ノート的境界線群 18号
1.新作詩
「更新」
カレンダーをめくり忘れている君は
「月日が急ぎ足過ぎる」と言いながら
ずっと煮豆を作っていた
衣替えがなかなか終わらない君は
「寒いぐらいがちょうどいい」と言いながら
暖房の下を動かなかった
思い出は積み重ならない
何かが消えていったけれど
何が消えていったかはわからないまま
干し忘れた洗濯物を抱えた君は
「不燃物を出し忘れなかったから」と笑った
思い出が更新されていく確信をした
2.新作短歌
二番目に好きなあなたが買ってきたポテトサラダは310円
3.旧作詩
「Progressive五線」
残り四線が逃げ出した
上 真ん中 下
三つしか表せない
音符たちは戸惑っている
ト音記号は笑っている
「串刺しも一本なら我慢できるわい」
そうですか
仕方ないのでできることをする
はいはい こっちこっち
まずは様々な長さの音符
シャープにフラット
クレッシェンド デクレッシェンド
時折アフタヌーンティー
出来上がったものはそれなりだ
がんばったけれど
所詮それなりでしかない
音楽は安定に安住して安易にアンドゥ
やはり世界には五線が必要だった
ぐっと力を入れて線を伸ばした
地球を一周してずれたのが二本目
銀河を一周してずれたのが三本目
宇宙を一周してずれたのが四本目
存在論を何周もして
ようやく隙間を見つけて忍び込んで
綻びから新しく顔を出したのが五本目
楽譜は元通りになった
音楽も輝きを取り戻した
「また串刺しになってしもた」
ト音記号だけは不満そうだが
音符たちは満足そうだ
整頓された音楽は
世界を安定させている
そしたら急に虚しくなって
こっそりと逃げ出してしまった
シャープにフラット
クレッシェンド デクレッシェンド
記号たちがついてきた
また何か おもしろいことをしようか
★ 「無責任」第1号に載せた詩です。とにかく面白いもの、自分らしいもの、と思って書いたのを覚えています。
4.あとがき
随分と久々になってしまいました。先月から、「無責任」もなくなりました。長い間ともにやってきた人は、いなくなりました。私が何かしようとするとき、必ず彼は力になってくれました。
二十年以上、ずっと詩を書き続けてきました。けれども、先月は一作も書けませんでした。初めての、休養期間です。これから一人で、書いていくことになります。今日は、その第一歩です。
ああ驟雨音をかきとるすべなくば逃げ出す俺を誰も止めるな 浮島
「無責任」第1号の、彼の歌です。最初から、らしい作品でした。私も、らしい作品を書き続けたいと思います。