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5 セル氏の仕事 (4)

編集担当者―マカトが屋敷にやって来ると、軽く2ヶ月ほどは滞在する。
その間屋根裏の空き部屋を宛がってもらい、ロダン達と寝食を共にする。
その為『6人目の使用人』という異名を持って扱われている。

今回からはイーリッヒにとっても、又とない機会となりそうだ。
いよいよ本格的に執筆活動を始めた彼にとっては、編集者であるマカトが身近に居るという事は、今までよりも更に小説家への道が現実味を帯びてくるようで、ワクワクして堪らない事なのである。
そのせいかどうなのかは定かでないにしろ、先程からマカトの横で良く躾けられた子犬のようにお行儀良く、ちょこんと座っているのであった。

賄いを食べ終え、屋根裏部屋にイーリッヒと共に荷物を持って行ったマカトは、荷物を解く間もなく、2階のセル氏の元へ向かった。
部屋に入ると、セル氏は2冊目の資料に目を通し始めていた。
マカトは言葉を発する事を控え、そっとセル氏に近づき、肘掛けソファーにそっと座り、ページを捲る紙擦れの音に耳を傾けていた。
5分程経った頃、ようやくマカトは口を開いた。

「もうそろそろティータイムの時間ですね、どうされますか?」

と言うと、セル氏はおもむろに顔を上げ、

「もうそんな時間かい?う~ん、でもこの後も読み倒したいからな。この辺りで一度目を休めるとするか。」

と答えている傍から、ロダンが部屋に入ってきた。

「ミントティーを御用意致しました。サンルームで召し上がられますか?」

と言った。

「ありがとう、そうしよう。」

セル氏はそう言うと、すっくと立ち上がり一人サンルームへと向かうのだった。

ロダンは直ぐに地下へ行き、セル氏より一足先にサンルームに到着し、セッティングを済ませ、いつものように影武者の如く動いた。

ティータイムも早々に切り上げ、セル氏は仕事部屋へと戻った。
数分経ってマカトも、再び静かに肘掛けソファーに座り、紙擦れの音に耳を傾けた。
そうして4~5日が過ぎたある日、すべての資料に目を通したセル氏が話し始めた。

「なるほどね、お陰で少しずつだが繋がって来たよ。もう少し時間をくれるかい?庭を少し散策してきたいんだが。」

「そうですね、バンサの手掛けた見事な庭園の中でしたら、スッキリ纏まること間違いなしですよ。」

マカトがそう言うと、セル氏も微笑みながら部屋を出て行った。


2時間もするとセル氏は庭園から戻ってきた。そして開口一番、

「マカト、またお願いしたいんだが良いかい?」

「勿論ですとも、お任せ下さい。」

と言いながら、マカトは脇に準備しておいたテーブルを出し、その上に首尾良くボイスレコーダーを置き、ノートパソコンを広げた。


(5 セル氏の仕事 (5) へ続く)


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