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【エッセイ】キャメルの吸いくち

               今秦 楽子


〜ゆらゆら〜

タバコの煙に似合う文字列。
今は、
紙タバコをふかさずnoteに向き合っている。
また精神科からの投稿だ。



♢♢♢♢♢♢♢♢

なぜ、タバコの話題かと言うと
意外と注目されるのかもと睨んだから。

タバコって害になりつつあるけれど、
植物の恵みを肺に燻すという行為は
神聖なものだとわたしは思う。

コーヒーも酒もそう。

神聖だ。

久しぶりに「のんだ」タバコの味は、
なんも言えぬ大人の背徳感。

あれは、
東長崎を線状降水帯がすっぽり覆った、
土砂降りの梅雨のあの日のことだった。


♢♢♢♢♢♢♢♢

「うちは避難所みたいなものですから」

日本茶も扱うバーの店主は、
ニコニコとすっぴんジャージのわたしを
受け入れた。
そこでキャメルのBOXと出会う事になる。

その日は朝から雨が重なり、
メディアでは注意や警戒が呼び掛けられた。

わたしはまずリアル避難所に向かう。
雨足の強まりとともに、
鳴り響く携帯の警戒音。

「高齢者避難指示」

の文字がわたしを不安のどん底に置いた。

わたしは1人だった。

降りしきる雨はしとしとと鳴きながら、
ざあーっと激しさをましてみたり。
居る場所は普賢山を背にしたマンション、
目の前には
むかし洪水災害を起こした八郎川。
生きている心地はなかった。

なぜ1人か。……失恋したから。


♢♢♢♢♢♢♢♢

わたし死ぬのかな、、
土砂に塗れて死ぬのかな。

その時はそれが嫌だった。

もしあのとき、
そんなシナリオのパラレルがあったのなら
そこに身を置いてもよかったって
今なら思う。

けれどあの時のわたしは、
「生きる」ことに執着していた。

ひとり、
2リットルのペットボトルの水2本、
非常食2日分をリュックに詰めて、
毛布を抱え避難所まで歩いた。

土砂降りの中歩いた。

時に走る車から水飛沫を浴びて、
傘も用を成さない体でさす。

惨めな歩幅を一つずつ噛み締めて、
避難所までたどり着く。

そこにいた受付の職員さんに迎えられ
わたしは一旦、生き返った。


♢♢♢♢♢♢♢♢

あれだけのアナウンスがあって、
愕然だった。

避難所には誰もいなかった。

私ひとり一番乗り。
のちに5人ほど加わるのだけれど、
なんだか、
ビビったもん負けみたいな空気が
いなせなかった。

とりあえず持ってきた非常食を並べて、
鞄を整理する。

ウイダーインゼリー、メイバランスといった
栄養補助食品と、
レトルトのお粥、
パンダのパッケージのパンの缶詰。
それぞれ2個ずつ。

彼との非常時にと買いためておいたものが
今になって寂しくふたつ。
1人で消費するのかと、
大きな和室の隅で小さく笑った。

♢♢♢♢♢♢♢♢

「外大丈夫でしたか」
店主がいらっしゃいの次に心配してくれた。

警報が発令されたものの、
賑やかしい雨音はいつのまにか去り行き、
ざわざわとした静寂が町を包んでいた。

わたしは避難所での、
隣の避難者の話し声やテレビの音に萎えた耳を
癒そうと、
外の音を聞きに避難所を抜け出た。

ざわざわした雨の止み間の濡れた町に、
そのバーは、
ポッと灯りをつけていた。

「うちは避難所みたいなものですから」
店主はにこにこと、
憔悴したわたしを受け入れてくれた。

♢♢♢♢♢♢♢♢

そのバーは昼間は日本茶喫茶を営まれ、
週末のみの開店で、
なかなかタイミングが合わなければ、
たどり着くことのできない不思議な空間だ。

「土砂崩れが怖くて、
そこにリアルに避難してるんです。
退屈できました。不謹慎ですけれど。」

「あそこの山ね、確かにこわいね。
うちも避難所みたいなもんで、
こんな日だから開いてみました」

そこそこに女ひとりで来た理由づけと、
以前、
喫茶でお話しした店主の印象が良かったので
心開いて挨拶した。

わたしは、失恋をしていた。


♢♢♢♢♢♢♢♢

不謹慎ついでに店主の微笑みに癒される。

数日前、
別れを口にして入院していった彼の面影が
ぱっといない空間に
居すぎたせいかもしれない。

無理やり押しかけてきたのだ、
出ていってくれ。と最後には言われた。

本心がやっと出たのかなって
ホッとした反面、
それを隠しながら居てたのだったら
悲しすぎる結末だった。

わたしは決意した。
わたしは、わたしの力で文章と向き合って
生きていく。
だけれど……
だけれど……
        伴走してくれる彼なしでは
        心許ない。

わたしは自立したいと思った。
チャンスとも思った。

今となっては、
そんな自尊心は
たったひとりの個が唱えたところで、
何もない。

パートナーのある人の力強さは、
圧倒的な光でわたしを照らした。

♢♢♢♢♢♢♢♢

ふとそんな別れぎわを思いながら、
新しい世界のあるバーで、
店主と話し込んでいたら、
常連が戸を開けた。

「やってるんだ」

「ほらね、今日は避難民もいるのさ」

店主がにやにや常連を避難民と名付け、
ビールでいいか、と聞いていた。

店主に、
同級生で美容師をしていると紹介を受け、
さっきの続き、
避難してるんですと告げた。

多少の時間店主と常連は話し込んでいたが、
わたしも含めて、
和気藹々と話を広げてくれる。

常連がポケットからタバコを出すと、
「いりますか?」
と一本渡してくれた。

IQOSでタバコを嗜んでいる常連は、
ライターを持ち合わせていなかった。

店主がおもむろにカセットコンロを
卓上に置いた。
常連と顔寄せあって、
副流煙をつくるタバコを味わった。

久しぶりのタバコはくらくらしたけれど
気分を爽快にしてくれた。

♢♢♢♢♢♢♢♢

すこし夜も更け、話が緩んだころ。

店主は「嫁が」とシラける単語を連ねるし、
常連はわたしの娘の写真に夢中になって。

「20離れた彼氏は娘さんどうかな?」

と本腰のオトコを出したのには閉口した。

少しのチヤホヤがあったタバコ再開の夜、
現実をしっかり味わって、
避難所に戻った。

明け方にはけたたましい落雷の音と
ビシャッと降り付ける雨音が、
警戒すべく避難所にいて当然だと
思い知らせた。

この地域にはさほどの災害がなかったものの、
土砂崩れも多々、
他の地域であったと報道された。

まだ、「別れ」から何も学んでいないあの日。
ふと学生のような
はしゃげた時間があった事が懐かしい。


あれから、
わたしはタバコを嗜む事になるけれど、
タバコに支配される日々を味わう事になる。

                  (了

♢♢♢♢♢♢♢♢


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