【小説】ときどき優しい文殊様
”三人寄れば文殊の知恵”というが、冴えない3人が寄せ集まり、文殊様が訪れないまま課題締切の1週間前となった。ちなみに文殊様は知恵を司る仏様だ。
時刻は草木も眠る深夜2時。イイダ、タカハシ、ヤマモトは建築学部の大学3年生で、『将来自分が住む理想の住宅』という課題に対して、3人で取り組んでいた。
ただどうにもアイデアが出ず、方針が決まらないまま時間を浪費してしまった。既に帰宅する余裕もなく本日徹夜2日目、全員無精髭が伸びきってしまっている。
「そもそもさ」
イイダが口を開いた。
「将来自分の力だけで家を建てられるとは到底思えないし、家族を持つことすら想像できない。」
「それな」
タカハシとヤマモトが食い気味に答えた。
「就活もうまくいかないしなー、イイダ今どんな感じよ?」
「俺は中小狙いだからもう少し後で動く。」
「とか言ってめんどくさがってるだけだろ。お前割と頭いいのに、全然やる気ないもんな。」
バレたか、とイイダは笑う。
3人は特別優秀でもなければ、劣等生でもない。単位は卒業最低限レベルで足りていて、課題評価も万年平均レベル。
周りの優秀な建築学生が、大学院進学を決めたり、大手ゼネコンやハウスメーカーに内定をもらったりする中、3人の将来設計はまだ定まっていない。
「そういえばヤマモト、いい感じの子がいるとか言ってなかった?」
ヤマモトの目が遠くなる。
「この前デートしたんだけど、課題とバイトで疲れてて寝坊して待ち合わせに遅刻して……しかも映画館で爆睡した上、店の予約もできてないし、日が落ちる前に解散したよ。で、そこから連絡が取れない。」
「お前見た目は悪くないけど中身クズだもんな。」
タカハシがスマホゲームをしながら追い討ちをかける。
「うるせえ、重課金ゲームオタク」
「なんとでも言えよ。いいギャルゲー貸してやろうか?」
3人とも現在恋人なし。
建築学部は課題が多く、バイトもすると遊ぶ暇もあまりない。そして休みの日は大抵コンディションが悪いので、恋人が出来ても長続きしない。
現状の足元もおぼつかないのに将来の理想とは酷な課題である。
ふと隣のチームを見ると住宅模型を作成している。
中庭がある2階建ての模型は全体に光を取り込める構造で、家族がコミュニケーションを取りやすいよう導線が考えられている。
「夫婦子供2人、大型犬1匹って感じの家族構成だな」
模型もだが、作っている同級生も希望に満ち溢れている。全員恋人有、進路もしくは内定が決まっているときた。
深夜なのになんでこんなキラキラしてるんだ。蛾が寄ってくるぞ。と、3人は本日2本目のエナジードリンクを飲みながら心の中で悪態をついた。
「よし!気分転換に麻雀するか!」
何も良くないし、到底合理性のないヤマモトの提案に2人は親指を立てて応じた。こんな調子だからいつまでも冴えないのである。
麻雀牌を混ぜる音が作業場の一画に響く。
周りの同級生は呆れと憐みが混ざった目で見ているが、その目には慣れているので特に何も思わない。
麻雀牌を並べていると、タカハシがぼそぼそと話し始めた。
「最近この先自分がどうなるか考るんだよ。まず特にやりがいもなく生活のために毎日働くだろ?若いうちは休日友達と遊んだりするけど、そのうち遊んでる奴らは結婚して子供が産まれて疎遠になる。恋人は出来るかもしれないけど、家族を支える自信もないし、とか言ってるうちに見限られる。そうすると、基本休日は1人で酒飲むか、ゲームか動画配信サービス垂れ流すのがルーティンになる。そんである日突然病気で倒れて、誰にも見つからずに部屋でひっそり孤独死……」
絶妙にリアルで悲しいタカハシの長い妄想に対して、イイダとヤマモトは深い同意の意を込めて無言で麻雀牌を並べた。
とりあえず考えることをやめるため、麻雀を始める。そして1時間ほど経った時、イイダがふと思いついた。
「40歳まで全員独り身だったら3人で家建てて暮らすってのは?何かあっても誰かいるし、公共料金はまとめた方が浮くし、永遠に賃貸料払うよりいいと思う。」
「アリだな」
「天才かよ」
物語でありがちな『〇歳までに互いに恋人がいなければ付き合おう』的な甘酸っぱい流れとは似て非なるものだが、今の3人にはぴったりの将来設計だった。
「じゃあ爺さんになって足腰弱くても問題ないように平屋でバリアフリーにして、広い縁側作って毎日そこでビール飲もう。」
「個人空間も欲しいから間取りは玄関を中央にして、左右で共有・個人スペースに分けるか。」
「平屋は水害対策が要るから、高床式で鉄筋コンクリートだな。」
ここで3人はあることに気づく。
「課題のアイデアこれで良くね?」
悲観的な将来設計からあれよあれよとアイデアが生まれ、締切ぎりぎりで課題は完成した。
3人の提案は、長期的かつ社会問題にも踏みこむ視点が斬新、と教授から絶賛されたという。
文殊様は冴えない人々にときどき優しいのかもしれない。
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