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【60ページ分を無料公開:第2回】書籍『中国はリベラルな国際秩序に対する脅威か?』より

『CHINA AND THE WEST 中国はリベラルな国際秩序に対する脅威か?』第1章から、マイケル・ピルズベリー氏へのインタビューの一部を公開します。
ピルズベリー氏は、日米両国でベストセラーとなった『China 2049──秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』(日経BP社)の著者です。対中関係に関する米国政府のアドバイザーでもあり、その見解が米国の政策に影響を及ぼすキーパーソンです。そのピルズベリー氏への、ディベートの事前に行なわれたインタビューの一部です。
ピルズベリー氏の中国についての見解とともに、彼自身の個人史と重なる形で、米中関係の歴史的経緯の一端も示されます。
*この記事は連載第2回です。第1回から読む方はこちらです。

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マイケル・ピルズベリー
(Image credit: Hudson Institute, Flickr)


◎マイケル・ピルズベリーとラッドヤード・グリフィスの対話

〔ラッドヤード・グリフィスはムンク・ディベートの司会者〕

ラッドヤード・グリフィス マイケル、あなたの著書『China 2049──秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』(日経BP社)〔原題:The Hundred-year Marathon〕を読んで、大変面白かったので、こんな質問から始めてみたいと思います。あなたが中国についての前提を考え直すようになったのは、いつ、どんなきっかけによるものでしたか? あなたは中国については特別に興味深い専門家だと思うのです。なぜなら、この問題についての知的な旅をしてきた人だからです。あなたはある地点から出発して、まったく異なる場所に到達しています〔過去に親中派だったピルズベリーが対中強硬派になったことをさす〕。どうして、そういうことになったのでしょうか?

天安門事件は「年寄りがやったこと」で、いずれ改革は進むと考えていた

マイケル・ピルズベリー 考え直した瞬間というものがあるわけではありません。実を言えば、1989年の天安門事件のあたりから、中国に対するわが国の方向に疑問をもち始めたのです。しかし、今振り返ってみると、アメリカ政府で中国問題を担当していた他の多くの人たちと同様に、私もナイーブで騙されやすかったのです。あの頃、私たちは、天安門事件は人権に対する大惨事であり、中国の改革路線における大きな後退ではあるものの、しょせんは90代の年寄りたちのやったことであって、彼らはもうすぐこの世を去るだろうと考えていたのです。もっと若い世代の、改革を志す人たちが権力を受け継ぎ、天安門事件のダメージを回復させるだろう、そんなふうに90年代に入るまで考えていました。

振り返ってみると、私にとっては非常に辛い思い出もあります。北京を脱出してフランスに行き、亡命政府を作ってリーダーを選び、中国に民主主義と自由市場をもたらすためのプラットフォームになっていた亡命者たちに対して、資金援助をしないという決定をジョージ・H・W・ブッシュ大統領〔任期1989~93年〕が下したことです。彼らの話を聞き、彼らが行った選挙を調査するために、パリに派遣されたのは私だったからです。

1995年、2隻の空母を派遣した事件でも〔第3次台湾海峡危機のこと〕、アメリカはまた、同じような行動をとりました。私と同様、親中国派だったビル・ペリーが国防長官だったときです。中国が台湾海峡を越えて2発の長距離ミサイルを発射したことに、ビル・ペリーは私と同じくらいショックを受けていました。運が悪ければ、大勢の人々が殺されたかもしれない行為だからです。アメリカは懸念を表明するために、2隻の航空母艦を派遣しましたが、それによって事態が鎮静化しそうにはありませんでした。

私たちも目を覚まして、自分たちが考えていたのとはまったく違う中国に対処しなければならないことを理解したはずだと思うかもしれませんね。しかし、あのとき、中国はこう言いました。「悪いのはアメリカだ。アメリカが台湾の総統選挙、初めての直接選挙を応援したのだから。こんなことになったのも、もともとそっちのせいだ」と。中国の言い分にはいくらか真実も含まれていました。アメリカは台湾の直接選挙を応援したのです。こうして、私を含む皆がまた、こんな考えに落ち着いたのです。「彼らももう90代だ。こういうこともすぐに過去のことになるだろう」と。

