さよならエレジー
8月某日。
虫歯を削る日がきた。
今は診察券はアプリ。
便利な時代になった物だ。
予約であればスムーズに受付を済ませることができ、これまたスムーズに診察室へ案内される。
診察室での先生が来るまでの間、目の前に映された自分の歯のレントゲン。
何度も何度も確認してもどこが虫歯なのかさっぱりわからない。
本当にあるのか?騙されて削られていないか?
歯の近くって写真で撮れないものなのか?
と疑心暗鬼になる。
そうこうしているうちに先生が現れて
「今日は虫歯削っていきますー。あと銀歯にしますか?」
と淡々と聴いてきた。
あれ?前回来た時は削った時の状態で決める的なことをいっていたような…。思わず動揺してしまった。
「ほ…ほかになにがあるんですか?」
とおそるおそる聞いてみる。
「あとはー金歯とかーセラミックとかですかねー。こちらは保険適用外になりますのでお金かかっちゃいます。」
金歯、セラミック。よく聞くやつだ。
「それはちなみにいくらぐらいに?」
「◯万円とかですかねー。」
◯万円!?確かに金歯にすれば金持ちに見られて、セラミックにすれば違和感はないかもしれない。
が、しかし私は一般人。平凡な社会人だ。
その一本にかかる金額はあまりにも重い。
どうせ奥の歯だ。
誰かに「口の中にゲンコツ入れて見せてよ。」
と言われて口を開ける瞬間に見られない限りわからないだろう。
「銀歯でお願いします。」
と決意を固めた。
麻酔をかけられてから削られるまではあっという間だった。
受付はスムーズになるは削る時は痛くなくなるはず人間の進化は恐ろしい。
先生は削り終わるとさっそうと消えていき、衛生士の方が歯の型を取り始める。
「それじゃ型とっていきますねー。」
と言われすぐに粘土のような謎の物体をおもむろに削った歯に詰めてきた。
銃口を口に入れられて「10秒待ってやる。」という漫画にありそうなシーンぐらい口を開けて固まるのを待つ。
あががが…と漫画に擬音として使われそうな言葉が心の中を駆け巡る。
その型を外して衛生士さんがまた席を離れた時、私は削れた歯の形が気になった。
どんな状態なのだろう。いったいどこまで削られたのだろう。
おそるおそる舌を削った歯へ向かわせる。
並ぶ歯と歯の間にポッカリと穴が空き何もないのを確認した。
その瞬間私はひどく傷ついた。
自称虫歯なし。この先もずっと。
歯をいじられることもなく生きていける。
健康的な歯のまま死んでいくんだ。
と思っていたのに。
もっと早く歯医者にいっていればこんなことにはならなかったのに。
衛生士さんが戻ってくる。
「じゃあ次回出来上がった銀歯入れていくのでよろしくお願いします。」
とにこやかに言われたので
「わかりました。ありがとうございました。」
と何食わぬ顔で後を去った。
翌週、被せの銀歯を取り付けた。
表面はツルツルしていてなにか不思議な感覚である。
しかし、傷は元に戻らない。
だか、生活は続く。
これは次に虫歯にならないためにひとつの歯が「定期的に歯の診察いかないとこうなっちゃうよ。」と言ってくれたのだろうか。
わかったよ相棒。
俺はまた行くよ。
負けじと歯医者に。
さよならエレジー。
さよなら7D。