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長崎物語③


 路面電車を降り信号を待つ智典と美都。今日は初詣にのために「大学病院前」の駅までゆっくり登ってやってきた。あたりの飲食屋は軒並み暖簾を下ろしていかにも正月という雰囲気を出している。諏訪神社のような大きな神社ほどに賑やかしい屋台の姿もない。

 智典は青になった信号の合図で、美都の手袋越しに手を握り締め目的地を目指した。大きな通りを避けて店舗や会社の並ぶ道を歩く。正月でもカラオケ練習所やカラオケスナックは開いていて美都はそれが興味深かった。

「どこまで行くの?」

「この信号渡ったらあるよ」

 廣瀬写真館の前を通り過ぎた時、美都の目には一つの写真が目に止まった。戦後の片足鳥居を写した一枚。

「何これ」

「うん。連れて行こうとしている神社の鳥居なんだけど。実物より先に見つかってしまったな」

「ちょっと、しばらく眺めてていい?」

 美都は釘付けになってそのモノクロの写真の前を動こうとしなかった。

 時が静かに流れる。あたりは参拝客であろう地元住民が家族単位で山王神社を目指している。

 その写真に写るのは焼けた町にカタワラをなくした鳥居の半分が凛と立っている姿だった。モノクロなのに怒りや悲しみの色が濃く映し出されるような衝撃的な写真。

「すごいね、この神社はあるの? まだ?」

「うん。あるからね、一緒に行こうと思ってるんだ」

 写真館曲がったらすぐだよ。

 マンションの一階に構える廣瀬写真館を後に角を曲がったところに参道が地元に溶けていた。

 美都は息をのんだ。階段の奥にそそる片足鳥居。言われてこないと分からないほどに風景に馴染んでいたが、美都の目にはその寂しげな一本柱が自分の心に響いた。
 美都は昨年母親を亡くしていた。シングルマザーとして幼少期より育ててきてくれた「おかあさん」を。癌だった。癌が見つかってあっという間だった。
 毎月面会を重ねてきた父親のもとに身を寄せ、長崎の大学に通わせてもらっている。そこで知り合ったのが智典なのだ。

「今日、簡易の椅子とスケッチブック持ってきてるんだ。少しだけ少しだけ、スケッチしていていい?」

「もちろん。俺は鳥居をくぐったったところにベンチがあるからそこで寛いでいるよ。思うまま描きな。寒いし無理しないでね」

 智典は参道の階段を駆け上がり、鳥居に一礼して奥へと抜けていった。

 片足で立っている一本柱を夢中で描く美都。頬からは熱く優しい涙が溢れていた。

 鳥居がお母さんと私だとしたら、私は片足鳥居。ひとりで立って行かなきゃならない。この鳥居は戦後からだから80年。そんなにもここに立って人々を見つめてきたんだ。そしてこれからも立ち続ける。寂しくなかったのっかな。悲しくなかったのかな。

 涙を流しながらペンを走らせる。

「お嬢さん、大丈夫?」

 初詣の参拝客と見受ける初老の夫婦が声をかけた。

「はい、片足だけで立っててバランス取るの大変だっただろうな、って思ったら涙が溢れちゃって。ここまで描けたんですよ」

「見せてくれるの。この町も変わってしまってね、最近はテレビで取り上げられたりで観光の人も多いんですよ」

「私はこの町に溶け込んだ鳥居が好きです。周りを支えて、周りに支えてもらえて。私、母を亡くしたばかりで、この鳥居を見習わなきゃと思って書いてたんです」

「そうだったの。悲しいことを思い出させたね。ごめんね」

「いえ、大丈夫。彼と来ていて、上で待ってるんです。もう少し細かいところ書いて色を塗ったら彼の元に戻ります」

「そうなんだね、良いお年を」

「良いお年を。平和を願っています」

「私たちもだよ」

 智典は少し奥へ入ったところの被爆クスノキをマジマジと眺めていた。エアポッツを取り出しある曲を探していた。
 
福山雅治クスノキ。
「片足鳥居と共に 人々の営みを歓びをかなしみを ただ見届け
わが魂は奪われはしない この身折られどこの身焼かれども」

 俺が美都ちゃんのクスノキになってみせる。

そう言い聞かせていると、階段の方から美都が駆けてきた。





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