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長崎物語①
「こっちこっち」
斜めに上がるエレベーターはその斜面地をぐんぐんと登って行った。階層はないもののエレベーターは5階を示し開いた。そこに広がる高台は東山手の斜面地を望む階段が道を開く。斜面地にはミクロな家々が段々とひしめいていた。道をゆき先導する智典に連れられ美都がやってきた洋館。南山手乙27番館。グラバー園に隣接したレストハウスは幕末からこの地を見守つていた。
「この景色を見て欲しいんだ」
智典のさす指の先に見えたのは東手にある斜面地に立つ家々。無数にその営みを消すかのようにミニチュア模型の大きさの病院や大学、民家。立ち並ぶそれぞれを智典は伝える。
「智ちゃんすごいよ。すごい。ガリバー旅行記の世界みたい。家が可愛い」
「美都ちゃん、一つ一つの家に営みがあって一つ一つの家に物語があるんだよ」
「うん、こっからは人の形が見えないけれど想像できる」
「長崎はね、色々な考えの人が集まって皆がそれらを尊重しながら暮らしているんだ」
しばらく黙って美都は景色に取り憑かれていた。
「ねぇ、わたしスケッチブック持ってきたんだ。少しこの景色、書いてもいい?」
「もちろん。存分に書きな。俺はちょっとこの辺散策してくるから」
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智典は美都を置いてレストハウスを後にする。
「こんにちは」 「こんにちは」
すれ違う旅人に挨拶を交わし、挨拶から受ける優しさを感じていた。
「お一人ですか。よかったら、ここ景色がいいので一枚撮りますよ」
「え。いいんですか。ありがとうございます」
「はーい、行きますよ。3、2、1」
その旅人は北海道からやってきたという。この坂を攻略すべく斜面地の下から坂と階段で上がってきたらしい。ここは祈念坂。大浦天主堂と、妙光寺と大浦諏訪神社が交わる「祈りの三角ゾーン」を控える坂。智典の叔父から、ここにくるといいよと教えてもらった坂。誰がつけたか知らないけれど、行き交う人がかろうじてすれ違える道幅を備えている。物知りの叔父は長崎の文豪、遠藤周作がこの坂を愛していたと言った。
「あのあたりか。街灯があるな」
周作が長崎に来ると決まって座り込んで海を眺めていたという石畳。その階段が何も言わず座んなさいと、ぽっと道を開けていた。智典も周作に倣いそこへ腰を下ろす。
そこには坂の先に天守堂の屋根が、鬱蒼とした民家の庭木の奥から存在を示していた。ボーッとなる汽笛を智典の体に震わせる。天守堂の屋根のクロスの奥には長崎港の海、その奥にまた連なる斜面地の家々が智典に思いを運んだ。
「さっきはありがとうございました」
旅人が登った後下って来た。レストハウスを回ってきたという。
「いえいえとんでもない。いい旅をしてくださいね。ところで長崎は後、どのあたりを旅するんですか」
「もう帰っちゃうんです。まだまだ回り足りなくて」
「今、いないんですけれど、彼女が長崎の観光地を絵にしてるんですよ」
「え、そうなんですか。何かSNSであげてらっしゃるの?」
「そうなんです。今も上で書いてるんですけどね」
「あ。さっきいらっしゃった女の子かもしれない」
「多分その女の子です。いろいろ書いて回りたいって始めたばかりなんですけど」
智典は徐に携帯から美都にもらったQRを呼び出した。
「これになるんです」
「えー、すごい。可愛らしい絵を描くんですね、これから見させてもらいます。北海道から旅してる気分になれます。素敵な方と出会えてご縁に感謝です。彼女さんにもよろしく」
美都の才能が喜ばれるのを自分の事のように喜んだ。
もういちど汽笛がなる。美都もこれを聞いているはずだ、と智典は旅人に軽く会釈して石畳の階段を軽やかに駆け上がっていった。
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