「私の声が聞こえてますかあ」
「聞こえてますかあ。私の声が聞こえてますかあ」
お恥ずかしい限りである。心臓の動悸で視界がフジロックくらい揺れる。
確かに診断の衝撃は大きかった。だが今思えな前フリが利きすぎていたのだ。
「聞こえていたら手を上げてくださいね。大丈夫ですかあ」
実のところ前日、すがれるものにすがるべく私は職場へ向かう道を大きく遠回りして赤坂見附のとある有名なお稲荷さんに、千円札を奉じていた。「ああ、どうか、どうか、迷える私に、健やかなる日々を恵んでください」と祈念してきたわけである。今思えば、お稲荷さんに対して祈り方が、すげえ西洋だ。欧だ。
「大丈夫ですかあ。私の顔は見えますかあ」
祈りが欧風なばかりに、お稲荷さんが「窓口が違うわん」という結論を出したのかもしれないが、いずれにせよ願いは届かなかったわけだ。また、先ほど血迷った末、ホンジャマカの「生中継で生じるタイムラグの間をつなぐのがうまい方」の白髪にうっかり帰依してしまった。皆さんも血迷った際の帰依には気をつけた方が良い。あとお稲荷さんの語尾は「わん」でない気がしてならない。
「大丈夫ですかあ!聞こえてえいますかあ!」
相変わらず天井を中心とした世界は回転しているが、意識はこのようにはっきりとしている。全皮膚を冷や汗が冒しているが、その感覚もしっかりある。当然、先ほどから私に対して呼びかけている看護師さんの声も聞こえている。顔も見えている。、返事はしないといけない。大丈夫。聞こえている。そう答えないといけない。いけないのだが、口から溢れたのは
「案外」
案外、なんなのか。二の句は継がれなかった。
結果、「ちょっと様子がおかしい」と判断された私はしばらく診療所のベッドに横たわることになる。ようやく動悸が治り、血圧も正常になり、起き上がったときにはもう外科医は帰宅していた。ただ倒れた際に対応してくださった看護師さんが目の前にいたので「はい。聞こえています」と生中継のタイムラグをつなぐのがあまりに下手な答えをして「特発性大腿骨頭壊死症」と診断された旨を家族にLINEした。案外、泣いた。