アスリートとたんぱく質(アミノ酸)摂取
(1)2つの役割
三大栄養素のひとつであるたんぱく質は、主に20種のアミノ酸によって構成されている。トレーニーにとってその有用性は十分に知られているが、アスリートにとって、たんぱく質摂取は大きく2つの役割があると考えられる。
1)筋の損傷回復+筋肥大
人は運動刺激に対して、自身の性質を変化させる(トレーニング効果)。その代表例が、レジスタンストレーニング後、筋たんぱく質合成が促進されて引き起こされる「筋肥大」である。一方で、レジスタンストレーニングは近たんぱく質分解も促されるため、栄養=アミノ酸の摂取が必須となる(組織の合成・分解の差を「ネットバランス」と呼ぶ)。
レジスタンストレーニングや競技時には、筋組織への負荷が大きく、さまざまな損傷が生まれる。その合成素材として、たんぱく質(アミノ酸)が必要となる。
運動後のたんぱく質摂取は、運動後24時間以上にわたる回復期において、筋肉痛の軽減につながるという研究も。また継続的な運動とたんぱく質摂取でも、筋損傷マーカー、ならびに筋肉痛低減が報告されている。
2)エネルギー源補給
運動中のエネルギー源は主に糖質・脂質であるが、エネルギー消費量全体の約4~10%がアミノ酸由来であるという研究がある。マラソンに代表される長時間の持久性運動を行う選手は、その分より多くのアミノ酸がエネルギー源として消費される。そのため、持久性運動を行う選手は特に、運動後の十分なたんぱく質(アミノ酸)摂取が必要となる。
(2)摂取量
たんぱく質の推奨摂取量は、一般人の場合0.8g/kgといされていることが多い。競技者、運動実施者は運動量が増える分、より多くのたんぱく質摂取が求められる。日本食生活学会誌で紹介された研究では、1日1.0g/kgと1.5g/kgを摂取して行われた持久性トレーニングをした場合、窒素バランスにどのような変化が起きたかを調査した。この方法は「窒素出納法」という手法で、昔からアスリートの栄養補給に関する研究で使用されている。
その調査によると、1.0g/kgのときには、トレーニング中の窒素バランスがマイナスに転じていた(たんぱく質が不足していた)のに対して、1.5g/kgでは窒素バランスがプラス、あるいはプラスマイナスゼロの状態だったという。しかし、長年使用されていた窒素出納法は、あくまで「体組成医事に必要なたんぱく質の摂取量」を示すものであったため、運動パフォーマンスのアップや筋肥大といった目的で使用すると、たんぱく質推奨摂取量が過小評価されるのではという意見があった。
トレーニング期間中の筋肥大を目的としたたんぱく質摂取の効果を調査したメタアナリシスでは、平均摂取量は1日あたり1.6g/kg、効果の最大化が期待できたのは2.2g/kgだったという。窒素出納法で産出された推奨摂取量は1.6~1.7g/kgであったため、伝統的なトレーニング・栄養観をもとに指導が行われているスポーツチーム、部活の場合、たんぱく質摂取量がやや少ない可能性が考えられる。
現在、窒素出納法に代わるたんぱく質(アミノ酸)摂取量の評価表として、「指標アミノ酸酸化法」というものがある。この手法を用いて、ボディビルダーのたんぱく質摂取量を計測したところ、先程のメタアナリシス研究とほぼ変わらない数値が産出された(平均必要量が1.7g/kg。効果の最大化が期待できる摂取量は2.2g/kg)。
1)要因
さきほど紹介した数字は、複数の要因によって変化することが考えられる。
①階級制のスポーツをする選手
ボクシングなどの選手は、多くが制限体重内に収めるため、エネルギー不足の状態が続いている。すると筋たんぱく質の合成量も低下するため、より多いたんぱく質摂取が求められる。
②持久性の高いスポーツをする選手
持久性のスポーツをする選手のなかでも、特に低糖質食の傾向が高い場合は、より多くのたんぱく質摂取が必要である。
