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In your heart 第4話
お願い…最後だなんて言わないで…
私のことはどうだっていいから…
『人は死んだら生き返らない。その最期の時に“もう1回“はないんだ』
あの日からその言葉が頭から離れなかった。
生きていた頃ならそんなのわかっている!と一蹴していたに違いない。しかし、あの日海で溺れた私は今この時ここで〇〇との時間を過ごしていた。
最初は不思議だと思った。そりゃそうだ私は確かに1度死んだのだから。
次にこれは神様からのご褒美だと思った。しかし、それもすぐに変わった。
でも今は違う。もう私はここにいてはいけない、日に日にそう強く思った。
〇〇には次に進んで欲しいし、えんぴーの人生をこれ以上貰うわけにはいかない。
だから私は決めた。〇〇と会うのは次で最後だと。
私はそんなに強くはない。〇〇の前ではいつも強がっちゃうけど、本当は脆くて弱い。
本音を言えばもっと〇〇と一緒にいたい。やりたいことだってまだたくさん残っている。
これは最後の私の強がりだ。私に出来る最善の道だと思った。
あるヤブ医者は自分の死期を悟ると敵に囲まれながらこう言った。
「人はいつ死ぬと思う?」
それは心臓を撃ち抜かれたときでも、不治の病に冒されたときでもないという。
「人に忘れられた時さ」
誰かが覚えていてくれれば、私はそこに存在することが出来る。
〇〇もえんぴーも私のことを絶対に忘れないでいてくれる。えんぴーの体を借りてからそれは確証へと変わった。
それにもう一個安心出来ることもあったからね。
そうして私は最後の強がりを実行した。
「そっか…わかったよ」
我ながら変に物分りがいい。自分の中でも似たような答えが出ていたのかもしれない。
飛鳥は強く俺に抱きついている。その姿から飛鳥の心中は察せる。
「来週のお祭りの日、その日が…その日で…」
また飛鳥は言葉に迷う。俺は体を反転させ、飛鳥の顔を見た。
この片田舎にはお盆の時期に昔からお祭りをしている。田舎の割には盛り上がり、花火なんかも行われる。
「分かった。一緒に祭りに行こう」
高校生までは毎年飛鳥と一緒に行っていた。最後とはっきり言葉にされると心にくるものがあった。
俺は飛鳥を抱きしめた。
あぁ、もう鈴虫が鳴いているのか。
「ただいま」
一人暮らしをしてからもこの癖はなかなか抜けない。日常に溶け込んでいるものは簡単に忘れることは出来ない。
ふと部屋の隅の紙袋が目に入った。俺は紙袋の中の本に手を伸ばした。
「あいつ…こんなの読んでいるのか…」
ページを捲る。今ならなんだか読めそうな気がした。
どんなときも時間だけは平等だ。気付けばもう祭り当日になっていた。
「〇〇さんも本なんて読むんですね」
休憩中に同僚の看護師に言われた。あれから読み続け、何とか今日1冊読み切れそうだった。
「俺だって本くらい読むよ」
とは言ってみたものの俺が人生で読んだ本は片手で足りる。
最後のページを読み終える。数十年ぶりの読書の感想は「悪くは無い」だった。
今日あったら感想を伝えよう。最後に間に合って良かった。そう思いながら本を閉じ、机に置く。
足取り軽やかに俺は午後の仕事に戻った。
最寄り駅で降りると、そこは人でごった返していた。普段ならめんどくさいとしか思わなかっただろう。俺は人混みの中から飛鳥を探した。
「何キョロキョロしてんのよ」
なかなか見つからずにいると背中に飛鳥の声が刺さった。
「ごめんごめん」
そう言って振り返ると俺は飛鳥の姿に息を飲んだ。
飛鳥は白地に桜の浴衣を着ていた。整えられた髪にするりと見える首筋。全てが新鮮に見えた。
「どう…かな…?」
「凄く似合ってるよ」
お互い照れくさそうに言葉を投げる。初々しい付き合いたてのようだった。
「エヘヘッ、ありがとう」
飛鳥に手を引かれて俺たちは人混みへと歩き出した。
「ん〜おいひぃ〜」
たこ焼きを頬張るその横顔に俺は見とれてしまう。
「何見とれてんの、はい!」
飛鳥がたこ焼きを差し出す。俺は何でもないよ、と言うとたこ焼きを口に含む。
