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In your heart 第2話

何度後悔しても気が晴れることはなかった。もうそこに飛鳥さんはいないのだから。






「ねぇ、どうしてあの日逢いに来てくれなかったの?私…最期だから待ってたのに…」

目の前には飛鳥がいた。泣きながら手を握られている。

「ごめん…」

こっちに帰ってから1ヶ月、この夢を見るのはもう何度目だろうか。俺にはごめん以外の返しが無かった。

ピピピピッ、ピピピピッ


目覚ましを止める。毎回飛鳥の次の言葉を待たずに起こされる。

「11時か」

夜勤明けはいつも昼過ぎまで寝ている。腹は減っているが一人暮らしの男の家には食べ物なんて常備しているわけが無い。

寝癖を軽く治して俺はコンビニに向かった。


「いっつもこれ買ってますね」

コンビニのレジの上にはモンスターとカップ麺が置いてある。

店員の顔なんて気にしたこと無かった。レジ奥に目を向けると、そこには屋上の少女がいた。

「毎回こんな時間にご飯買いに来るなんて、お兄さんってニートだったんですね」

ニート…なかなか甘美な響きだ。

「残念、夜勤明けだよ」

目の前の少女は口を半開きにし、納得した表情をしている。とりあえずニート疑惑を晴らせて良かった。

「でもこんな食事ダメですよ。ちょっと待っててください!」

レジを終えると少女はバックヤードに消えていく。胸元の名札には“遠藤”と書いてあった。

でも、見ず知らずの少女に待っててくれと言われて待ってやる義理もない。夜勤明けで面倒事に巻き込まれるのも嫌だった。

袋を左手で持つ。俺はそのまま家に帰った。


「お待たせしま…」

着替えを終えてバックヤードから出るとそこにはもうお兄さんの姿は無かった。

「チッ、逃げられた〜」

それでも私は諦めない。チャンスはまだある。こんな小さな街にコンビニなんて数軒も無いからね。

本当は帰るつもりだったけど、仕方ないからバイトに戻った。





「ねぇ、どうしてあの日逢いに来てくれなかったの?私…最期だから待ってたのに…」

またあの夢だ。それでも嫌な夢じゃない。夢の中でも、責められているとしても、飛鳥に会えるのは嬉しかった。

「ごめん…」

いつもの返しをする。そろそろ起きるな、そう思った時だった。

「ごめんって言っても許さないもん」

終わるはずの夢が終わらなかった。驚いた俺が言葉を詰まらせていると、遠くで目覚ましの音が聞こえた。

「えっ…」

いつもと違う朝、正確にはいつもと違う昼に困惑する。落ち着く意味でもいつものコンビニに行くために外に出た。

「あ…」

先週のことを思い出した。今日もいると困るな。

一通り天秤にかけ終え、結局コンビニに向かった。小さな街にあるコンビニの数は限られる。遠くの店に行く元気は無かった。

「何にも無いといいけどな」

今日もモンスターとカップ麺をレジに置く。目の前には不満そうな顔をした彼女がいた。

「どうして逃げたんですか」

顔に怒ってますと書いてあった。なかなかレジを通してくれない。

「いやどうしてって言われても…」

「今日は逃がしませんからね」

そう言うと裏手に戻ってしまった。どうやら実力行使のようだ。

波風を立てるのも嫌だったので仕方なく彼女を待つことにした。

「お待たせしました!」

コンビニの制服から私服に着替えた彼女はレジにある俺のフルコースを棚に戻すと、料理に使う材料をカゴに詰めて持ってきた。

「2640円になります!」

「え、俺が払うの?」

コクリと頷かれる。いつもより高い昼飯になりそうだ。

「君は大学生なの?」

手に大きい荷物を持ったままコンビニを出る。

「乃木大です。あ、私、遠藤さくらって言います!」

