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パッキャオに股関節を殴ってくれとねだる

手術日程は4月某日。残すところあと一ヶ月の時点(この日記にはタイムラグがあるのです)で、困ったことになった。痛みが引いている。股関節の痛みがないのだ。発症した当時はそれはもう少し動くだけで天罰のような痛みがあったというのに、いざ「骨頭を使い切ろう」なんて悪しき心持ちで足を動かし始めれば、どうにも痛くない。神がうっかりミスって「赦し」てしまったのであろうか。

したがって杖をつきながらではあるが、運動不足解消のためのウォーキングも日増しに速くなる。犬、老人、子連れ、やる気のないカモメ、道に迷ったパッキャオ、追い越せるもの全てを追い越して、杖をカツンカツン駆使して川沿いを直走る、走る。このままでは新しいスポーツが生まれてしまう。責任は負えない。後継者を育てる気はない。だって俺の今の心情を率直にいえば「もう一度、痛くならないと、手術したくない」という駄々っ子そのものなのだ。たとえ病室に野球選手がお見舞いに来ようが、ポイズンガールバンドがパイのネタをしてくれようが、道に迷いすぎたパッキャオが現れようが、痛くないのだから手術の約束しようがない。どうせならパッキャオに股関節を殴ってくれとねだるだろう。

もしかしたら先週行った足裏マッサージがたまたま神がかっった腕の持ち主で、うっかり難病を完治させてしまったのだろうか。

だが、この病には、どうやらトラップが潜んでいるらしい。以下がそうだ。

出典:よつ葉整形外科 本郷台 ホームページ

煩わしいことに「いったん症状がなくなる」という。
勝手に発症しといて、なんだこの病気。やる気あるのか。新卒なのか。
とにかく、このままでは、日常生活にさほど支障がない状態で、つまりはランニングこそできないが、杖走という新たな陸上競技の旗手として活動するには何ら支障がない状態なのに、人工股関節と再生医療の治験に臨むこととなる。

「…ですので、ちょっとモチベーションが下がっているんですよね、うひ、いやまあ、ちょっとですけど、どぅふふ」

上記の旨を、今回治験担当の研究者に電話して伝えれば「手術は延期できますし、何より患者さんの意思が大事ですよ」だそうだ。

ありがたく真っ当。ゆえに!困る。
延期は迷惑がかかる。早く終わらせたい。
しょうがない。やはり杖で、歩き果てよう。
そう、健康のためにも。
昼夜を問わず、杖で歩ける路地なら全て歩く。何ならちょっとした堤防も登る。まったく、杖パルクールもはじめてしまった。だが全ては健康のため、骨頭を使い切るためだ。想像するに後ろから「かつんかつん」と音がしたかと思えば、杖の男が凄い速さで追い抜いていったら、怖い。新しいスポーツもいいが、新しい迷惑行為も発生させている気がしてならない。学校の怪談の「てけてけ」やら「ターボばばあ」とかは、俺のようなやつの目撃談に尾鰭がついたものではないのか。

ここまでを整理すると、これから俺が住む江戸川区で
「①杖を使った新しいスポーツ」
「②杖の男に追い抜かれるという新しい迷惑行為」
「③杖だけで飛び廻るカツンカツン野郎という新しい都市伝説」

このどれが発生するかは非常に申し訳ないが、江戸川区民の皆様にかかっている。何が発生したところで俺はすでに無事に手術を終えて、杖を手放して、無関係になっている、はずなのだ。


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洛田二十日(らくだはつか)
いつもいつも本当にありがとうございます。