しかし、これらの過ぎてゆく出来事の一つひとつが──今、そのうちの2つについてお話しましたが、実際には6つの出来事があったのです──私たちをますます不安にさせました。それでも、私たちはこう言って自分たちをなだめていたのです。「こういうことも、もうじきに過ぎてしまうことだ」と。私たちはまったく間違っていました。

R・グリフィス あなたはずっと中国問題を研究してこられましたね。中国の経済の自由化がやがては政治の自由化へと進むという、私たちが実現を願ってきたこの約束が、ここ10年ばかりの間に完全にストップしてしまったのは、なぜだと思いますか? こんな状態になってしまったのは、現在の指導者の問題なのでしょうか、それとも、それとは別に、中国社会には政治の自由化を阻む別の力学が働いているのでしょうか?

表に出てこないタカ派が、中国の政治の自由化を阻んでいる

M・ピルズベリー その両方ですよ。中国のリーダーシップの内側で働いている力学と、外部からは見えない中国のタカ派の隠れた影響力の両方です。彼らはスティーブン・バノン〔アメリカの保守派のオピニオン・リーダーで、トランプ大統領の就任時の側近〕とは違って、テレビに出て自分の意見をしゃべったりはしません。中国のタカ派は非常に強い力をもっていますが、外の世界では知られていません。タカ派とは、中国の将軍たちや、情報部門の幹部たちで、私は彼らにいろいろ対応してきました。彼らは自分の意見を隠しています。だから、私たちはずっと自分を騙してきたのです。私たちの側も、中国とはきっとなにもかもうまくいくはずだと信じたいので、ますます中国のタカ派の沈黙に騙されてしまっていたのです。

そのはっきりした例についてお話しましょう。中国の軍部が私の本を翻訳したのですが、その本を機密扱いにしました。党員と軍人だけが買うことができるのです。私は最近再会したある将軍に尋ねました。「いったい、あの本のどこがいけないんですか?」。すると、彼はこう答えました。「あなたは中国がアメリカを騙したと書いてるじゃないですか。でも、私たちは中国が複数の政党による民主主義になるとか、自由市場になるとか、そんなことを言ったことは一度もありませんよ。あなた方がそう言ったときに、ただ黙っていただけです」。

確かに、彼の言うとおりです。私のメモを読み返してみても、中国のタカ派たちが、「ピルズベリー博士、いつか中国も、アメリカ大統領選挙のニュー・ハンプシャー予備選挙のような選挙を行って国家主席を選ぶと誓いますよ」などと言ったことはありません。確かに、そのとおりです。

本音を隠して相手を欺くやり方は中国の文化の一部?

R・グリフィス あなたはかつて、中国のこのような本音を隠して相手を欺くやり方は、1000年以上前の春秋戦国時代にさかのぼることができると分析していましたね。つまり、それはイデオロギーによるものというだけではなく、中国の文化の一部なんですね。

M・ピルズベリー そうです。しかし、このように私たちが中国側のごまかしを誤解してしまったのは、大学院で中国について習ったことのせいでもあります。私はコロンビア大学で中国政治を研究して博士号を取りました。しかし、春秋戦国時代については習わなかったのです。相手を欺くことの重要性についても習わなかったのです。私はそれを現実のなかで中国人たちから学びました。中国には外交関係をどのように行っていくか、軍事戦略をどのようにするかについての独自の教科書があるのです。私たちは随分後になってから、これらの教科書を入手して、やっと理解し始めました。「そうか、そういうことだったのか」と。それらの教科書には、超大国に対しては「韜光養晦(とうこうようかい)〔自分の実力や計画を隠しておくこと〕が最も有効なツールだと書いてあるのです。自分たちが相手を追い越せるときまで、そうすべきだと書いてあるのです。

