恵俊彰の白髪に、全ての祈りを捧げる
まだ、私は2023年の年の瀬にいる。
12月のクリスマスシーズン。煌めく日本橋の街並みを避けるように、細道だけを選びながら、指定されたクリニックへ向かう。MRIで精密検査をするためである。それでも松葉杖が、イルミネーションを反射して鈍く光る。
「特発性大腿骨頭壊死症」
この、ホラーマンの戒名のような病気の疑いがまだ晴れていないのだ。
厄介なことにこの病気は「指定難病」である。原因が不明で、治療法が確立していない病気ということだ。
罹患率は五万人に一人、など言われている。
五万人に一人。フジテレビの女性アナウンサーの倍率ではないか。
つまり俺が、高島彩になれるかいなかの確率である。
就職活動を、全力で取り組み、六十社全て落ち、天を仰ぎ「了解です」とひとりごちた経験がある私からすれば、そんな倍率に引っかかるはずがないのだ。恐らく外科医の早とちりであろう。
さて、MRIの診断結果はCDとして受け取った。
輪切り映像にすることで、どれくらい骨頭が壊死しているかが判るのだ。
「輪切りにされた私の体」の映像が収録されているディスク。
上映したいという欲求が湧いてくるのは必然である。帰りの電車に揺られ、目を瞑る。映画館で上映している映像が頭に浮かび出す。
「今しがた、見えておりますは皆さん大好き、右脳と左脳。ところが、左ばかりが無駄に肥大して、金を生まぬ、四方山を垂れ流しているばかり!そうまさに今、この瞬間、目の前のように!畜生がこら」
「MRI活弁士」の妄想をしながら、その足で再び最寄りの外科医へと向かう。いわゆる「運命の時」が近い。まず年をまたぎたくない。早く、診断をくれ。待合室で、祈る。
診断というかもはや審判である。
確率的に、祈る必要がないほどレアケースなのだが、それでも祈る。誰に祈ろうか。テレビを見やれば、恵俊彰がふるさと納税の話をしている。なぜか白髪が輝いて見える。これだ。恵俊彰の白髪に、全ての祈りを捧げる。どうか、ただの炎症でありますように。
私の名前が呼ばれる。手足は既に震えている。舌が緊張で裏返りそうだ。
ゆっくり、医師の前に座る。受付時に渡した「輪切りにされた私の体」の映像をぐんぐん眺め、例の骨頭の箇所をぐりぐり動かし、ようやく私の方を向く。
「うん、やっぱり、あれだね。大腿骨頭壊死症だね」
人生で初めて、気絶をしてしまった。恵、恵、恵。