イギリス裁判所「『TERFへの差別』は差別である」、との判決を下す。
はじめに
去る7月27日、イギリスの雇用審判所は、「生物学的性別が重要であると信じる女性の権利を擁護する」判決を公開した。刑事弁護法を専門とする弁護士にしてLGBアライアンス創設者のアリソン・ベイリー[black lesbianでもある]は、彼女の「ジェンダー・クリティカル[TERFの中立的な呼び名]」な信念に基づく差別を会社から受けたとの主張が認められ、£22,000[約360万円]を手にした。※TERFとはトランスジェンダー、特にトランス女性に対して排斥的な立場とみなされたフェミニストの事で、一般的に蔑称である。
またベイリーの次のような信念が、平等法で保護される哲学的信念であると認められた。
上に挙げた信念は「請求者の信念は、全体として見れば、説得力、真剣さ、結束力、重要性のテストに合格していると我々は判断している」と法廷で認定された。「なぜなら、ストーンウォールに対する彼女の反対の核心にあるのは、『トランス女性は女性である』というジェンダー理論に対するストーンウォールのスタンスは、彼らの信念の問題であり、女性の権利、単一性別空間へのアクセス、レズビアンのアイデンティティを侵食しているという理解であり、それはまた、ジェンダー・クリティカルの信念をトランスフォビアでヘイト・クライム的なものであると決めつけ、ジェンダー・クリティカルの信奉者に対する暴力につながることもあったためである」(同調書 76頁(.290))。
また上記信念が、イギリスの平等法で保護されるべき「民主主義社会において尊重に値するものであり、他者の基本的権利に抵触しない」(グレインジャー基準の5)「哲学的信念」であると、認められた。ちなみにグレインジャー基準とは次の5つだ。イギリスの2010年平等法で保護される「哲学的信念」と認定を受けるには、5条件すべてを満たす信念でなくてはならない。ベイリーの上記「ジェンダー・クリティカル」な信念は、5条件を達成したと認められた。
遡れば2019年のマヤ・フォーステイター裁判で、ジェンダー・クリティカルな主張が、グレインジャー基準の(v)項を満たすか、審議された。フォーステイターの論理もベイリーと共通しており、「女性」が教育を受け、公共の場で安全に過ごすために単一性別空間が重要であると述べる。またフォーステイターは「トランス女性は男性である」は、生物学上の基本的な「真実」であるという。(※Maya Forstater v CGD Europe and others 27, 22頁)
フォーステイターの場合、当初は条件(v)「民主主義社会において尊重に値する」を満たさないとされ、敗訴した。しかし2021年の控訴審[EAT]では一変し(v)も認められ、シンクタンクが客員研究員の契約更新をしないとした決定は、フォーステイターの「ジェンダー・クリティカル」な信念に関連する、彼女への直接差別であると判断した。
専門家は次のように評する。
また専門家によると、フォーステイター裁判の判決は、「ジェンダー・クリティカルな信念が保護されるべき哲学的信念であるという状態が、下級審を拘束し、議会が反対の立法をしない限り変更されそうにないことを意味する」。
付言すると、ベイリー裁判は「男女の違いを決めるのは生物学(セックス sex)と社会的役割(ジェンダ ー gender)、どちらが正しいか」を決めるものではない、と法廷は述べる。「女性は性別sexによって定義されるという信念も 、ジェンダーは自己のアイデンティティself identityの問題であるという信念も、信念として保護される。違いを許容することは、開かれた多元的社会の本質的特徴である」(同調書 14頁(.53))。
まとめると、単に「好きな事を言う自由」が認められたのではなく、「シス女性」やレズビアンの安全を訴えるベイリーやフォーステイターの信念が、トランス女性の権利を訴える信念と天秤にかけられ、いずれも「民主主義社会において尊重に値するもの」であると法廷で認められた、との事であるように思う。
なお英ガーディアンの論説委員であるソニア・ソダは、「同性愛者の権利擁護の慈善団体ストーンウォールが、黒人レズビアンに対する差別で訴えられたことは、すべてのLGBTQ+の人々の権利と利益が完全に一致すると当然に思い込むことが、いかに間違っているか示している」と裁判にコメントした。
ガーディアンのコラムも判決を祝福
そして、これはQアノン機関紙ではなく中道左派・ガーディアン紙の事なのだが、ガーディアンはフォーステイターとベイリーの判決を言祝ぐコラムを、7月29日付で公開した。
性同一性についてのストーンウォールの方針が信じられない?いいんです。それでクビになることはない。-ガーディアン
コラム結論部は、明らかにジェンダー・クリティカルに共感的なものだ。
つまり、ガーディアンも雇用審判所もネオナチか、Qアノンの手先なのだろうか。
無理がある世界観と思われる。裁判調書を読む限りでも、幅広い人々の声を集め、トランスの人が差別で受ける被害を無視せず、困難な問題に対し慎重に下した判決に思える。ベイリーの訴えは退けられたものも多い。
日本で言えば「朝日新聞のような位置」の、「イギリスでもっとも権威ある新聞の一つ」で「中道左派・リベラル」紙ガーディアンも、イギリスの雇用審判所も、Qアノンではない。
だとすれば、これはイギリスの中道左派・リベラル基準で、待ち望まれた判決なのだろう。
日本にいると、Twitterで「本棚にTERF本罪」や「TERFにいいね罪」、「TERF本販売罪」、「TERFと対話や討議罪」などが話題になり、あまりにイギリスと認識が異なり過ぎる。イギリス社会は「経験」した上でこうした判決が出ているわけで、日本でも、イギリスのこれら判決が参考にされる可能性は高いだろう。
もちろん、社会事情が異なるため、日本では異なる判決が出る可能性もある。しかしイギリスの法廷がこう考えたのだから、日本でこう考える人がいたとしても、「ナチズムや全体主義に近いものである」と非妥協的に即断する事は、恥をかく可能性もあるし慎重になる方がよいだろう。それとも、イギリスはナチズムの支配する国なのだろうか。
いずれにしても非妥協的態度の人は、今のうち、少しずつでも話の通じる穏健ポジションへと移動した方がいいのではないか。(※本記事の翻訳は、DeepL先生訳を使用or土台としている)
付記:フォーステイター裁判の判決文には次の注意がある。
2022/10/05注:ある方から「マヤ・フォースタター」が正しい、修正して欲しい旨の強い要望がありましたが、まったくの別件にてこの方の判断を疑う理由ができたため、「マヤ・フォーステイター」に戻しました。