局部-羽衣劫-ポカリ日記(2020年春)
サウナに入れば相撲中継がやっていた。
不勉強ゆえさほど大きな関心はなく、水族館で「地元の川や池に棲息する生き物コーナー」にいるくらいのテンションでぼんやり眺める。
勢、輝とバブル時代の今年の漢字みたいなシコ名が熱気に揺れ、力士の皮膚がたわんで戻る。裸の成人男性を過剰摂取したせいで網膜がひりつき眼球ごと休むべく、周囲を見渡せばそもそもここは男性用サウナなので同様の景色が広がっている。埒開かずして、多量の発汗によりフラつきはじめたので慌てて浴場から出て、洗面台のドライヤーでもって髪を乾かす。
下半身に違和感。
見やれば、ぶら下げたままの局部の先が洗面所のへりに触れてしまっているようだ。なぜか戦慄が走る。しかし、その戦慄の正体がわからない。
隣で同じくらいの背丈の男を見ると、その男の先端もまた触れていた。
これは、由々しき事態ではないか。思わず震えた。
震えは脱水が原因である可能性が高いが、とにかく震えた。
嘘だろ。ざっと見渡すだけで脱衣所には20人。
1日の利用者数は成人男性だけで300人はくだらない。
となれば300もの突先が、清掃員の死角であるこの洗面台に触れていることになる。別に俺は衛生面を心配しているのではない。
では何が心配なのか。
「いずれ局部に洗面台が削られてしまう!」そう思ったのだ。
無論、私は正気であった。サウナに30分もいてほぼ譫妄状態であったことを無視すれば、無視できればの話であるが、私は正気であった。
数多のおちんちんによって洗面台は磨耗し消え失せてしまうのではないか。
「いいからポカリを飲んで少し横になれ」などという意見もあるだろう。
ぐうの音も出ないようなことを言わないでいただきたい。
そんな人にこそ「羽衣劫」について説明をさせて欲しい。
「羽衣劫」、簡単にいえば凄まじく長い時間という意味である。
なんでも、でかい岩を天女が三年に一度、羽衣で撫で、その岩がなくなるまでの時間をさす言葉らしい。ということは同様に、おちんちんの突先で、サウナの洗面台を無に帰す事も不可能ではないのだ。なんだか内臓が締め付けられる思いだ。思いというか、実際に腹が痛え。素っ裸のままこんなことを考えていれば、さすがに腹を下す。致し方なくトイレに駆け込む。便座に目がいく。
そこで、知らぬ間にスタンド攻撃を受けているような緊張感に包まれる。
「これは、削られた結果だったのだ!」
便器はすでに突先によって削られていたのだ。
便器の座面は円形ではなく、馬蹄型(U型)のものだ。今までこういったタイプの便座は、己の先っちょが便座に触れないようにするための仕様とばかり思っていたが、違う。
「羽衣劫」のように、先っちょが触れたことによって生じた僅かな摩擦。これが幾千幾万回と繰り返された結果、とうとうこのような形になってしまったに違いない。なお私の先端は「勢」と「輝」が足りず、そもそも便座に触れることはなかったが、いずれ全ての便器が馬蹄型になってしまうこと請け合いである。
そうとなれば私のようにリーチが足りない人間が無意味な劣等感に苛まされ続けることになるだろう。都庁に陳情書を出すより他はない。
都庁。またしても冷や汗が噴き出す。今年、東京五輪が開催される。
「おもてなし」云々と盛んに世間はクリステているが、そんな場合ではない。舶来の局部の対策が必要である。
欧米諸国、アフリカ諸国の平均サイズはアジア諸国と比して大きい。
このままでは海外より大量の巨陰が便座を襲うこととなる。
早急にメーカーは便座の強度を上げるべきであるし、私は言われた通りポカリを飲んで横になった方がいい。
いつもいつも本当にありがとうございます。