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ユリトとヒマリ

向日葵。
僕が彼女と会うのはいつも夜。塾の終わりに親の車を待つ少しの時間だけ。
太陽に照らされる君にも会いたいと思うけれど、なぜか会いに行くのを忘れちゃう。
だから、僕は蛍光灯に照らされる君しか知らない。

蛍光灯に照らされる君は美しい。真っ暗な世界で、下に雑草を生い茂らせて。光はスポットライトのように君だけを照らす。
その姿は、君の周りだけ特別な空間にしている気がするほどで、君の近くにいると聞きたくないいろんな言葉から守られているようだった。
安易にカメラを向けたくない君の姿。だけど、現代っ子の僕は君を納めずにはいられない。

僕は君を携帯のホーム画面に設定した。君を見ていると頑張ろうって思えるんだ。
僕は画面の中の向日葵と君を見比べて、誇らしい顔つきになっていたと思う。

白百合。
私が貴方と会うのはいつも朝。小さな駅の寂れた駐輪場。
通学に使う駅だから、私は毎日、貴方におはようの挨拶をする。帰りは、薄暗くて不気味な場所だから、遠くから貴方にさよならの気持ちだけ送って帰ることにしているの。
だから、私は朝の空気をまとう貴方しかしらない。

リアルに錆びて、蔦が伸びきった駐輪所に、凛とした貴方はよく目立っていた。
緑のフェンスに緑の草木、その中に白い貴方がいて。
貴方も目立っていたけれど、周りも目立たせていた貴方。そんな、存在が不思議で惹かれてしまう。
一度意識をすると、毎日貴方が気になって、いつか来るお別れまで想像してしまう。
きっと、数カ月したら忘れてしまう貴方の存在。ふと思い出したときに写真があればいいなと思って、私は貴方を写真に撮る。
今、私のホーム画面はその時撮った白百合の花。


白百合と別れて、駅につくといつもと変わらず電車が来る。私もいつもと変わらず携帯を触る。
画面を開くと白百合の花。自分で変えたことだけど、楽しくなるのは避けられないよ。

「おはよう。」
小さな声が私の意識を携帯から離す。
小さく手を振り、「おはよう。」と私も挨拶を返す。
電車通学友達のメグミも手を振り返してくれる。電車では、ただ並んで携帯を触るだけだけど、挨拶だけはちゃんとするのが、私達のお約束みたいになっている。大事だよね。

最寄りの駅につくと、同じ制服の人がたくさん電車から出てくる。毎回、どこにみんな乗っていたのかと思うほど。

「ねぇ、誰かと付き合いだした?」
メグミが唐突にそんなことを聞いてきた。
少々質問の意図を理解するのに時間がかかったけど、そんなことは全くないので否定する。

「どうして?」
当然、湧くこの疑問。なぜ、私が誰かと付き合っていると思ったのだろうか。

聞けば、私のホーム画面がいつもと変わっていたらしかった。
そして、同じようなホーム画面に最近変えた男子を知っているらしかった。

「鈴木くんなんだけどね、」
メグミは続ける。なぜ、男子のホーム画面を把握しているのかという疑問はあるけど、私は鈴木くんを脳内で検索する。
たぶん、ギリギリ喋ったことのある同級生。

メグミに付き合っていないことだけは理解してもらって、私達の話は流れていった。
鈴木くんね、少しだけ彼の名前が私の中で大きくなった。


向日葵の君は、今日も蛍光灯に照らされていた。だけど、以前よりも元気はなくなっている。
白百合の貴方は、今日も凛々しく私を見送ってくれた。だけど、だんだん倒れていってしまっている。


「彼女が田中ちゃんだよ。」
メグミが僕に友達の田中さんを紹介してきた。塾で仲良くなったメグミ。学校で会うことはあまりないけれど、今日は何故かバッタリと会ってしまった。

「どうも。」
あまり知らない田中さんを前にどうしたらいいか戸惑ってしると、メグミが僕に携帯を見せてほしいとお願いしてくる。別に、見せるぐらいいいけれど。何故?

携帯を見せると、メグミは「ね?」と言って田中さんと笑いだす。
「?」
僕が困っていると、田中さんが自分の携帯を僕に差し出した。
そこには、似たような写真が写っていた。

僕は向日葵。田中さんは白百合。という違いがあるけれど。

この写真のせいで、僕と田中さんが付き合っていると疑われていたらしい。
疑いはすでに晴れていたけれど、僕も重ねて否定しておく。

僕と似たような写真を撮って、ホーム画面にしていた田中さん。少しだけ、親近感が湧く。


向日葵の君は、すっかり下を向いてしまった。その姿を蛍光灯に照らされている。
それでも、僕は君を美しいと思うよ。
何度か、君を折って帰ろうかと思ったけれど、やめておいて正解だったと君を見て僕は思う。

白百合の貴方がいた場所はもう緑一色。
どんなに倒れて行ってもまっすぐだった貴方を私は最後まで見られて良かったと思う。
私は植物に詳しくないから分からないけれど、貴方はまだあの緑の中で生きているんだよね。

ねぇ、聞いて。
君の写真がきっかけで、僕と田中さんは、友達になったんだ。

ねぇ、聞いて。
貴方の写真がきっかけで、私と鈴木くんは、友達になったんだ。

#2000字のドラマ

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あまおと
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