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August Rush

2024年8月オンラインリトリート
メモ書き

8月30日(二日目)

映画セッション『RISEN・復活』

鑑賞前のコメンタリーの時に
ラファエルのこの映画に対する印象を聞いたおかげで
楽に力入れずに引き下がって
期待なく観れて

鑑賞中始終ずっとリラックス

これこそが私がずっと欲しかったもの

映画の内容・演出・キャスティングがいいとかとかやなくて。

今までオンライン献身滞在で
何かGetしてやろうとしとったんに気付かせてもらった。

「外側に求める」

期待は地獄

ラファエルが
「いい映画だよ」って言った場合でも
『RISEN』の時のように
引き下がって観たい。


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8月31日(三日目)

映画セッション『イエスマン』

映画鑑賞後の
様々な兄弟の口から出る言葉がきっかけで

無価値感や孤独感、見放され感が出てきた。

それでも私だけは私を見放さない

「自分を見放さないようにします」
とだけ宣言したく、
それだけを
短くシェアして終ろうと思っとったけど、

それについて
のりこさんが解説をしていってくれた。


悪役をもうやらんでいいていう解放感

・もう悪役をやらんでいいていう

・悪いことをしてでも目立って存在したい
悪びれるんも、もうせんでいいよっていう

・目立たんでも大丈夫よっていう
存在価値を認めてもらおうとせんでいいよっていう

・目立って気を引こうとせんでもいいっていう


悪役を止めれる解放感と喜び

悪役に徹するんは
自分のことが大嫌いと思っとるっていうこと

自分を醜いし大嫌いと思っていることを認め、
それを訂正してもらうこと

それだけのためにこの人生がある

訂正を受け入れるためだけに
この世界に産まれてきたということ


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9月1日(最終日)

最終日はまさかのU-NEXT

その日にあった生配信youtubeでの
のり子さんの発言も重なり、

悲しみ、
排除される、
孤独、
無価値感。

いつものループ。

しかし

真我なるを辞めて
愛媛で生きていくにしても、

誰とも話が合わんしっていう
(今夏学生時代の仲間10人と久しぶりに集まったけど、
話が合わなさすぎて辛かった。
親族達と話が合わんのはもちろんのこと。)

私はもう静岡の帰れる家庭も家族も手放してしまったし、

今まで辞めていった真我なるの人達みたいに、
帰るとこや戻るところがもう無い。

もうイエスが言う通りに飛び込むしかないってなり、
U-NEXTに申し込んだ。

申し込んだ後、
そういや
昨日イエスマン(映画セッション)やったなって気付く。

観始めてもU-NEXTがらみの怒りが沸々。

そんな中、
「私今まで散々怒りをシェアをしてきたけど、やって何かなったか?
今まで?
何もならんかったよ」
ってなって、

どうやったか忘れたが

イエスに返したか?
訂正をお願いしたかもわからん

で、
アキレス腱伸ばししとったら

箪笥の上に置いとるイエスの栞が見えて、

イエスがここに居るんを感じた。

隣に居るかのような。

え?!イエスに出会える場所ってここやったん?!って。

イエスに出会える場所って
思考を渡した時」

今まで思考が出たら、
イエスの光の中に捧げるって散々やりよったけど、
こんな体験は初めて。

これがずっと欲しかったもんやって

これが体験できるんやったら、2,000なんぼなど出します出しますわ!

