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長崎物語②

 ふたりは八千代町電停から駅前の大通り沿いを歩いてた。チョーコー醤油本社や島村楽器ショールームを眺めながらNHK放送局まえにたどり着いた。見上げると小高い石垣に青葉茂る生垣がその上に建つ丘のフォルムを形取っている。

「ちょっと重たい話なんだけど、長崎には光と影の繰り返された歴史があってね。この上に建つ丘で悲しい歴史があったんだ」

「重くても大丈夫だよ。日本人だから知りたい」

「じゃ、歩きながら話そうか」




「秀吉の時代に遡るんだけど、信長はさ、キリスト教を歓迎してたわけ。貿易が盛んになると国も潤うと思っててさ」

「うん」

「で、秀吉に成り変わってしばらくは容認してたんだよね。けれど朝鮮出兵の時に九州に来た秀吉は九州がキリシタンだらけなのに驚愕したんだ。キリシタン大名が領民を改宗させていたり、洗礼を受けた民を奴隷として輸出した事を知って、バテレン追放令っていうのを出したの」

「うん、うん」

「京都や大阪で布教活動をしていた宣教師や信徒を捕まえて、キリシタンの多いこの九州まで連れてきたんだ、処刑をするために」

「関西から?そう?」

「今は1日で来れるけれど、当時は1~2ヶ月かけて歩いてきたんだ」

「当時は平坦な地も少なくなかっただろうし、大変な道のりだね」

「そう、それに布教活動しに歩いたわけじゃなく、処刑されるためにこの丘を目指したんだ。死をも恐れず歩いてきたってわけ」

「どういう事?」

「命を以って信仰に捧げるわけでしょ。しかもこの西坂の地はキリストが貼り付けにされたゴルゴタの丘に似ているからって彼らは嘆願したみたいだよ」

「信仰って……」

「あ、ここ西坂公園がその丘だよ」

そこには静まり返ったただただ広い土地、先の処刑場だった場所がマンションやビルを望んでいた。


 広場についたふたりは大きなレリーフを目にする。26人の聖人が手を合わせたり両手を天に仰いだりして十字架のモチーフの前に浮いている。中には身長の低い幼い聖人も見受ける。智典はそこへしゃがみ込み丘の先を見渡す。美都も智紀の隣にちょこんと座り視線を共にした。

「かつては海が開けていたんだ、この先が海で、きっと外国人宣教師も祖国への想いを馳せてたんだね」

「ビルやマンションばかりで何も見えないけれど、想像できる」

「今の長崎を見て先人たちは何を思うんだろうね」

「平和にある日本、長崎を喜んでるんじゃない」

「だといいね」

「ここで処刑されたのか」

……ふたりは長く続く海原が広がる先に想像を馳せていた。この先に祖国を思うもの、この先に天国を思うもの各々の想いをあわせ持ち、聖人たちは天に召されたという事実を噛み締める。
 ただただ時間だけがそこには漂っていた。

 のちに祖国からの寄付で聖フィリッポ教会がこの丘に建てられた。ガウディーの影響を受けたその双塔は天高く空をさした。

「智ちゃん見て、天使の梯子」

 分厚く陰らしていた雲の合間から無数の光の柱が降り注ぐ。

「きっと26個の梯子なんだよ。聖人たちが今日の平和を笑っている」

 立ち上がりふたりは手を携えて記念館のほうへ歩み出した。




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