乃木大か、確か飛鳥もそうだったな。唐突な自己紹介に驚いていると家の前に着いていた。

「俺は〇〇。どうぞ」

鍵を開け、部屋に招き入れる。どうせ帰ってはくれないだろう。

「それじゃあ作りますね!」

どうやら俺に食事を作ってくれるつもりだったみたいだ。

「いや、大丈夫か?」

包丁の持ち方がなんかぎこちない。そんな俺の予想は的中することになる。


「〇〇さん、これ美味しい!」

結局、俺がカレーを作った。危なっかしくて見ていられなかった。

「それは良かった」

「〇〇さんが料理出来るなんてびっくりしました」

これでも大学6年間は自炊もちゃんとしていた。じゃがいもも切れない奴にびっくりされるとは心外だ。

「まぁ君よりかはね」

その言葉に反応し、彼女の食べる手が止まる。

「次は負けません!後、さくらで良いですよ」

「はいはい」

「あ、今バカにしましたね」

「うん」

「次はじゃがいもくらい楽勝ですよ!」

じゃがいもだけで切れて何を作る気なのか…


「さくらはなんで俺に構うの?」

今1番の疑問だった。

「んー、一目惚れですかね」

食器を洗いながら悪戯な笑みで振り返る。

「からかうなよ」

「出会いはいつも唐突なものですよ。食器ここ置いときますね」

それ以上言及はしなかった。知り合いが増えるのは別に悪いことじゃない。

お腹もいっぱいになると俺たちは他愛もない話をしていた。

「え、〇〇さんってお医者さんだったんですか?!」

「まだまだ研修中だけどな」

医者だと話すと大抵は褒められる。でもさくらは違かった。

「〇〇さんなら助けられたかも…」

表情に影が落ちるとさくらはボソッとそう呟いた。

「私の恩人の話です」

明るかった表情は影を潜める。なんだか詳しく聞くのは気が引けた。

「医者は神様じゃない。助けられない命だってあるさ」

さくらは小さく頷く。俺も自分自身にもずっとそう言い聞かせていた。

窓の向こうの太陽は低くなりつつあった。夕日が部屋を照らす。

「しんみりしちゃいましたね」

「だな。そろそろ帰るか?」

時計の短針は真下に近づいていた。高校卒業したてのガキンチョと夜を共にする気は無い。

「ですね。じゃあ行きましょ」

「行くってどこに?」

「私のとっておきの場所です!」

さくらに手を引かれながら俺は家を後にした。


「ここって…」

目の前から強い陽射しを感じる。色で表すとしたら、今は完璧なオレンジだろう。

「屋上かよ」

「私、夕暮れ時の屋上が好きなんです。高校の時から何度もここに来てるの」

そう言って微笑むさくらの顔に俺は無意識に飛鳥の面影を重ね合わせていた。

「だからあの時もいたのか」

「あの時は…色々悩んでたんですよ」

俺は屋上を見渡す。ここは今も昔も変わらず、色々な人の悩みを優しく受け止めている。

「でも、どこかのお人好しな人に会って色々吹っ切れましたよ」

また、さくらが微笑む。俺は少し照れくさくなりさくらに背を向けた。

ここに来ると嫌でも飛鳥の顔が浮かぶ。高校の時に一緒に屋上で弁当を食べた。喧嘩もした。夕暮れを背にたくさん話をした。

あの笑顔はもうここには無い。その現実を強く突きつけられた。

人知れずに涙が溜まる。こんなの俺らしくない。男らしくないと飛鳥にまた怒られる。

そんな思い出に浸っている時だった。背中に人の温もりを感じた。

「さ、さくら?」

さくらの小さい手が俺の腰に見える。

「どうしたんだよいきなり。からかうなって」

さくらからの返事はない。耳を澄ますと鼻をすする音が聞こえる。

「……〇〇…」

弱々しい鼻声で俺の名前を呼んでいる。抱きつく力が強くなった。

どうしてかは分からない。それでも俺は頭の中に浮かんだ言葉を口にしていた。


「あ…飛鳥…?」