これが与えられ続けるんなら、
全財産あなたに捧げてもいいって思った。

そっからずっと
映画中号泣

上の人の
ドシンドシン音も
Augustのように
神の音に聞こえる。

言葉も音楽もいい。

ケリー・ラッセルが息子の張り紙を見た時も涙
その時の音楽(BGM)も。

シェアも
イエスに聞く

するかどうか

引き下がる

「私のなんて意味ない」っていう自己卑下が出る

捧げる

兄弟に出てくる思考も問題ない

イエスに渡すだけ

シェアした

のり子さんがうれしそうやって
シェアしてよかったんやってなって
安心した。


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9月4日(水曜日)

昨夜の「お知らせセッション」中
再び
私は排除される
孤独感。

8月オンラインの時に
癒されたけど、

自我はけたたましく
私を孤独にさせようとする。

朝はベッドの中で
このまま関東に行けず
愛媛にずっと居ることになるかもって
この先どうしたらいいんやっていう
いつもの思考ループ。

これまで
思考を全部イエスの光の中に捧げよって
すごい幸せやったけど。

August Rushの顔が何度も思い浮かんで、

朝セッションが始まる前に
パソコン立ち上げて、U-Nextを開く。

8月オンライン最終日は
思いがけずイエスに出会えて
ずっと泣きっぱなしやったけど、

三日経った今観ても

涙が溢れる。

こんなすごい映画やったん...

音楽も
演出も
脚本も
キャスティングも
すべてが素晴らしい。

まるで神様が作った映画のよう。

フレディ・ハイモアの顔、目、表情(14、5歳であの表情は凄い)

歴代最年少かもしれんけど、
アカデミー賞主演男優賞に絶対選ぶべき!!


他の俳優達も勿論、

神様に選ばれたかのよう。

観ていくうちに

8月オンラインで観た時とはまた
全然違う癒しに導かれた。

神父様がThe Juilliard schoolに
Augustを連れて行ったシーンを見た時、

Augustは
神父様と出会い、
ここに連れて行ってもらえた、

イエスがここに連れてきてくれた、

神様に出会わせてくれるために。

私も
真我なるハートに連れて行ってもらい(それまでのスピリチュアルも含め)
離婚して
横浜に連れて行ってもらい、

その後
愛媛に連れて行ってもらい、

ああ全部、
連れて行ってもらえとるんやって
涙が溢れて

オンラインリトリートで観た時よりも
涙が出た。

私もこの地に連れて行ってくれたんや、
イエスがってなって。


奇跡は当たり前で、
映画やけんやなくて、
ジョナサン・リース・マイヤーズが
あの時
横を向いたんは(ケリー・ラッセルを奇跡的に見つけた)

かみさまが
「今横を向くんだよ」
とジョナサンに確実に言って、
横を見た。

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午後、
August Rushブログを止めて
Ladybugs Englishに向かう。

いい感じ(出来とる感じ)の自分で自転車を漕いどったせいか、

フジのゆうちょに寄る感じがして(イエスに聞いてない)いい感じの自分で寄る。

ATM埋まっとる。

ある女性のふるまいを見た時、
外に矢印が向いて投影。

中学の時の通学路っていうのが思い出されて、

中学の時に通ったこの横断歩道の時も
ずっと自我しかなかったな、と。

Ladybugs Englishから帰ってきて

さっきまで
Aloha stateシーズンの
TERRACE HOUSE

観たことあるやつを何回も観る。

August Rushの顔も忘れて
ブログ書くのを先延ばしにする。

こうやって
時間の先延ばしをしとんやろか?

思い返せば、
今日の午前中は
とても素敵な時間やった。

朝のセッションも
ムージの本を久しぶりに取り出し、
読む機会が与えられた。

ちょうど
横浜から愛媛に帰る時
唯一リュックに入れとって
愛読しとった。

色鉛筆を愛媛で新たに購入して
線も引いてある。

羽田空港でもこれを読んだ。

私の全てをあげる話。

その後の
August Rush鑑賞も繋がってよかった。


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イエスと過ごす時間の方が
幸せやのに

世間的な楽しみごと(実際そんなに幸せではない)に時間を費やしてしまう。

気を散らして気を散らして
一生終らせたくない。

Augustの顔をいつも思い出したい。


The music is all around us
音楽は聞こえてくる

All you have to do is listen
心の耳さえ澄ませれば・・・

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