見出し画像

ガイドのおすすめ観光地  横浜 赤レンガ倉庫と少し歴史

通訳ガイドのぶんちょうです。横浜のみなとみらい地区にある赤レンガ倉庫は今、氷を張った仮設のスケートリンクがあります。赤い煉瓦と青空のコントラストがきれいです。

赤レンガ倉庫は、みなとみらい21地区で存在感を保つ2棟の煉瓦造りの建物です。中にはショップ、レストラン、カフェなどがある、おしゃれなショッピング施設です。多目的スペースなどもあります。

赤レンガ倉庫の外に出ると、すぐ広い海が見渡せるのが私が好きなところ。この辺りを歩くといつも空が大きいと感じます。寒いですが、お天気さえよければ海風に当たるのは、気持ちいいものです。東京の雰囲気とはずいぶん違いますね。

赤レンガ倉庫は歴史的な建物

この赤れんが倉庫、なぜ「倉庫」という名前がついているのでしょうか。話しは今から約170年前にペリー来航をきっかけに日本が開国をした時にさかのぼります。貿易の急増で貨物の保管場所が必要となりました。そこで政府によって建設されたのが、この赤レンガ倉庫でした。

当時は「横浜税関新港埠頭倉庫」という名称で保税倉庫として使われました。保税倉庫とはまだ、輸入手続きのされていない外国貨物を一時的に保管する倉庫のことです。

赤れんが倉庫は1号館、2号館のうち、2号館が先に建設されました。2号館は1911年(明治44年)、1号館は2年後の大正2年に竣工されました。海に向かって右側が1号館です。

設計者は明治建築における三大巨匠のひとり妻木頼黄つまきよりなかで、現在、神奈川県立歴史博物館となっている建物も設計しました。詳しい経緯は知りませんが、保税倉庫の設計に一流の建築家を関わらせたことは、明治政府の貿易に対する意気込みを感じます。

しかし、その後、横浜は関東大震災に見舞われます。本物の煉瓦造りの建物は本来地震には大変弱いのですが、1号館は半壊のみ、2号館は倒壊を免れたそうです。これは、それまでの地震の経験を踏まえて、煉瓦の中に鉄材を埋め込む処置を施していたためです。赤レンガ倉庫は当時の最新技術の結晶だったわけです。

その後、耐震補強などの修復を経て、戦後はGHQに接収されました。10年間の接収期間を終えると倉庫はまた元の役割を取り戻し、1989年まで80年間働き続けました。

しばらく放置されたままの倉庫でしたが、1992年に国から横浜市に所有権が移り、改修工事が始まりました。当時の記憶を留めるべく各所に工夫をしつつも現代の設備を設置して2002年(平成14年)に商業施設としてよみがえり今、たくさんの観光客を集めています。

参考:横浜赤れんがサイト
https://www.yokohama-akarenga.jp/about/history






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?