俺を抱きしめる力更に強くなった。

「〇〇ぅ…うわぁぁぁぁぁあん」

この変な泣き方、昔から何度も聞いた。俺は確信した。

抱きしめる小さな手、俺はそっと自分の手を重ねる。

茜色の空に飛鳥の泣き声が吸い込まれていった。


「どうして…どうして最期会いに来てくれなかったんだよ…グスッ…待ってたのに…グスッ」

夢と一緒だ。違うことと言えば、俺の目に映っているのは飛鳥じゃなくてさくらだってことくらいか。

「ごめん…」

「ごめんって言っても許さないもん…グスッ」

ここまでは夢の通りだった。

「信じたくなかったんだ。現実を見れば見るほど怖くて、悲しくて…」

こんな形で夢の続きが始まるなんて思ってもいなかった。

「本当に〇〇は弱虫。男らしくないぞ…ニヒヒッ」

いきなり笑い出すのは飛鳥の変な癖だ。

「何が面白いんだよ」

「いや。ただ、〇〇だなぁって…ニヒヒッ」

「何だよそれ」

なんだか懐かしい。自然と顔が笑っていた。

さっきまでと変わらない笑顔。それでも、そこには間違いなく飛鳥がいた。

「飛鳥…」

俺は飛鳥を抱きしめた。あの日目を背けた、その埋め合わせをするかのように。


「本当に飛鳥なのか?」

階段に腰を下ろしながらそう尋ねた。時間が経ち冷静になる。そんなはずは無い、だって飛鳥は…。

「疑ってんの?」

「いや、そうじゃないけど…」

目の前に座っているのはさくら。でも中身は飛鳥。そんな非現実的なこと頭が簡単には受け付けなかった。

ニヒヒッっと笑うと飛鳥は思い出話をし始めた。

「ここに座ってよくお昼食べたよね。そこら辺で喧嘩して〇〇のことビンタしたっけ」

飛鳥は立ち上がると柵に駆け寄り、こちらを振り返った。

「ここでキスされたのも…ね///」

照れくさそうに顔を隠す。飛鳥らしい仕草だった。

「そっか…不思議だよ、本当に」

これは俺への褒美なのか、それとも贖罪なのか…そんなのどっちでもいい。目の前には飛鳥がいる、それだけで充分だ。

飛鳥の隣に立つ。時間が6年前に戻ったみたいだった。

「〇〇、かっこよくなった」

「可愛いよ飛鳥も」

飛鳥はどこか不満そうだった。

「それはさくらが可愛いってこと??」

まぁ…さくらも可愛いけどさ。俺はいたずらに答えた。

「さぁ、どっちかな」

「もう、バカ!」

2人で笑い合う。太陽はすでに地平線に姿を隠している。それは楽しい時間の終わりを示していた。

「そろそろ…終わりかも」

楽しい時間には限りがある。飛鳥も分かっていた。

「また会えるか?」

不思議な出来事は何度も起こらない。それでも僅かな希望は持ったって悪くは無いはずだ。

「んー分からない。けど…」

階段降りていた飛鳥が振り返る。

「私はまた〇〇に会いたいよ」

鼻腔をシャンプーの香りが通り抜ける。昔嗅いだ匂いとは違った。それでもなんだか懐かしい。

「ほら〇〇!」

飛鳥が手を伸ばす。今ならしっかりと握れる気がする。しかし…

握ろうとしたその時、飛鳥の体が俺にもたれかかってきた。




「ん…あれ?」

「お、起きたか飛鳥」

「あす…か?」

俺の背中で起きたさくらは不思議そうな顔をしていた。

「何でもない、ごめん。降りるか?」

もたれかかってきた飛鳥をおんぶして帰路に付いていた。この歳でおぶられるのはなかなか恥ずかしいのかもな。

「んー…いや、もう少しこのままでいさせて」

意外な答えが返ってきて驚いた。全く、またからかいやがって。

「なんでだよ。降りろ」

「良いじゃん、けち」

すっかりさくらに戻っていた。不思議と残念という感情は無かった。

6年経ってしまったが、今日初めて1歩踏み出せた。そんな気がした。


fin.

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