「あっっつ!…ハフハフ」
隣では飛鳥の笑い声が聞こえる。口元を隠してケタケタと笑うのは昔と変わらなかった。
飛鳥は俺にサイダーを差し出す。火傷した口にサイダーかよ、と思いながら飲む。案の定、ヒリヒリしてキツかった。それを見て再び飛鳥はケタケタと笑った。
「まってよぉー」
「はやくはやく!」
近くを子供たちが元気に走り抜けていく。
「懐かしいね」
「俺らもきっとあんな感じだったよな」
人混みをかき分けながら祭りを楽しむその姿に過去の自分たちが重なる。
「〇〇、時間は?」
飛鳥は俺を思い出から現実に戻した。時間は後10分程で20時になる。
「そろそろ行くか」
俺は立ち上がると飛鳥に手を貸す。握ったその手はほんのりと暖かい。
そうして俺たちはある場所に向かった。
「おー、相変わらずいい眺め」
神社の脇の茂みをかき分けるとそこには見晴らしの良い丘がある。
「本当だ、変わってない」
俺が来るのは6年ぶり。子供の頃から花火はここで見るのがお決まりだった。
初めて見たとき、ここからの景色は日常にはない特別な感じがした。それは今も変わらない。
「ずっとここに来たかったの」
その言葉にはとても重みがあった。
「その件は…ごめんな」
「〇〇は悪くないよ。それに…」
ヒュ~~~ドンッ!
飛鳥の言葉より先に花火が上がった。2人で見つめる、2人で見る久しぶりで、最後の花火。
「綺麗…」
そう呟く飛鳥の目から1粒の涙が落ちていった。
花火は絶え間なく続く
赤、緑、黄色に、ハートに、星型
様々な光の造形の1つ1つが夜空に煌々と花を咲かせていた。
飛鳥も俺も見とれていて会話は無かった。
昔と何一つ変わらない演目。今は大体3割程度だろう。
飛鳥と繋いでいる手が強く握られる。もうその顔に涙は見えなかった。
「私ね、最期の最後までずーーーっと〇〇のこと考えてた」
演目が半分を過ぎた頃、飛鳥が口を開いた。
「〇〇との思い出とか、〇〇とやりたかったこととか」
「そっか…」
これくらいしか言葉は出ない。気を抜いたら感情が溢れてしまいそうだった。
「でも、全然後悔はしてない。寧ろ、もう1回〇〇に会えて嬉しかった」
ダメだ、もう耐えられない。年甲斐もなく俺は泣いた。
「昔っから〇〇は泣き虫だなぁ」
そう言って俺の頭を撫でる。本当ならこういうのは俺の役割なのに。
「グスッ…うるさい……泣いてねーよ…」
強がったって飛鳥の前では無駄だ。色々な思い出が一気に頭の中を巡る。
「俺も飛鳥に…飛鳥にまた会えて良かった」
花火はそろそろクライマックスを迎える。連発された花火が夜空を彩っていた。
あぁ、待ってくれ…この花火は終わらないで…
それでも俺は言葉を振り絞った。
「飛鳥、大好きだよ」
「ありがとう〇〇、私も大好きだよ」
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最後の花火が上がった。綺麗な青色の花火に微笑む飛鳥、俺は一生忘れない。
私は気づくと自室にいた。綺麗な浴衣を身につけている。
「そっか…お祭り…」
心が締め付けられる。部屋の静けさが耳障りだった。
写真フォルダを眺める。笑顔で映る私と〇〇さん。また胸がキュッとした。
ふと、メモがある事に気づく。普段は使わないのに…不思議に思いつつそれを開いた。
『えんぴー、体貸してくれてありがとう
もう自分のこと責めないでね。私はもう悔いはないからさ
〇〇のことよろしくね
偉大な先輩、飛鳥より』
短い文章、それでも最後の方は霞んで読めない。画面に落ちた涙が暗い部屋の中に光を拡散した。
「悔いはないって…そんなの…そんなの嘘に決まってる…」
飛鳥さんが死んで自分が生きている、そんな不条理なことあっていいわけがない。
太腿を拳で叩く。じんわりと広がる痛みを感じた。
私は泣いた。何も出来ない赤子のように、ただただ泣いた。
肩が震える。握っている拳も震える。浴衣には涙の跡が残る。
「私が死ねばよかったんだ…」
いくら泣いても部屋は静寂のままだった。普段なら好きな静寂が今は嫌で仕方なかった。
fin.