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「馬というか、俺」原案:吉祥寺の「いせや」で一杯
*競馬歴30年の「私」。日本ダービーの開催日、1枠1番の「クリエイティブ号」に賭け、10万円分の単勝馬券を購入。
*さてスタート直前、ゲート内の「クリエイティブ号」と目があった「私」はあろうことか「クリエイティブ号」と入れ替わってしまった。
*馬と入れ替わってしまった「私」の運命は……
確かに俺はそういうタイプである。
野球を見れば「俺が打った方がマシ」
居酒屋で何か食えば「俺が作った方が旨い」
漫才を見れば「俺が出た方が面白い」云々。
何かと「俺がした方が」云々と人様にケチをつけてきた人生であった。そのバチが当たったらしい。やはり神は残酷だ。何もこのタイミングじゃなくて良いじゃないか。
「一斉にスタート……っと、何かトラブルでしょうか」
さっきまで客席で「クリエイティ部号」の単勝馬券握りしめていたのに、なぜか今、俺の方がゲートの中にいる。クリエイティ部号と、入れ替わっているではないか。夢か。
いや、痛い。夢じゃない。混乱した騎手が俺の尻を叩く。叩く。叩く。やめろ。
第一、神様よ、さすがの俺も馬に対して「俺が走った方が速い」とは言わない。いや、言ったのか。言ったかも。でも、それは、ほら、冗談なわけで…だから叩くのをやめてくれ!
なんとか走ろうとするも、前足をどう動かしたものか。からくりがまるで違う。焼酎の中を進むように、よろり、蹄(ひづめ)が芝生を蹴る。
すると、ぐん、一気に視界が変わる。途端、タテガミが震え、心臓が唸り、脈が踊る。何たる躍動。これが馬の体か。文字通りすぎる人馬一体。いけるかもしれない。
転がるように、俺ことクリエイティ部号は、駆け出した。
「まさかの大波乱!全ての馬が遅れをとって……っと!クリエイティ部号が、今ようやく発走(はっそう)!」
第一コーナーで振り返る。妙だ。俺以外の馬もなぜかまごついている。
その時、全てを悟った。
これは神の賭博だ。
競馬場に居合わせた、俺のような愚か者。つまり何かと「俺がした方が」云々とケチをつけてきた奴らを集め、馬と入れ替え、競走させているのだ。たまには自分でやってみろ、と。なめるなよ。悪態をつく暇もない。有り金突っ込んだ単勝馬券のため。それで勝って払う予定だった家賃、養育費のため。何年も会ってない息子のため。そして、最後に残った人間としての、誇りのために、俺よ、走れ、走れ!
「1着、クリエイティ部号!」
さて、再び俺は観客席にいた。また夢か。違う。オーロラビジョンにはクリエイティ部号が騎手とともに勝利を喜んでいる。やはり現実だったのだ。
なんだか喉元がもぞもぞする。手元を見る。単勝の万馬券が、食いちぎられている。入れ替わったクリエイティ部号が俺の体で貪ったらしい。万馬券が、消えてしまった。
しかし、今やそんなことすらどうでも良かった。未だ嘗てないほどの充実感。自力で、何かを成し遂げる喜びがこれほどまでとは。今まで気づかなかった自分が恥ずかしい。
にしたって神様、もっと早くに気づかせてくれてもよかったのでは。俺が神だった方がマシだな。あ、嘘。今の噓。
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