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新宿末廣亭、深夜寄席のお客様
末廣亭は場所柄、いろんなお客がやってくる。
とくに、深夜寄席のそれは非常に興味深い。
「末廣亭までお願いします」
時刻は9:15pmをまわっている。
西武新宿の駅前からタクシーをつかまえて慌てて乗り込んだ。
「“スエヒロテイ”って、、、どちらですかねぇ」
・・・!!?
ふざけないでいただきたい。
新宿界隈で“末廣亭”といえば、あの歴史ある演芸小屋のことではないか。
どう見ても昨日今日タクシー運転手になったとは思えない貫禄の彼は、“末廣亭”という言葉をはじめて聞いた様子だった。
しかしながら、西武新宿駅から末廣亭へのタクシーに乗り込むわたしもわたしで、それなりにふざけた客かもしれない。
徒歩10分、クルマで3分の距離。
仕事帰りなので飲酒などしていないが、酔っていないだけ、落語演目『替わり目』の主人公よりタチが悪いかもしれない。
家の前から車を拾い、家まで連れていけというあの泥酔亭主だ。
まるで、東京タワーの足元からタクシーを拾い、東京タワーまで連れていけというくらいの図々しさだ。
不躾な乗車客の自覚はあれど、9:30pmからの深夜寄席になんとしても間に合いたい。
欲望に忠実なまでに我儘なのは生まれつき。
どうしても、今夜の寄席を聴きたいの!
だって、『東都寄席演芸家名鑑』をみて今までずっと気になっていたあの噺家さんが出るのだもの。
末廣亭が何なのかも何処なのかもわからないタクシー運転手には、やたらBLGT主張の激しいレインボーの看板が目立つ靖国通り沿いのマルイ・メンの前でおろしてもらうことにした。
なんとか時間ギリギリで間に合った深夜寄席。
やはり、末廣亭でもわたしは噺家さんの斜め45度の左頬を見たいから、舞台上手のできるだけ前列に座る。
といっても、末廣亭の1階には、靴を脱いで上がれるような小上がりの畳敷の桟敷席があるので、その前方に座ることにしている。
桟敷から高座をみると、だいたい噺家さんと同じくらいの目線になるのが良い。
靴を脱ぐことや足を折り曲げること、高座上のめくりが見えにくいことに抵抗がなければ、この歌舞伎の劇場のような桟敷席が実は一番良い席だとわたしは思っている。
桟敷の最前列で森永小枝チョコレートをポリポリさせながら噺家さんと目が合ってしまったときには、さすがに『ごめんっ』と思ったけども、ボンボンブラザーズ師匠の“帽子投げ芸”のお手伝いに選ばれたいときにはベストなポジションなのである。
この桟敷席が優秀なのは、これだけではない。
1階の客席を非常に良く見渡せるのだ。
お客さんの表情を気持ちが良いくらいに隅から隅まで眺めることができる。
こんな特殊な席は他の劇場にはなかなか無い。
末廣亭は、新宿三丁目というディープな街の横丁にひっそりと堂々と存在する。
そんな場所のサタデーナイトにわざわざ集まるのはどんな人々かというと、やはり7割りくらいは中高年の根強い落語ファン。
しかし、場所柄なのか、すこーし毛色の違う人間も混じっていて・・・
落語好きな会社の先輩に飲み会のあとにムリヤリ連れてこられた絶賛居眠り中のサラリーマン。
どこかの大学の落研で出会って「『タイガー&ドラゴン』いいよね!」って意気投合した友達以上恋人未満みたいな若い男女。
『元禄落語心中』の岡田将生くんはかっこよかったけど、やっぱり原作漫画が一番だよなぁと思っている20代半ばくらいの女子。
事務所のマネージャーさんに「落語の客層と地下アイドルのファン層は、世代とかオタク気質とかが被るから勉強してこい」と言われて来ただろう地下アイドル。
立川談慶著の『慶応卒の落語家が教える「また会いたい」と思わせる気づかい』あたりに感化された、オフの日もキレイ目カジュアルファッションでぬかりなしの意識高い系ベンチャー企業のビジネスマン。
で、そんなビジネスマンに「おまえも同じビジネスマンなのか?」「競合他社の社員か?」「てか、エセ落語ファンだろ?」「何目的で来てる系?」みたいな疑惑の眼差しを向けられちゃう、スナフキン以上立川こしら未満に日々放浪しながら仕事を楽しんでいるわたし。
(※ここで『立川流』の名前を挙げましたが、大人の事情で立川流は末廣亭をはじめとする東京四大定席には出演できません。あしからず。)
そして、意外にもお隣の二丁目の香りを感じられるお客さんをあまり見かけない。
ちょっと残念。
やはり、あの甲州街道から繋がる新宿柳通りが分かつ彼岸と此岸とが持つ温度の差は大きいのだろうか。
ベテランタクシー運転手が末廣亭を知らなかったように、寄席の世界は常にアングラで、世の中の多くの人は年中いつでもあちこちで落語を聴ける環境があるだなんて知らないのだろう。
かつてのわたしがそうであったように。
わたしも
“人の前で話し、人を笑顔にする仕事”
に就いている。
噺家さん本人以外にも、『客席の反応』から得られる気付きもたくさんあったりするのだ。
人の表情を少し高いところから眺めるなんて、品がなくて失礼かもしれないけれど、噺家さんのどんなアクションに観客がどんな反応を示したのかは、ぜひとも把握しておきたいところなのだ。
きっと、地下アイドルちゃんとビジネスマンマンは、そんなところまできちんと見ながらメモに落としていたんぢゃないかと思う。
深夜の末広亭は、メモを片手に落語を聴いてる人口密度がどこの寄席よりも高い。
ちょっとしたセミナーや勉強会にでも来ているのかと勘違いしてしまうほど。
・・・さて、わたしは言うと“ずっと気になっていた噺家さん”の古典落語を生で聴けて上機嫌で歩いて家路を辿る。
深夜寄席は、お気に入りの二つ目の噺家さんを見つけられる良い機会である。
そして、個性的なお客さんに出会えて、そんなお客さんの反応を知ることができる貴重な場でもある。
嗚呼。
はやく深夜寄席が再開されることを願ってやまない。
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