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5 セル氏の仕事 (2)
編集担当者―マカトが現れたのは、ある5月晴れの朝10時頃であった。
屋敷の玄関に荷物をドッサと置き、笑いが込み上げ吹き出しそうになっている執事―ロダンが出迎えた。
「やあ、マカトようこそ」
「あぁ、ロダン毎度毎度突然で申し訳ないが、少し世話になるよ。」
マカトも吹き出しそうになるのを必死に抑えながらの毎度の挨拶である。
「昨日セル氏との電話中に、ふと思いついちまって。資料を搔き集めて取り敢えず来たって訳さ。」
ロダンは頷きながら、スーツケースに手を掛け、
「ああ、そうだろうとも、君の行動には無駄がない。セル様もきっと君が来てくれる事はわかっていらっしゃるさ、というかお待ちかねと言った方が相応しいかな?」
マカトも照れ笑いしながら、
「あぁ、そうだと良いんだが」
とロダンと2人でスーツケースを持ちながら、2階のセル氏の仕事部屋へと向かった。
マカトが少々驚いて
「えっ、書斎かい?セル氏は。」
と問いかけると同時に、中階段を上がった彼を出迎えたのは、書斎の椅子にゆったりと腰かけたセル氏であった。
「やぁ、いらっしゃいマカト、今か今かと待ちわびていたよ。」
と満面笑みである。
「いやぁ、照れますねぇ、待ちわびて頂けるとは。担当者としましては実に有り難いお言葉。」
マカトとセル氏の信頼関係が窺い知れる会話である。
ロダンとマカトがスーツケースを床にそっと置き、軽く会釈をしてロダンは1階に降りて行った。
マカトは早速スーツケースを開け、中に入っている資料とおぼしき分厚い本を、次から次へと出し、セル氏はそれを興味深げに眺めながら、もう既に1冊目の資料に目を通し始めていた。
全部出し終えた時には、大小含めて12冊もあった。
セル氏は目を輝かせながら
「マカト、流石だね。この量を揃えるだけでも大変だったろうに。顔ぶれが素晴らしすぎるよ、どれもこれも求めていたものだ。」
と興奮気味に話すセル氏の声を聴きながら、マカトは机の上に左から右肩上がりになるように本を並べ、ブックエンドで本全てを並べ終えようとしていた。
「ほっとしました、その御様子ならしばらくは間に合いそうですね。」
セル氏も再度椅子の方に廻って、美しく並べられた本を並べながら
「充分間に合うよ、さっそく失礼して没頭させてもらうよ。」
と言って、左から3番目の本を取り出して読み始めた。
マカトはブックエンドでもう一度整えながら、
「では私は、地下のホールに行ってまいります。」
と言い終えると、階段を降り始めた。
後ろでは、セル氏が夢中でページを捲る音だけが聴こえていた。
(5 セル氏の仕事 (3) へ続く)