【ひとりごと】物理と心理のサステナビリティ
*去年の覚え書きが出てきたので
サルベージしてきました。
つい先ほど、たいへんうれしい出来事があったので、
たぶん誰が読んでも何を言っているのかわからないと思うが、記録として書いておきたい。
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仕事を辞めて知性と好奇心が自由になってから、しばらく自然科学の本を読み漁る時期があった。
わたしたちは自然の一員として生きているのだから、どんなに隔離された環境にいても、物理法則は私たちの人生に大いに関係がある。
科学の最先端で、いまだ自然に挑み続ける人々の知識を共有もせずになんとなく生きている、それのどこが科学文明の一員なのだろう、みたいなことを感じたからだ※個人の意見です。
同時に、宗教・心理学の本や、スピリチュアルや、哲学の解説動画もちゃんぽんしていて(こちらはシンプルに趣味の思想蒐集だ)、
ふと、「物理と心理って、どうして別もの扱いなのだろう」と思った。
物質の法則と心の法則。ぱっと見、当然、違うものに感じる。
しかし心とは、身体という物質の内にあるものだ。
身体や周辺環境の影響を受けつつ、それでいて人類全体に一定の法則がある。意識というものは突き詰めれば脳の電気信号、錯覚にすぎないのではないか?という疑問を抱いたことがある人は、私だけではないはずだ。
もしかして、物理と心理は重ね合わせることができるのではないだろうか—-あるいは、もともと一方向だったものが長い時間をかけて徐々に乖離し、食い違ってしまったのか。
物質的に呆れるほど豊かになったはずのこの国で、いまだに人の心が荒み、犠牲になり続けているのはなぜだろう?この尽きない問題は、今の社会---行動と創造モデル---の矛盾と限界だ。そのまま騙し騙し生き続けることはできるが、この先に未来がないことは、皆もうわかっている。
もし---変容してしまった人の心理が、原初の自然法則に立ち返ることができるなら、それが、生物として最も持続可能な姿ではないだろうか。
真に持続する世界では、奪い合いや、プラマイゼロの答えが導かれることはない。物質も、人の心も犠牲にならず、無駄なく循環し、豊かになり続ける世界であるはずだ(具体的には、事実ベースで培った科学の知識・テクノロジーと、信仰や空想ベースの超越性Transcendenceが両立する世界を提唱したい。)
正直、国連や、政府や、世間の正義によって強制される改革を待つ必要すらない。まさに個人一人ひとりが「今すぐ現状の意識を変える」こと、それが最初のステップだ。
まあ、それが一番難しいのだが。
※勘違いしてほしくないが、これは「歴史が間違っているから逆行し退化すべきだ」という話では全くない。
30年前のファッションが現在ふたたび流行することは、逆に新しいものとして歓迎される。あれと同じだ、「一周回って、ひとつ上」という話をしている。
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で、物理と心理はどうやったら重ね合わせることができるのだろう。
別の記事で、心の磁力やブラックホールなどというたとえ話をしていたのは、なんとか二つをこじつけることができないかという思考実験だった。たとえば、科学の4つの力—-重力、電磁力、強い力と弱い力。とりあえず、これに当てはめることができれば…
…と思っていたのだが、
ついさっき、統一場理論ならぬ「統一場心理学」という言葉があることを知った。
衝撃だ。わたしの疑問はもうすでに、有識者が名前をつけ、体系化し、書籍にまでまとめられていた。
うれしいな。
孤独ではない、同じ疑問に辿り着き、研究してくれている先人がいる。わたしの頭がおかしいわけではなかった(自意識過剰とわかっていても、わたしはいつも怖いのだ)。
本を取り寄せたので、届いたら、読んでみようと思う。どのような理想モデルを見せてもらえるのか、本当に、すごく楽しみだ。
はい。
結論から言うと私の脳が理系に弱すぎて原理は全然理解できなかったけど、、
心理を物理に置換して説明をつけることは可能、というのは確からしい(少なくとも現在、そのアプローチでカウンセリングを行なって齟齬が出たことはない、と書いてあった)。
面白いな、と思う。
いろんな解釈ができるからだ。
やはりこの世は物質の理が全てで、
“心”なんて存在しないのだろうか。
それとも外に見える空間とは別に、
“心”という物理空間が存在するのかな?
その場所は脳内なのかな?
それともどこでもない場所に---知覚できないどこかの次元に---存在する「何か」に、脳がアクセスしてるのかな?
…私にはわからない。正解を突き止められるほどの頭脳を、残念ながら、持ち合わせていないのだ。
なので、これらすべてが否定されるまで…
科学がそこへ追いつくまで…
SF(サイエンスとファンタジー)の世界で、
ただロマンを感じながら、待っていようかな。
読んでくれてありがとね。
おわり。
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