「読めない」からはじまる
休日の朝、いつもの場所に父は座っていた。
「ちょっとこっち来て」
廊下の母を呼び止めて、向かいに座らせる。
「今日の新聞、何が書いてあるか分からないんだよ」
「どういうこと?」
「読めないんだ、字が」
意味が分かるまでほんの数秒、でもそれがひどく長かったと母は言っていた。慌ててかかりつけ医ところに電話をする。休日当番医ではないため、病院には当直医が一人だけ。でも事情を汲んで、すぐいらっしゃいとふたつ返事で受け入れてくれた。
病院へ着くと、すでに看護師が外に迎えに出ていた。
「痙攣やしびれなどはありませんか?」
「それはないです」
父が答えたのを聞き、看護師から少し笑みがこぼれた。
「あまり動かしたくないので、車椅子に乗ってください」
今が大丈夫でも、いつどうなるかは分からない。とりあえず簡単な診察を受けてCTで脳の画像を撮ることとなった。母が連絡したあとで、医師がすぐにCTの検査技師を呼んでスタンバイしてくれていたのだ。
「ここ、見えますかね。白く影があるでしょ?ここが出血箇所。3センチくらいだから、これくらいで収まっているんだと思います。」
映像を見ながら、医師の説明をうける。
「ただ」
医師がつづけた。
「これだけでは判断が難しいので、専門医を紹介します。電話掛けたら受け入れてくれるということなので、これを持って〇〇病院へ行ってください。」
この〇〇病院は県内でも有名な脳外科の専門医のいる病院で、その医師が偶然休日に詰めていたことも運が良かった。しかも、かかりつけ医のところから車で15分とかからない近さだ。救急車ではなく、母が車で連れていく。
かかりつけ医では、脳の出血ではないかとCT検査をしたが、〇〇病院では他の部分にも出血がないか細かく調べるためMRIを撮る。
「それではここでは軽い運動のようなことをしましょう。」
医師は父に、「右手」「左手」「右の親指出して」「左足でトントン音出して」と順々に四肢の動作をみて、
「最後に力比べしましょう」
と、父と手を繋いで引き合いをして、
「力強いな。うん、大丈夫でしょう」
と頷いた。MRIの結果も幸い出血箇所は1箇所のみ。量も少量なので、手術ではなく入院して様子を見ながら薬で対処することとなった。
さて、文字が読めなくなったとは、どれくらいかというと、
数字 ○
ひらがな ○
カタカナ △
漢字 ✕
アルファベット △
ひらがなは読めるが、カタカナや漢字が交じるとひらがなもおぼつかなくなる。父は「小学生のドリルからやり直し」と言っていたが、1日目は暗澹たる状態だった。
翌日から文字の読み書きと、運動機能のリハビリがはじまった。運動の方は「力強い」といわれるくらいだから、この日のうちにリハビリは終了。だが、文字のほうは遅々として進まなかった。
「『は』を書いてください」と言われて、「ま」を書いてしまう。「れ」は「お」のような文字になる。ひらがなは読めても書くことが難しいようだ。漢字は画数少ないものなら読めるようになったが、それでも似たような形の漢字は読み誤る。父の苛立ちは相当なものだった。
3日目。再びMRIを撮る。影は明らかに小さくなったが、それでもまだ血溜まりは残っている。自分の名前を漢字で書くことはできるが、その他の漢字は不安。ひらがなの書き間違いは少なくなり、カタカナ混じりでも読み書きできるようになる。昨日からはかなりの進歩。
4日目。もう帰りたい、とぼやき始める。文字の読み書き以外は全く問題がなく、体力は有り余っている。テレビを見てもつまらない、でも本は読めない、時間も有り余っている。することがないのだ。
5日目。医師から帰るタイミングの話が出る。これで明日にも帰れるような気になって、さらに帰りたいが加速する。文字も小学生程度は読めるようになって、生活に支障がだいぶなくなってきた。
入院10日目。父は退院となった。脳内に出血があったのにこれほど早く退院できたのは、発見が3時間内と早期であったことが大きい。半月経って改めて診察を受け、脳内の血溜まりもほぼなくなったことを確認、
「これなら、大丈夫でしょう」
の一言をもらい、運転免許センターへ申請にいく。現行の道路交通法では、脳血管疾患(脳内への出血、脳梗塞やくも膜下出血など)を発症したあと、自動車の免許更新には、医師の診断と公安委員会の許可が必要になる。今回は更新ではなかったが、医師の勧めで公安委員会へ相談という形で、判断をあおいだ。手足に障害が出ていないことと、文字の読み書きも回復基調にあるため、問題なしの判断をもらえた。
今は見た目にも健康体、文字の読み書きも支障はない。本人も発症前に戻ったと思っていて、仕事にもリハビリ程度に復帰し始めた。だが、それが一番危ないと思っている。一度このような症状が出た場合、気をつけていても繰り返し起こる可能性がある。本人が薬の飲み忘れや過度な運動など無理をしないよう気を使ってくれればいいが、あいにくそういう性格の人ではない。いつまでも若い気で飛び回ったり、以前の調子でふと行動されると困るのだ。家族としてはただ治った、良かった、と安閑とはしていられない。軽く済んで良かった反面、これからが注意の日々になる。