③女性
女性ホルモンのエストロゲンは、アミノ酸の参加を抑制するとされている。加えて、性周期によっては必須アミノ酸のリジンの必要量が多くなる。一部の研究では、女性の方が運動時におけるたんぱく質必要量が多いという報告もあるため、競技をしている女性に対しては、たんぱく質摂取をより促すという指導も必要と言える。
(1)スポーツ性貧血とたんぱく質の関連
1)陸上競技選手の事例
スポーツ選手は心肺機能の向上、エネルギー産生力の増強が必要であり、同時にスポーツ性貧血の予防が重要となる。影山らは、M大学の男子及び女子陸上競技選手12名を対象として、栄養サポートを前提として栄養摂取状態を調査。
調査開始前、男子は1日あたりのエネルギー平均摂取量が約2,600kcal日であり、スポーツ選手の摂取目標量よりも低水準だった。一般的に、激しいスポーツ活動をする場合は1日あたり50kcal/kgが望ましいとされている。なお、大学生男子長距離ランナーの場合、日常での摂取量平均は55.0kcal/kgである。しかし対象者の平均摂取量は、42.4kcal/kgであった。
女子も同様であり、1日あたり平均摂取量は1,600kcal/日と非常に低かったという。スポーツ性貧血の予防を目的とした場合、たんぱく質の摂取目標量は1日2g/kgとされる。このケースにおいても、男子は1.3g/kg、女子1.0g/kgと水準に達していなかった。
男子に対しては、栄養状態と※POMS2との関連を調査。POMS2の実施結果では、たんぱく質をはじめとした栄養摂取状態は、「怒り-敵意」「疲労-無気力」といった感情と、有意な相関が見られた。
※POMS2
【怒り-敵意】【混乱-当惑】【抑うつ-落ち込み】【疲労-無気力】【緊張-不安】【活気-活力】【友好】という7つの勘定の尺度と、ネガティブな気分状態を総合的に表す「TMD得点」から、所定の時間枠における気分状態を評価する。
トップアスリートとは異なり、大学選手やアマチュアのアスリートの場合、専門性の高い栄養サポートを受ける機会が少ない。特に管理栄養士等のサポートがない選手は、自炊をしていることも多く栄養が偏りがちである。一般より運動量が多いクライアントに対しては、フィジカル・メンタル両面の改善の一貫として、丁寧な食事指導(とくにたんぱく質摂取の指導)が求められるとえる。
2)新体操選手の事例
新体操は、長距離ランナーと並んで貧血の女性選手が多い。小久保らは4年間にわたり、21名の選手の鉄栄養状態が、試合前2ヶ月間(減量期)でどのように変化したかを調査。期間内に正常値だった群と不足状態だった群を比較したところ、鉄不足群では、たんぱく質量の増加が見られなかった。
試期での鉄摂取量は2ヶ月前より増加していたのに対して、21名中12名の鉄不足群が発生。彼女らを調査したところ、体重あたりのたんぱく質摂取量が少なかったという傾向が見られたという。
特に減量期において、鉄不足群でたんぱく質の低値傾向が見られた。トレーニング時、試合時でのパフォーマンスの管理にあたり、特にたんぱく質(それ以外に亜鉛、銅、ビタミンB群)の摂取量が低下しない配慮が必要である。
参考
・スポーツ栄養学最新理論 2020年版(市村出版)
・競技力向上における栄養の役割(樋口 満, 日本食生活学会誌6巻2号, 1995)
・大学女子新体操選手の体内鉄栄養状態とたんぱく質摂取状況(小久保 友貴ら, 体力科学, 59, 475~484, 2010)
・大学生陸上競技選手における栄養状態の評価(影山智絵ら, 美作大学・美作大学短期大学部紀要, Vol.64 91~100, 2019)
・運動とタンパク質栄養に関する基礎的研究(高橋 徹三, 日本栄養・食糧学会誌, Vol.42 No,2, 113~121, 1989)