電脳化
ㅤあぁ、こんな肉体はさっさと捨てて、液体に浸かった脳みそになってしまいたい。メタバースの世界に入ってから、そんな願いが日に日に強くなっていく。インターネットの自分が本当の自分になれば、電脳化して肉体さえ失ってしまえば、肉体と精神の乖離とか、美醜の格差とか、何色だからどうだとか、そういうしがらみとはおさらばだ。電脳化となれば、永遠の命の獲得にも繋がるわけだけれど、もし人間が永遠の命を持ったとしても、そのうち生きることに飽きて、誰もが最終的に自死するということをどこかで見たことがある。それが当たり前の世界になるのだと。その世界では、tiktokで踊るみたいなノリで、どれだけ愉快な死に方を出来るのかみたいな、映える自殺の手段がトレンドになったりするのかな。最後くらいは楽しい思いしたいし。ただ流行っているだけの、誰がどんな想いを込めて作ったのかも知らない、なんの思い出もない歌をバックミュージックにして、自分の死に様を大衆に晒す。それを見て皆笑って、真似をするんだ。電脳化は、生きたい人間にとっても、死にたい人間にとっても、どちらに対しても救済を与えうる可能性を秘めているのかもしれない。
ㅤ思えば、電脳化の技術の実現は反出生の実現なのかもしれない。脳みそだけになった生命に繁殖機能が備わっているとは思えないし、そもそも増える必要がない。繁殖という動物の至上命題を超越した、より高次な生命に生まれ変わるのだ。そう考えると、SFの世界が夢の世界に思えてきた。ディズニーなんかよりよっぽど夢と希望に満ちた世界だ。生まれてこなければこんなに苦しむことはなかった……そんな他者の愛の成就を恨むような悲しい思いをする人間が、そんな感情に傷つけられて首を吊る人間が、この先生まれてくることは一切ない。なんて素晴らしい、慈悲に満ちた世界なのだろう。