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『電車の女』原案:定時ダッシュ
【原案】
この街に来て3年ともなると朝の通勤電車は知った顔ばかりだ。
その中でも一人、気になる女性がいた。
朝も夜もその人は同じ時間の電車、同じ座席に座っている。
彼女はなぜいつもその時間、その席なのか。
そろそろ結論を出さねばならない。
毎日、同じ女性と車両が一緒になる。朝だけならよくあるが帰りも同じだ。終業時刻など日によって変わる。それでも彼女は、気づけば俺の前の席に座っている。
勤め人には見えない。黒髪のショートに、やや丈の長い無地のワンピース。両膝に手を重ねたまま背筋をぴんと伸ばし、およそ満員電車に似つかわしくない微笑みをたたえていた。
果たして彼女の存在に気づいているのはこの車両では俺だけのようだ。ぐるりの乗客は皆、微動だにせず、眉間に寄せられるだけの皺を寄せ、目蓋がはち切れんばかりに眼を瞑っている。満員電車においてそれが普通だ。だからこそ彼女がこの世ならざるものに思えて仕方ない。
というか、実際に、そうなのだろう。直視せぬよう意識の片隅に追いやっていたが、つまりはそういうことなのだ。彼女は、運命の人でも、ましてや幽霊でもない。
単なるセーブポイントだ。
現実の俺は、毎日この満員電車の世界にログインし、一日を終え、彼女のところでセーブして、ログアウトしているのだろう。乗客が動かないのも、彼女の表情が変わらないのも、仮想現実だからに違いない。
だとすれば、さらに困ったことになる。ログインしたこの世界がこんなにもつまらないなら、ログアウトした先の、現実の俺が住まう界はもっとつまらないのではないか。
いや、逆もある。現実の俺は凡ゆる娯楽を遊び尽くした男で、趣味で「満員電車」なる労苦を経験しているのかもしれない。後者なら、ログアウトするべきだが、どっちだ。現実の世界の俺は、どっちなんだ。
彼女は微笑んだまま、何も語らない。
セーブ、そして、そして、ログアウト。
ゴーグルを外し、ため息をひとつ。
「車窓からの風景に癒されよう、との触れ込みなのに、無課金のせいか全く動けない。服装や髪型が地味なのは別に良いが、窓の方すら向けないのは意味がわからない。またセーブするために毎回、疲弊したサラリーマンに顔を近づけないといけないのも腹がたつ。星ひとつ」
女性は不機嫌そうにレビューを書き込んだ。
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