その本を読んだ人はすぐ気づくでしょうが、中国にはこういう素晴らしいことわざがあるのです。「鼎(かなえ)の軽重(けいちょう)を問うべからず」というものです。

この言葉は春秋戦国時代の物語から来ています。帝国(周)から権力を奪おうと欲しているある国(楚)の指導者(荘王)が、皇帝の孫にうっかりこう尋ねてしまいます。「宮殿にある鼎の重さはどれほどか?」と〔九つの鼎は皇帝の権力の象徴であり、その重さを問うということは、それを持ち去る意思があるという意味になる〕。中国のことわざというものはとても生き生きとしていますね。こういうことわざを知っていることが、中国では教養のある人ということになっています。

そうです。鼎の軽重を問うてはいけないのです。しかし、習近平はそれをやってしまったという人もいます。彼は自分の手の内を早く見せ過ぎたというのです。トランプ大統領との貿易戦争を誘発してしまった、南シナ海の軍事基地化も進めてしまった、という批判があります。オバマ大統領にそんなことはしないと約束したはずなのに。習近平は中国のリーダーの本来あるべき姿よりも傲慢(ごうまん)だということで批判されているのです。

ところで、2011年に「中国は21世紀の覇者となるか?」というテーマで行われたムンク・ディベートで、ニーアル・ファーガソンが、「中国は傲慢になった。こういう行動をとったことを後で後悔するだろう」という趣旨の発言をしていましたね〔『中国は21世紀の覇者となるか?』(Does the 21st Century Belong to China? )早川書房〕。

R・グリフィス あなたはきっと、こんなふうに批判されたことがあるんじゃないでしょうか。「中国にはもともと人を騙そうとする文化があるなどと言うのは、まるで黄禍論(おうかろん)〔19世紀半ばから20世紀前半に白人国家で広がった黄色人種脅威論〕の時代に戻ったみたいな態度じゃないか。中国人は私たちとは違う、私たちが世界を見るのと同じように世界を見ることができない人たちだとでも言うつもりか」とね。

M・ピルズベリー そうでしょうね。でも、私だって、中国人だけが人を騙すなどと考えるほど馬鹿でもないし、人種差別主義者でもありません。実を言うと、今お話した中国の戦略の教科書では、西側諸国の騙しのテクニックを比較し、褒めたたえているのです。一つの例として、ノルマンディー上陸作戦の話があります。実は私もそれまで知らなかったのですが、米、英、カナダの連合軍はカレーを盛大に爆撃したのです。多くのパイロットが殺され、多くの飛行機が撃ち落されました。それもすべて、連合軍はノルマンディーよりイギリスに近いカレーから上陸するだろうと敵に思わせるためだったのです。この作戦を中国人は褒めたたえているのです。この策略で、第2次世界大戦は勝てたのだというのです。

もう一つ、有名な騙しの話があります。イギリス軍とアメリカ軍がスペイン沖で潜水艦から死体を流したそうです。ナチスはこの死体を見つけ、「おお、手首に手錠でブリーフケースを付けているぞ」と言って、開けてみました。ブリーフケースには地下鉄の切符、オペラの切符、それから、アメリカ軍がフランス南部に上陸するという作戦地図が入っていました。それはまったくの嘘だったのです。ロンドンでアイゼンハワーとチャーチルが企(たくら)んだことだったのですが、これがうまくいったのです。中国人はこの話が大好きなんです。ですから、中国人が騙しの作戦をとって、それがしばしばうまくいっているという話をしても、私が人種差別主義者だということにはなりませんよね。中国人は「我々とは違う」なんて言っていませんからね。中国のその教科書には、騙しがうまくいくのは相手に信頼されたときだけだとはっきり書いてあるんですよ。人を騙すような人ではないと相手に思われて、初めて相手を騙すことができるんです。

「トゥキディデスの罠」理論に賛成できない2つの理由

R・グリフィス 最後の質問です。有名なあの言葉、つまり、「トゥキディデスの罠」のたとえです〔アメリカの政治学者グレアム・アリソンの造語〕。これは古代ギリシャの歴史家トゥキディデスにちなむ言葉です。トゥキディデスは、アテネの勃興はスパルタにとって脅威となり、やがて戦争が避けられなくなると予測したといわれています。アリソンによれば、過去500年を振り返って、スパルタとアテネの対立に似た例を探してみると、このようなライバル関係の例は16ほどあり、そのうちの約75%は戦争につながったそうです。アメリカと中国は今や、この「トゥキディデスの罠」に陥ろうとしているのでしょうか?

