「鉄路の行間」No.17/『阪急電車 片道15分の奇跡』で、最初で最後の晴れ舞台を踏んだ阪急3000系
有川浩のベストセラー小説を映画化した『阪急電車 片道15分の奇跡』は、阪急電鉄の全面協力の下、原作の通り阪急今津線を舞台にロケーションが行われた。映画公開は2011年春なので、撮影は2010年に行われたものと思われる。
この作品に何回も登場したのが、今津線を走る3000系電車だ。ロケ用の貸切電車にも起用されており、走行シーンや駅のシーンなどでも、極力この系列の電車が登場するよう、編集上も配慮されている。
しかも、3000系のうちでも、行先・種別を幕で表示する装置を取り付る改造が施されておらず、新造時から引き続き、板の行先表示を前後に掲げていた編成が、作品ではおそらく意図的に使われている。どことなく古めかしいけど、人肌のぬくもりも感じさせるからであろうか。
確かに当時の今津線の主力車両ではあり、数も多かった。けれども全線15分ほどしかかからない、短い支線である今津線で繰り広げられる、器用に立ち回ることができない男女の人間模様には、この地味な電車がふさわしいと考えられたのかもしれない。
この時期、3000系の行先表示板を使用していた編成は、老朽化によってほぼ末期を迎えており、映画にもしばしば登場する3058編成が2011年9月に廃車されたことによって、すべて姿を消した。まさに最後の晴れ舞台であった。
3000系は1964年の登場。阪急神戸線の架線電圧が600Vから1500Vへ昇圧される際、この切り替えにすぐ対応できる設計とされた系列である。姉妹車として、宝塚線向けの性能とした3100系もある。神戸線の昇圧自体は1967年に行われ、3000系はその当日から活躍した。
しかし、ひと世代前の2000系が「電子頭脳電車」と呼ばれ、世間一般からももてはやされた画期的な高性能電車であったのに対し、3000系は実力は十分だが派手さにおいては遜色があり、言わば平凡な通勤型電車として終始していた。だが映画への登場で、やっとスポットライトが当たった感がある。
同じ3000系でも、表示幕装置を備えていた編成は、その後もしばらく支線区で運用を続け、2020年に全車引退を迎えている。あまり注目されることが少ない生涯であったが、阪急電車を代表して銀幕の上を颯爽と走った姿は、記憶しておきたい。