで書き取ったものだったけど、その原本と遭遇するの。その原本には、この写本には書かれていない、とても大事なことが書いてある」
ローモンドの口調は徐々に大人びていくようだった。
「ローモンドは、その本の予言の通りに生きてみたいのね」
毅然とする表情を見ればわかる。「あのクリーム色の羽根を拾って」
少し間を置き、ローモンドは頬を紅潮させ、大きくうなずく。
「ローラン。あの羽根は私がもらう。そして、原本には何が書いてあるのかを知る」
「ねえ、ローモンド。私達、もう、会えないの?」
「たぶん。タイムラインが変わってしまうから」
「寂しいじゃない」
目に涙が込み上げてきた。
「やだ、ローラン、人間みたい」
ローモンドがふふふと笑う。
「ふざけないで」
泣きながら、怒ってしまう。
「ごめん」
「ローモンド、じゃあ、羽根を拾わなかったほうはどうなるの? つまり、私はどうなるの? その本にはどう書いてあるの? 私達のことが書いてある予言なんでしょ?」
「いよいよ、人間みたい」
相変わらず、ローモンドがくすくす笑う。
「いいかげんにして!」
「ごめん」
無理して真面目顔を作ろうとしている。「本では、拾わなかった方がどうなるかについては、一人が羽根を拾った後にわかる、とされている」
「心細い」
私が言うと、ローモンドが心の中で、
《やっぱり人間だ》
と言った。
つづく。