羽休め
「わ、イレズミ彫ったの?」
「そだよ」
「痛くなかった?」
「男の子ですから」
「泣いた?」
「ちょっとね」
「あ、ダメダメ。まっすぐしてて」
トリちゃんがこっちを向こうとするので、私は両手のひらで背中を押した。
日の当たらない白い背中いっぱいにスズメやウグイスや鶴が舞っている。
広いから住みごこちがよさそうだ。
「やっぱり鳥なんだね」
「僕ですから」
「イレズミなのに全然いかつくない」
「怖いお兄さん目指してないからね」
「あ、ねぇ。なんて書いたか当ててね」
「いきなりクイズ?」
カラフルな背中に人差し指をすべらせる。
トリちゃんの背中、きれいだな。
背中型キャンバスみたい。
「お」「な」「か?背中にお腹って…」
「違うよ、お腹すいたって書こうとしたんだよ」
「お腹すいたの?」
「ちょっとね。あーなんかムラムラしてきた」
「僕の台詞なんですけど」
「私のはアーティストとしてのムラムラなの」
「ああそう」
「なに描いてるか当ててね」
私はそこらへんに転がっていた筆と絵の具のチューブを拾い上げると、カラフルな背中に筆をすべらせた。
トリちゃんは目をつむって集中している。
「わかった。フラミンゴだ」
「えっ、すごい!なんでわかった?」
「絵の具、ピンクだから」
「それ反則!」
「ちゃんとうちの鳥たちと仲良くしてる?」
「異彩を放ってる」
「でしょうね」
トリちゃんはくるっと身体の向きを変えて、おもむろに私の手から絵筆を取り上げた。
「僕も描いてあげましょう」
「やだ、トリちゃん絵ヘタだもん」
「いいから背中よこしなさい」
「うひゃひゃひゃ」
「ジッとしてなさい」
くすぐったくて笑い転げる私をつかまえて、トリちゃんは背中に筆をすべらせた。
フラミンゴピンクで何を描くんだろう。
「…あ、わかった。羽根でしょ」
「よくわかったね」
「だってそこ、もともと羽根が生えてたとこだもん」
「そうやって動かすと本物みたいだな」
「なんかなつかしー。飛べそー」
羽ばたいているイメージで肩甲骨を動かしてみた。
羽根ってあったらきっとこんな感じ。
あるのかないのかわからないくらい、軽くて違和感もなくて。
鳥ってきっとこんな気分。
羽根のことなんて改めて考えてみたりなんかしなくて、手で物をつかむみたいに風をつかんで飛ぶ。
トリちゃんは私の羽根をぽんとたたいて「さ、羽根しまってメシ食いに行こ」と言った。
「歩いて?」
「そ、歩いて。」