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言ってもいい?【BL】

  ……好きだなあ。

 不意に頭に浮かんだ言葉。颯は隣でいつものように笑いながら、マンガを読んでいる。
 いつものように当たり前の午後。
 休憩場所にしている歴史同好会の狭い部室には、颯の他には誰もいない。
 颯のちょっと長めの前髪が、笑うたびに揺れるのをちらちら盗み見ながら、僕は本に集中しているふりをする。
 だけど、颯が笑うたびに長い足までばたばたさせるので落ち着かない。
「すっげー面白いよ。これ。祐はもう読んだ?」
 歯を見せてにいっと笑うと目尻が下がって、まるで猫バスの猫みたい。いい男台無しだ。
 でも、颯は楽しいことは必ず僕にも分けてくれる。
「まだ読んでないから後でいいから貸して」
「オッケー。じゃあ。昼休み中に読んじまうかなー」
「急がなくていいよ」
「だって、早く読みたいだろ? 祐も」
 そう言って、やっぱり猫みたいににんまりと笑う。

 ああ……やっぱり好き。

 いつも隣にいるのに、いつもつるんでいるのに、今まで一度も口にしたことがない言葉。
 この好き、は友達の好きじゃないから。
 口にしたらこの心地いい時間も壊れてしまう気がした。だって颯は彼女がいたこともあるし、誰からもモテるのだ。

「祐、さっきから何読んでるの? 小説?」
 颯は僕の肩に顎を載せるようにして、横から手元を覗き込んできた。
「さっき図書室で借りてきた。時代小説。信長の話なんだけど、視点が森蘭丸になってて、ちょっと面白そうと思って……」
「また信長かー。祐は戦国時代好きだもんなー」
 頬のすぐ横に颯の顔がある。
 近すぎだって……。
 くすぐったいような気分だったけれど、冗談で返した。
「何しろ戦国武将の名前でご飯三杯はいけるからね」
 颯は背中から本を覗き見て、ふいにぽつりと言った。
「なあ。蘭丸って、信長と出来てたの?」
「……へ?」
 いきなりすぎる話題に、僕は驚いて間抜けた返答をしてしまった。
 蘭丸は信長の小姓で寵愛されていたというから親密な関係だったんだろうけど、「出来てた」は何か違う気がする。
 というか、歴史に詳しくない颯が何でいきなりそんなコアな話を持ってくるんだ。
「うちの姉貴がそんなこと言ってた。まあ、昔の話だから、理屈じゃわかるんだけどモヤッとした」
 気持ち悪い。そんな風に思ったんだろうか。
 僕は言葉を呑み込んだ。慎重に言葉を選ぶ。
「恋愛とは違うんじゃないかな。主従関係だったんだから、対等じゃないし」
 ちょっとそわそわと落ち着かない気分になりながら、素っ気なく答えた。
 颯は僕の様子に気づかないように、僕の肩に顎を載せたまま、話を続ける。
「えー? それ今で言ったらパワハラじゃん」
「いやまあ……その当時は……」
 当時は結構多かったらしい。戦場に女性を連れて行けないからとか理由はいろいろあるらしいんだけど……そう言われてしまったら即終了だ。
 颯は大げさな溜め息をついた。 
「祐みたいな美少年だったら、その時代に生まれてたら大変だよ」
「はあ? 何それ?」
 って、僕は美少年じゃない。
 細くて白くてモヤシみたいだとか、睫毛が長くて女みたいとか言われたことはあるけど。
 美少年。言われても褒め言葉とは思えない。
「なんかさ、現代でよかったなーと思って。世が世なら殿様のお気に入りじゃん?」
「……なんだよそれ」
 どういう思考回路だよ。
 颯は椅子から立ち上がると、長い手足をひけらかすように背伸びする。手が天井に届きそうなほど。
「祐を奪い合って戦国武将が激しくバトルするのを想像してさー」
「人を勝手に戦国時代に飛ばすな。っていうか、そんな戦国時代怖すぎる」
「オレ、ほんとに今の時代でよかったと思う」
「だから……何の……」
 言いかけると、颯の手が伸びてきて、頭をぐるぐると撫でる。
 なんか、ペットか何かと勘違いされてないか?
「意味わかんない。僕が戦国武将のお気に入りになるの前提って、あり得ない」
「あり得るって」
「ないない」
 手をひらひらさせて言い返すと、颯はむっとした顔をして、不満そうに口を引き結ぶ。
「いーや。絶対あるって。祐の色気に参らない奴なんていないって」
「色気?」
 颯はそこで余計な事を言ってしまったというばつの悪い顔をした。
 それから、僕の目の前に来てしゃがみ込んだ。
 少し下から見上げるような形で、僕を見つめる。
「だから、その……祐の真っ黒い目とか……ヤバいんだよ。見ただけで大抵の奴はくらっとするんじゃないか? それが色気でなくて何だよ? だからオレ、普段からお前の正面には座らないようにしてるんだから」
 僕は唖然として、しばらく言葉を継げなかった。颯の頬がわずかに赤くて、僕が見つめ返したらふいと目をそらしてしまった。
 つまり、颯は僕に色気を感じてるってこと? 
 僕は浮かれてしまいそうな顔を無理矢理引き締めた。
「もう、バカじゃない? そんなわけないだろ?」
 そう、そんなわけない。誰彼構わずくらっとして欲しいわけじゃない。
 ……颯一人でいいんだから。
 そういう事ならこれからちゃんと颯の目を見て話そう。
 もっと僕に惑わされてほしい。僕だって颯にいつもドキドキしてるんだからお互い様だ。
 ……もしも、この「好き」が同じなら……。

 好き、って言ってもいい……かな?

   

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