死との約束
父方の祖母は前述した通り長らく病気を患っていたが、亡くなる前に会えなかったと記憶している。私はその時何をしていたのかいつだったかも覚えていない。母から電話であまり思わしくないということは聞いていたが翌朝逝ってしまったことを知り、こんなに突然亡くなるのかと思った。
葬儀場での祖母はすでに頬が冷たかった。
父方の祖父の時は🐕が1歳くらいで電車で1時間ほど離れているところに住んでいたが、祖母の時の後悔を思い出し夕方の混んでいる電車に乗り向かった。すでに高熱が出ていて息も荒く話せる状態ではなかった。でも耳は聞こえているだろうと必死に話した。また会いにくるからね!回復してね!無理な約束だっただろうけど1歳児を連れて長居はできず思いを残したまま去らねばならなかった。数日後亡くなった。
高校の時の同級生が亡くなったと大学生の時に連絡が回ってきた。詳細は書かないがお葬式という形ではなくお別れパーティーのようなものに出席させていただいた。軽食が出たり、スクリーンに幼少期からの写真などが流されたり。
私が知ってる彼は高校生のほんの一部だった。
修学旅行の班が一緒で、あるお寺か神社か場所は忘れたが、彼が天然で面白いことをしてみんなでめちゃくちゃに笑った思い出があった。スクリーンにその時の写真が出てきて、一緒の班だった子と当時と同じくらい笑った。涙も出た。頭の中でこれ不謹慎じゃないかな?大丈夫かな?と思っていたが、ご両親の意向で皆さんでわいわい話しながら笑って送り出す会にしたいとのことだったので思いっきり笑った。
その一方で同じ年の人がなくなることを経験したのは初めてだった。
大学の時の友だちのお母さまが社会人3年目くらいの時に亡くなられた。喪中ハガキで知った。
本来であればメールでお悔やみを伝えるのだろう。私はそれができなかった。お会いしたこともないのに母親を亡くすということに言葉が出てこなかった。その後その子と会っても普通に接してもらえているが、私の中ではずっと後悔してる。
昔ドリアン助川さんの深夜ラジオを聴いていた。
詳細はほぼ覚えていない。
白血病のリスナーさんが電話出演されていた。
その後も病気の経過がラジオ内で話されたり、録音された音声が流されたりしていた記憶がある。
その中で彼女は
「生きたいです」
と言っていたと思う。
私は多分中学生でインターネットもなくて白血病って何の病気かもわからなくて世の中のことを何もわかってなかった。
彼女は亡くなった。
ラジオを通して声しか聞いたことがなかったのに布団の中で泣いた。
よくわからないけど、そこからしばらくその彼女のために生きようと思った。
彼女の過ごせなかった時間を私が生きようと思った。
振り返ると烏滸がましい子どもだな。
すでに当時の彼女の年齢は越えているけれど、その時は会ったこともないその人に支えられて生きていた。
この数年で身近な人が数人亡くなった。
正直受け入れられてない。
私の目の前にいないだけで、どこかにいるんじゃないかと思ってる。
だって記憶の中にいる。何度でも思い出せる。
自分で思っているより身体は正直で通常の生活を行えないほどになった。目は開いていてるのに身体が動かない。横になっているのに眠れない。
自分に何が起こっているかわからなかった。
いた人がいなくなること。
これから関わってきた人たちは
どんどんいなくなるんだ。
好きだった作家さん、役者さん、声優さん
自分を創り上げてきたものはなくならないけど
それを、生み出した人間はいなくなっていく。