聖書物語①:神があなたを創った
「神があなたを創った!」
さて、今日から5週間にわたって、「聖書には何が書かれている」という話をします。聖書には、神がこの世界を創られたこと、しかし、この世界には罪と悪が入り込んでしまいました。最初はイスラエルという人たちを通して、そして最終的には、神はイエス・キリストを通して、この世界が悪から解放され、悪からの回復を目指すというストーリーが書かれています。
はじめて聖書を読む方向けの話ですが、クリスチャンの方にも、新たな聖書の読み方がご紹介できたらと思います。こういう読み方を「物語式読み方」と言います。聖書は、「こうしなければならない」とか「こうしてはならない」ということを書いている書物ではありません。聖書には様々なストーリーがありますが、「物語式読み方」では、そのストーリーを通して、神が何をしようとしているのか。著者は読者に何を伝えようとしているのかを読み取る読み方です。今日は、この世界の始まり、人間の誕生についての話ですが、それが私たちとどんな関わりがあるのかについてのお話です。そして、LGBTQの皆さんが、この話をお聞きくださり、神の愛と素晴らしさを感じていただければと思います。
聖書は創世記という書物から始まります。「はじめに神は天と地を創られた」ということばで始まります。ここから、私たちが住んでいる宇宙・世界が始まります。聖書によると、神は世界を6日で創りました。1日目は天と地、光と闇、昼と夜、2日目は空と水、3日目には海と陸と植物、4日目は太陽、月、星、5日目は鳥、魚、6日は動物と人間を創りました。
初めて聖書を読む方でしたら、「ほんとに6日で創ったん?」と聞きたくなると思います。クリスチャンでも、この箇所の理解にコンセンサスはありません。ある人は、1日24時間の6日間で創ったと言います。別の人は、「いや、この1日というのは実際は何千年もかかってる」という人もいます。またある人は、「ここの個所は、神様が世界を創り、秩序を与えたということを詩的な表現で書き表したものだ」という人もいます。私はこの3番目の考え方が妥当じゃないかと思います。しかし、どれか1つだけが正しくて、他の考えが間違っているということではありません。
今日、目を留めたいのは、創世記1:27です。
「神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された」
神はこの世界を創り、人間を創られました。そして、ご自分で創った世界と人間を見て、言いました。「それは非常に良かった」神が創られたものは美しく、素晴らしいのです。
しかも、人間は神のかたちに創造されたというのです。「神のかたちとして」と創られました。「神のかたちとして」とはどういう意味でしょうか。人間はこの世界でいわば「神の代理人」として創られました。
「神の代理人」とはどういう意味でしょうか。人間は、神が創ったこの世界を愛によって管理する役目を負っています。
創世記 1:28 神は彼ら(人間)を祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて、これを従わせよ。海の魚、空の鳥、地を這うあらゆる生き物を治めよ。」
「従わせよ」「治めよ」と書いてありますが、自分の好きなように支配するという意味ではありません。自然は神様が創られたものであり、同時に人間の生存のために創られました。人間への贈り物として理解しなければなりません。
キリスト教では神は愛だと言われます。神は全知全能で人間とはまったく違います。人間は神にはなれません。しかし、人間はその神の愛の写し絵と言っても良いかもしれません。人間は写し絵のように有限で、か弱く、乏しい存在です。しかし、神の愛をまとい、神の愛によって生かされる。人生は有限なのですが、100年ほどの人生の中で、神の愛を照らし続ける存在として創られました。しかも、人間は一人ではありません。男と女に創られたと書かれています。これは、決して人間のセクシャリティがバイナリーに創られたということではありません。人間が共同体を作り、互いに愛し合う存在になるということです。人間は一人では愛することはできません。
先ほど、自然は神様からの贈り物であると言いました。私たちの周りにいるすべての人が神様からの贈り物なのです。その贈り物を私たちは自分本位に扱うことはできません。たとえば、「LGBTQはヘテロセクシャルのようなライフスタイルにしなければならない」「日本にいる外国人は日本人のようにしなければならない」というのは「支配」です。相手をコントロールし、自分の思い通りにしようとする言動です。
自然と同様に、人間の共同体の本質は多様性です。これは、つまり、神さまの創造の本質が多様性であるということです。だからこそ、私たちには愛が必要なのです。愛によって、この世界は、神と人間と自然のハーモニーが作られます。私たちが生まれ、生きているのは、神さまが私たちを愛してくださっているからです。
人間が自己肯定感を高めるためには2つのことが必要だそうです。1つは達成感。良い成績、仕事での成功、多くのお金を稼ぐこともそうです。しかし、それにまして大切なのは、「誰かに愛されている」という実感です。それは安心につながります。
LGBTQの方は社会の中で、教会の中で、心無い言葉を浴びせられた経験があると思います。傷つかないように、自分の性自認や性指向を隠して生きていらっしゃるかもしれません。シスジェンダーの方も、本当の自分の姿を教会では見せられない。そんなことをしたら不信仰と裁かれてしまうかもしれない。そんな気持ちになることはないでしょうか。
しかし、もしあなたの友人の1人でも、「私はあなたを愛している。何があっても、あなたと一緒にいる。あなたの性自認も性指向も、それは素晴らしい。問題が起これば、あなたと一緒に戦う」と言ってくれたら、どう感じるでしょうか。あなたの人生はどうなるでしょうか。
聖書にはこういうことばがあります。
イザヤ49:15 「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。」
「このわたし」とは神のことです。神様が「あなたを忘れない」とおっしゃるのです。英語には人の名前でエマニュエルという名前がありますが、これはインマヌエルというヘブライ語から来ています。「インマヌ」は「私たちと共にいる」という意味です。「エル」は神という意味です。「インマヌエル」という言葉は、「神が私たちと共にいます」という意味になります。私たちを決して忘れることのない神は、私たちと共にいてくださいます。
今、このライブを見てくださっている方には、神を信じている方も信じていない方もいらっしゃるでしょう。先ほどと同じ質問をしますが、今度は神があなたに言います。「私はあなたを愛している。何があっても、あなたと一緒にいる。あなたの性自認も性指向も、それは素晴らしい。問題が起これば、あなたと一緒に戦う」と言ってくれたら、どう感じるでしょうか。あなたの人生はどうなるでしょうか。
この言葉は天満レインボーチャーチが皆さんに語り掛ける言葉でもあります。神様のように完全ではありませんが、LGBTQの皆さん、シス女性の皆さん、心に傷を抱えている皆さん、「天満レインボーチャーチは皆さんを愛しています。何があっても、皆さんと一緒にいます。皆さんの性自認も性指向もジェンダーも、それは本当に素晴らしい。心の傷を持ったままできてください。問題が起これば、皆さんと一緒に戦います。」
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