M・ピルズベリー 私はヘンリー・キッシンジャーの『中国──キッシンジャー回想録』(On China)(岩波書店)の最終章に書いてあったことに賛成です。彼は戦争が起きるかもしれないと心配しており、その戦争は第1次世界大戦の規模になるだろうと書いています。つまり、敵にも味方にも数百万人という数の死者が出る戦争ということです。私はもう一つの可能性があると考えます。それは、偶発的な戦争の可能性です。中国のタカ派のなかにこんなことを言っている人たちがいます。「今度アメリカ人が中国の海域に入ってきたら、中国は船を出して、アメリカの船を沈めてしまうか、攻撃するかしよう」と。こんなことを言うのは、ほんの数人の頭のおかしいタカ派だけかもしれませんが、私はその人たちを直接知っているし、彼らは中国政府のなかでそれなりの影響力をもつ人たちです。ですから、不慮の、偶発的な戦争という可能性もあると思っています。第1次世界大戦規模の紛争が起きる可能性については、キッシンジャーはきわめて明確にこう説明しています。そういうことが起きるとすれば、それは北京かワシントンか、どちらかで、タカ派が政権の主導権を握るようなことがあれば──ワシントンの場合は、選挙でという意味ですね──私たちは戦争への道を歩きはじめることになるだろうというのです。

ですから、私は戦争はありえないとは言いません。ほんの15年前のことですが、アメリカの軍事雑誌には、つまり、陸軍、海軍、空軍、海兵隊のどの雑誌の場合もですが、非公式のタブーがありました。中国との戦争についての記事を載せてはいけないというタブーです。そのようなテーマが禁止されていたのは、それが挑発的だからでもありますし、戦争の可能性が低かったからでもありました。しかし、過去3年間には、すべての軍の雑誌に中国との戦争にいかにして勝つかについての記事が多く掲載されています。新しいテクノロジー、新しい軍の展開、そして、よりよい諜報(ちょうほう)活動などの記事です。

中国側でも、かつては、アメリカとの戦争を少しは考えたことがあるとしても、政府高官たちがそれを私に明らかにしたことはありませんでした。戦争といえば朝鮮戦争のことであり、その後、朝鮮戦争のような戦争は二度と起きていませんでした。しかし、5年ほど前に様子が変わりました。中国人は今や、どんなタイプの戦争が起こりうるか、きわめてオープンに口にするようになりました。たとえば、アメリカが他の国を支持した結果として起こりうる戦争です。2年前、ブータンが関わる国境紛争で、アメリカがもしインドを支援していたら、中国は軍事力をもってアメリカを罰しようとしただろうと彼らは言うのです。アメリカ、中国双方の軍隊が、どうしたら戦争に勝てるか、オープンに語り、双方が相手国を想定した軍事演習を行っているわけですから、少なくともいくらかは危険な状態と考えないわけにはいかないでしょう。

私は政治学者グレアム・アリソンの「トゥキディデスの罠」という理論には賛成しません。中国人は彼の考えたこのような理論に賛成しており、それはアリソンにとってよくないことです。なぜなら、この理論によれば、アメリカは理由もなく中国を怖がっており、そのせいで戦争が起きるということになるからです。しかし、中国のことを心配している人々のほとんどは、アメリカは戦争を避けなければならないと考えています。私たちは中国における改革の可能性を高めなければなりません。私も、他の人たちも、その夢をあきらめてはいません。「トゥキディデスの罠」の理論には二つの危険があります。一つは、戦争は不可避であるかのようにみえることです。第二に、アメリカと西側諸国の姿勢が間違った感情にもとづいて考えられていることです。どういうわけか、アメリカはわけもなく、か弱い中国を怖がっており、そのせいで戦争が始まるのだという理屈です。私はこんな理論には賛成できません。

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